借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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東京コミコン(2016年12月5日)


 日本ではじめての開催となった「東京コミコン」(2016年12月2日~4日、於・幕張メッセ)が盛況のうちに閉幕。「コミコン(Comic-Con)」はアメリカのサンディエゴで1970年にスタートし、現在も7月に開催されている「コミコン・インターナショナル」がもっとも有名かつ大規模で、コミックス、映画、ゲームを中心としたポップカルチャーのイベント。
 映画で使用されたアイテムや衣装の展示、ハリウッドスターやコミックス・アーティストとの写真撮影やサイン会、新作映画・コミックス・アニメ・ゲームなどの紹介、VR(ヴァーチャル・リアリティ)、「ドローン」などの体験型展示、アーティストと直接対話ができる販売ブース「アーティスト・アレイ」、マニア向けレアグッズの販売、さらにメインステージではトークイベントやコスプレ・ショー、ライブ・パフォーマンスなど多彩なプログラムが用意されている。ファンである参加者とゲストとしてのアーティストや映画スターなどの距離が近いのが「コミコン」最大の特色で、基本的な枠組みやファン第一主義の精神は「東京コミコン」においても継承されており、参加者がそれぞれのやり方でイベントを満喫できるのが醍醐味。キャラクターになりきったコスプレ参加者が会場を闊歩している姿も壮観。

 東京でのはじめての開催ということで、アメリカン・コミックス文化を主軸としていることからも、アメリカの「コミコン」の気風をはたしてどこまで日本に導入できるのだろうかと予測がつかないところもあったのだが、バッグやファッションなどアメコミグッズを身に着けた女性の姿も目立ち、ここ数年のアメコミ映画の隆盛が日本でも実を結んでいることを実感する。アメリカの「コミコン」と比べると規模は小さいが、「東京コミコン」の提唱者の一人であり、マーベル・コミックのアイコン的存在である伝説の原作者、スタン・リー(93歳!)もゲスト参加し、オープニング・セレモニー、撮影会、サイン会に登場していることで記念すべき第一回「東京コミコン」に華を添えた。ほか、『アヴェンジャーズ』の「ホークアイ」役を演じたジェレミー・レナー、『ハリー・ポッター』のネビル役、マシュー・ルイスなどがゲスト参加。
 日本のポップカルチャーとの融合という観点からは、映画関連の展示として、『アイ・アム・ア・ヒーロー』、『寄生獣』、『シン・ゴジラ』、『デスノート』、あるいは『おそ松さん』なども。SNS時代のファン・カルチャーのあり方に対応し、写真撮影のポイントが様々に用意されており、撮影会・サイン会ブースなどの一部を除いて写真撮影がどこでも可能であるのも嬉しい。また、外国からの参加者向けに日本文化紹介にも力を入れており、地方文化紹介ブース(香川・出雲・松山など)や地域色豊かなフードエリアなども日本のコミコンならではの特色を示している。
 近年、「コミコン・インターナショナル」において商業主義の傾向が過度に強まっていることに対する懸念の声もあるのだが、映画、ゲームの領域ではとりわけ新作の宣伝の場として機能している面は確かに見られる。「東京コミコン」でも12月下旬公開の『バイオハザード・ファイナル』が一際目を引いた。もともとは日本のカプコンによるゲームからもたらされていることからも「凱旋」とも言えるもので、グローバル/マルチメディア時代の文化交流の産物でもある。『バイオ・ハザード』シリーズに加え、続編『ブレード・ランナー2049』の公開が2017年秋に予定されている『ブレード・ランナー』(1982)、新作『ローグ・ワン』公開直前の『スター・ウォーズ』シリーズなど、シリーズの特性を活かしたアーカイブ展示は特に熱心なファンの注目が高い。
 かくいう私は「男の子カルチャー」の王道であるアメコミやアクション、バトル、対戦型ゲームなどがからっきし苦手で、「キャラ」に対する嗜好にも乏しく、特定のキャラに対する思い入れもあまりない。要は『コミコン』の王道からはまるっきり逸れてしまっているわけだが、展示場をぶらぶらと眺めるだけでも多様なファン・カルチャーのダイナミズムを実感できるし、新しい世界や最新の動向、ディープなマニア道などを概観できるのも楽しい。
 映画ゾーンではハリウッド映画の誕生から現在までを写真パネルで展望できる展示があり、ポップカルチャー文化史に対する意識を持つ良い機会になればと思う。ポップカルチャーは(あらゆる文化に言えることであるが)過去の作品からの継承によって成り立つ面が強く、実際に過去の作品からの引用がオマージュからパロディまで様々になされることが多い。同様に、アメリカのコミックスの歴史についても写真パネル展示が今後あれば有意義であろう。スーパー・ヒーローものだけではなく、『フェリックス・ザ・キャット』(1919)、『ポパイ』(1919)など古典コミックスのキャラクターもグッズなどを通して日本でも親しまれているが、歴史として捉える機会に乏しいのが実情ではないか。歴史の意識を持つことでポップカルチャーはさらに奥深く、楽しいものとなるはずだ。

 クロージング・セレモニーでは来年以降も「東京コミコン」を継続できるようにという願いを込めることで締めくくられており、次年度開催の正式発表はまだなされていないが、参加者の満足度も高いように見受けられた。日本のポップカルチャーとの連動についてはさらなる発展の可能性の余地も様々に考えられる。アメコミ文化も、映画やユニバーサル・スタジオなどのテーマパークなどを通じて日本でもかつてないほど多くの層で幅広く浸透してきている。「東京コミコン」が定例イベント化することで、アーティストの文化交流も含めた新しい潮流を期待したい。







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ゆるーく、しなやかなる越境(2016年8月26日)

 夏の遠征として各種会合・イベントに参加してきました。
 まず広島・尾道での哲学カフェ(於・antenna Coffee House、8月21日)。夏の盛りの日曜日、坂の多い路地をぐるぐるまわりながら到着するのも街歩きとして楽しい(単に迷っていただけとも言う)。海の町・山の町・坂の町・路地の町としての尾道は少し角度が変わるだけで見える光景がまったく変わってくるのがおもしろい。「行動する哲学者」(と勝手に呼ばせていただいている)上村崇さんにご紹介していただいて、私にとって初めての「哲学カフェ」参加となりました。哲学カフェの起源は1992年のフランスに遡ることができるらしく、日本でも2001年ぐらいから大阪をはじめ様々な形で発展を遂げて定着してきているようだ。
 「哲学カフェ尾道」は今回が第2回でテーマは「私たちは、なぜ争うのか?」。終戦記念日とオリンピックの時期にあわせて、必ずしも戦争についてだけではなく、ゲームやスポーツ競技なども含めて争いや競争心、闘争本能などを広く、かつ根源的に捉えようとする試み。とはいえ、話し方や進め方に決まったルールや法則があるわけでもなく、なんらかの結論をつける必要もなく、2時間の流れを「進行役」がゆるやかに制御しながら対話を続けていく。原則12人が定員とのことで、当日の顔ぶれによっても、あるいは同じ顔触れで同じテーマであっても、その日の流れによってまったく異なる展開になるのではないかと思わせるライブ感覚も魅力。
 進行役の松川絵里さんは哲学者として研究・教育に関与しながら、「哲学ワークショップ」などの活動を支援する団体「カフェフィロ」の代表者の一人として、哲学の領域を多くの人々に幅広く開いていく実践活動を展開されている。松川さんも含めて、この回の参加者の多くは尾道以外(岡山の倉敷など)から集まっているようで参加者の背景も多様。参加してみて特に新鮮だったのは「自己紹介をしない」こと。回を追うごとに顔なじみになっていくのは自然の流れとしても、お互いの背景にとらわれずフラットに意見を交わすことがある種の理想としてあるわけで、とはいえそういった局面は実はめったにない。
 また、「結論を出す必要がなく、時間がきたら終わる」というのもおもしろい試みで、暫定的なものであったとしても何らかの結論を出すとしたらどうしても戦略的に話を進めていく意識が生じてしまい、議論のための議論になってしまいがちである。今回の「私たちは、なぜ争うのか?」というテーマはあまりにも大きなもので、さらにスポーツ競技やゲームに戦争など位相が異なる話題が混在してしまうために議論としては雑駁で未消化になってしまう面もあるのだが、だからこそよいようにも思う。ありきたりの結論で満足してしまうよりも、未消化になってしまった点については各自が持ち帰ってさらに考えを深めていく下地とすることができる。
 人は年齢や経験を重ねていく上で哲学を求めていくものであり、その一方で大学はますます20歳前後の層だけの教育機関という傾向が強くなっており(私の世代はまだ社会人入試や夜間学部による多様性があった)、高校卒業後すぐに哲学という学問分野を求める層はどうしても限られたものにならざるをえない。誰でも参加可能でそれぞれが求める要素も多様であるために運営は大変にちがいないが、様々な分野でそれぞれ生きている人たちに届く言葉で、人文系の可能性と有効性を示すとてもおもしろく意義深い取り組みが哲学カフェでは実践されていると思う。
 ところ変わって「世界のマンガについてゆるーく考える会」第一回会合が四谷にて開催(8月24日)。フランスのコミックス文化BD(バンド・デシネ)研究・翻訳者として日本のBD受容のみならず現在の海外マンガ受容を牽引してこられている原正人さんの呼びかけで30名ほどが集い、会議室が満員電車のようにぎっしり。翻訳者、研究者、コレクター、編集者、出版者、愛好家、アーティストなど多彩な人たちが集い、アメリカ、フランス、ロシア、香港、韓国、フィンランドなど言語、文化、ジャンルなど関心領域も多様。自己紹介だけでも1時間を超えたのだが、それだけでも充分おもしろく、加えて各自が持ち寄った世界のマンガ(原典、翻訳書)や紹介研究本などの閲覧と談話を楽しむことができました。
 ここ数年、海外マンガの翻訳出版はかつてないほど活況を呈しており、しかしながら海外マンガと一口に言っても多様でありすぎて、出版流通もまたさらに多岐にわたっているために概観しにくい状況にある。海外マンガ翻訳の祭典「ガイマン賞」や「海外マンガフェスタ」(2016年度は10月23日に東京ビッグフェスタにて開催予定)などもすでに5年ほど実績を重ね、盛り上がってきている。
 ファン・カルチャーの領域はどうしてもその道に入門する覚悟が求められるところがあり、「こんなことも知らないのか!」という厳しい修業時代を経てこそ見えてくる地平はあるのだろうが、「ゆるーく」間口を横断的に広げることで見えてくる面もまた確実にあるわけでそれぞれがそれぞれの知見や情報を持ち寄って対話ができる場所がこのようにしてできるのは本当にありがたい。究極的にはその言語をまったく解さずともその場で実際に作品に触れ、楽しむことができるのはマンガという視覚文化ならでは。「世界のマンガについてゆるーく考える会」は今後、月例会の勢いで継続される予定であるらしく今後の展開に期待。
 
 さらにもう一件。関西芸術座による演劇『ハツカネズミと人間』(8月18日~21日、於・シアトリカル應典院[大阪]、全7公演)は、アメリカの作家ジョン・スタインベックの小説・戯曲(1937)を原作にしたもので、日本でも特に人気がある舞台作品。翻訳・演出の亀井賢二氏によれば、40年ほど前から舞台化の構想を育んでいたらしく、舞台装置や台詞の端々に至るまで作品に対する情熱が伝わる丁寧な仕上がりになっている。「関西俳優協議会主催新人研修事業参加作品」ということで入団してから数年のキャストにより成立している作品らしいが、古典文学作品に真正面から本格的に取り組んでいる姿勢が清々しい。
 私が観劇したのは夜の部で終演は21時半近くという遅い時間であったにもかかわらず、観客層は多様で年配の方も多く、このような形で文学や演劇が街の光景に溶け込んでいるのはいいなと嬉しく思う。日程が合わず参加できないのが残念だが、8月27日(土)には稽古場にて「DO会」と銘打たれた親睦会が予定されており、出演者と観客による公演を踏まえた対話の場が設けられている。

 偶然重なったというのが正直なところなのだが(もともとは毎年恒例の名古屋・中京大学での読書会を起点に、途中で大阪に立ち寄り、その後、広島への墓参りを兼ねた帰省という旅程)、わずか一週間ほどの間に文学・演劇・哲学・マンガ・アニメなどのそれぞれの分野で、その境界を幅広く拡げようとする試みの実践に立ち会うことができたのはおもしろい経験だった。現在は人文系の危機ということを意識せざるをえない状況にあるが、こうした実践例を通してみるとまだまだできることは様々にあるのではないかという思いをあらためて実感する。










海も言葉もこえていく(2016年7月31日)

「海外マンガと翻訳」

 日本マンガ学会海外マンガ部会第9回公開研究会終了。本年度は「海外マンガと翻訳」をテーマに掲げ、研究者、翻訳者、出版コーディネーター、編集者、評論家・・・と多様な視点から海外マンガをめぐる現状とこれからを展望することを目指しました。
 最初の報告者となるCJ Suzukiさん(ニューヨーク市立大学)による「マンガと翻訳――メディアム特性と課題」では、ローレンス・ヴェヌティの理論概説書『翻訳者の不可視性』(1995)を参照し、「同化理論」・「異化理論」の概念に触れた後、具体的な作品分析を踏まえながら、マンガ(コミックス)という表現メディアにおける翻訳を取り巻く課題をどのように捉えることができるのか、問題提起をしていただきました。

 続くライアン・ホームバーグさん(日本マンガ研究[美術史]・翻訳者)による報告「活字声優としてのマンガ翻訳論」では、雑誌『ガロ』の研究者として知られ、林静一、つげ忠男など日本のオールタナティヴ・マンガに位置づけられる作品を英語圏に翻訳・紹介してこられたこれまでの翻訳実践例に基づきながら、日本マンガ翻訳をめぐる可能性と課題について報告いただきました。ライアンさんによる新しい翻訳書となる勝又進_Fukushima Devil Fish: Anti-Nuclear Manga_(『深海魚』、長大な渾身の序論付き)はブレイクダウン・プレスより秋に刊行予定です。

 第二部では、出版コーディネーターであり、翻訳者(アリソン・ベクダル『ファン・ホーム』など)として活躍されている椎名ゆかりさんにより「海外マンガ翻訳事情」をめぐる現状について概観いただいた後、『モーニング』編集部より加藤大さんをお招きして、日本のマンガ市場における海外アーティストの育成(OTOSAMA『西遊筋』)について、フロアとの質疑応答を交えたトーク・セッションを展開いただきました。

 最後に、マンガ評論家であり、当部会代表の小野耕世さんによる講演「私のマンガ翻訳体験――1970年代初めから現在まで」では、海外マンガの紹介・翻訳出版の草分けとして尽力してこられた足跡を様々なエピソードを交えながらお話しいただきました。回想録(メモワール)がそのまま日本における海外大衆文化受容史/日米関係史と重なるところに凄みがあり、今回は主にアメリカのコミックス文化を軸としたお話でしたが、ヨーロッパ、アジア、そしてマンガのみならず、アニメーション、映画、文学などメディアも横断し、しかも現在も現役第一線の紹介者でいらっしゃるわけで、ご本人がすでに一ジャンルそのもの。懇親会後の帰り道に、しきりと新作映画『ターザン:REBORN』を薦めていただき、ターザン文化論の特別講義が続いたのでした。

 席が足りなくなりかけるほどの盛況となり、そのうえ全体で一時間、予定よりも超過してしまいまして、ご参加いただいた方々には窮屈な環境でご不便をおかけしてしまいましたが、おかげさまで活気ある有意義な機会となりました。
 海外マンガ部会は、その性質からも言語、ジャンル、年代などそれぞれの関心領域が多岐にわたり、また、研究者、学生(院生)、評論家、文筆家、翻訳家、コレクター、ファン・・・と、そのあり方も多様な混成主体となっているのですが、その特性を活かすべく、また、2008年度発足の当部会の年次研究会も早いもので次回は10回目となりますので、より多くの方々に関与いただけるようなあり方を探っていきたいです。

 年次大会に加えて、院生(学生)の研究発表会や、あるいは情報共有の場も随時提供できればと思いますので、部会のあり方についてもぜひご意見やご提案をお寄せください。







2016年4月8日



 マンガ『聖☆おにいさん』(2012-『モーニング・ツー』連載中)でもくりかえしギャグとして描かれているように、イエス・キリストの降誕を祝うクリスマスに比してブッダ(釈迦)の誕生日は今一つ地味であるかもしれず、地域や世代、宗派による差はあるだろうが「花祭り/灌仏会(かんぶつえ)」などの名前で総称される宗教行事自体ほぼまったく馴染みがない人もいるかもしれない。かくいう私も4月8日はたいてい始業式などで学校にいることが多かったわけで、偶然お寺の前を通りがかった際に甘茶をふるまわれ、「これが噂に聞いていた花祭りか!」と感動したのは比較的最近になってからのこと。
 現在に繋がる日本での「花祭り」の起源は、遡れば明治時代の浄土真宗にたどることができるという説もあり、本来、旧暦で換算すべきところを日本の関東地方以西では桜が満開になる時期であることから「花祭り」として定着していったという。
 何らかの事情で使い物にならなくなった不適格品のことを「おシャカになる」という表現があるが、 熱する火が強すぎてダメになってしまった金物に対し、「火が強かった」⇒「しがつよかった」⇒「4月8日だ」⇒「釈迦の誕生日」というかなり強引な連想による江戸時代鍛冶職人の隠語に由来するという説もあるそうで(諸説ある)、その真偽はともかくも言葉や文化の成り立ちっておもしろい。
 だからこそブッダとイエスが日本の東京立川の安アパートの一室で下界生活を楽しむという日常ギャグ・コメディ『聖☆おにいさん』の、どこまでが本当のことでどこからが虚構かわからない微妙なさじ加減の設定が絶妙で、コミックス12巻第82話では今一つ地味なブッダの誕生日を盛り上げようと「春の脇祭り」が提唱されている。ブッダが母親の脇から生まれたという逸話から、「大切な女性の右脇に挟ませると子宝に恵まれる」脇はさみ人形(焼)を流行らせようという展開になるのだが、まあ実際あったとしても流行らないでしょうね。
 
 話変わって岨手由貴子(1983- )監督映画『グッド・ストライプス』(2015)は、破局寸前だったマンネリ状態のカップルが、妊娠を期にお互いのルーツや家族を探っていく中で新しい家族になっていく話でその赤ちゃんの予定日が4月8日。ここでも何となく「お釈迦様と同じ誕生日」ということが話題になるもそれ以上でも以下でもないのだが、妊娠を期に何となく結婚することになり、結婚式を挙げるに至るまでの数か月を描いた、あらすじだけ聞けばごくありふれた物語が不思議な味わいの作品に仕上がっている。何となくダラダラとつきあっていて、そろそろ別れようかという状態であった主人公のカップル(中島歩・菊池亜希子主演)をはじめ、友人や同僚、それぞれの親や姉妹などをめぐる微妙な距離感や、丁寧に設定されたそれぞれの背景が繊細に描かれていて、何か特別にものすごいことが起こるわけでもないのに惹き込まれてしまう。
 岨手由貴子監督にとって最初の長編商業映画となるらしく、私が水戸に居住していた時期に「水戸短編映画祭」入選作(2004)として印象に残っていた表現者であったこともあって個人的に勝手に感慨深い。水戸短編映画祭は同じく学生時代に入選した辻下直美監督(1983- 「最後のつぶやき」[2011]ほか)など若い世代の質の高い作品が多く寄せられていて毎回楽しみだった。

 さて、そんなこんなで近年は大学もスタートが早く、4月8日もすっかり通常の授業期間になってしまい、ここ数年は「いやあ、今日誕生日なんだよね」などと言って関係性も構築できていない初対面の学生にお義理の愛想笑いとお祝いの言葉を強要してしまうような感じで申し訳なかったのですが、今年は教授会で会議日。
 そういえば、アメリカ滞在中、あちこちのレストランで「ハッピー・バースデー」の合唱がはじまる場面に出くわすことが多く、いくつになっても誕生日を大切にする文化も悪くないなあとちょっとだけ憧れてみたりしながらも、実際に自分のために合唱されたら居心地悪く思ったりもするので「自意識過剰の認識不足」(©『探偵物語』1983)でめんどくさくてすみません。新しい年度のはじまりでもあるので気持ちを新たに、好きなことを好きなようにやり尽せるように初心にかえって頑張っていきたいものです。







2016年1月25日

 スヌーピーのキャラクターで有名な漫画『ピーナッツ(「困った連中」の意)』(1950-2000)の原作者チャールズ・シュルツ(1922-2000)を記念する博物館(2002年開館)は、サンフランシスコから車で1時間弱の距離にあり、シュルツが長年住んでいたソノマ郡サンタローザはワイン・カントリーとしても知られる地域。新作3DCG映画『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』(2015)公開の余波もあり、オフシーズンにもかかわらず家族連れから初老の夫婦まで幅広い年齢層によって賑わっていました。
丸50年間休みなく連載が続いた上に、アニメーションやキャラクターグッズ展開を通じてさらに新しい層を現在なおも拡張し続けており、まさに比類ない作品受容。グッズやアニメーションから作品に入って、後にあらためて原作に触れたり、作品の思想・哲学の奥深さに感銘を受けたり、という形で読み手の成長にあわせて、時代・世代を超えて親しまれているのも『ピーナッツ』ならでは。
 企画展ではスーパーボール50周年がベイエリアで開催されることを記念して「フットボール」特集開催中(2016年1月13日~7月25日)。チャーリー・ブラウンがフットボールを蹴ろうとする瞬間にルーシーがボールを取り上げてしまい、チャーリーが転倒するというギャグは定番中の定番。50年におよぶ作品史をテーマ別にじっくりふりかえることができる企画展はリピーターには何より嬉しいものだろう。映画『I LOVE スヌーピー』関連展示も充実。常設展としてはシュルツのアトリエ展示「スパーキーズ(幼年時代のニックネームから)・スタジオ」などもあり、さらにスケート/アイスホッケーの熱心な愛好家であったシュルツ自身が建てたスケートリンク場も隣接されている。
 1922年生まれのシュルツにとって、アメリカの新聞漫画の拡張期にあたる20~30年代を少年読者として過ごした経験は重要であり、常設展示においても「シュルツに影響を与えた古典新聞漫画」が紹介されている。具体的には、『ポパイ(シンブル・シアター)』(1929-94)、『勇敢な王子』(The Prince Valliant, 1937)、『キャプテン・イージー』(1933-88)など。また『ピーナッツ』の世界観を創出するにあたり、ジョージ・ヘリマンによる擬人化された猫を主人公にした『クレージー・カット』(1913-44)の作品集から大いなる影響を受けたことにも言及がなされている。ヘリマンの没後1946年に刊行された作品集がシュルツの習作期と重なっていく様子が年譜を通して浮かび上がってくるのもおもしろい(1947年より『ピーナッツ』の前身となる『リル・フォークス』発表)。また、20世紀史と重ね合わせるならば、シュルツの第二次世界大戦への関与や、ヴェトナム戦争期における作品受容も興味深い観点になりうるだろう。

 『ピーナッツ』の作品世界は不思議なぐらい記憶を呼び起こす力があるようで、展示を眺めながら私自身の幼少期や漫画に触れた原風景を唐突に思い出した。
幼稚園児の頃、病弱で一か月ぐらい入院していたことがあって、子どもが病室にいるのはかわいそうだからと同じ病棟の他の患者のお見舞いに来ていた、あるおじいさんにもらった漫画が前谷惟光『ロボット三等兵』(1955-57)。これが私にとって最初に自分の所有物となった漫画の単行本。文字通り、ボロボロになるまで読み返した作品で、「チャップリン映画を思わせる戦争ドタバタ喜劇」という定評のこの作品から思い返せば結構、影響を受けてるかもしれないな。退院後、父親に田川水泡『のらくろ』(1931-81)を紹介されたもののさすがに『のらくろ』は消化できなかった(おもしろさがわからなかった)。2007年に『ロボット三等兵』の復刻版(マンガショップ版)が刊行された際に懐かしさから購入したのだが、「貸本版」を底本にしているもので印象が大分異なるものだった。漫画っておそらく最初は誰かからもらったり、紹介してもらったりするものだと思うので「最初の漫画体験」は自分の意思を超えて運命的でおもしろい。
 昔話をもう一つ。近所に住む年の離れたお姉さん姉妹2人に丸一日遊んでもらった(子守りをしてもらった)ことがあって、その家に『スヌーピー(ピーナッツ)』の漫画が壁一面に揃っていて、今思えば鶴書房版『PEANUTS BOOKS』(谷川俊太郎訳)。表紙の英語表記がすごく印象に残っていて当時、内容を理解できたとは到底思えないのだが、外国文化やアメリカを意識したおそらく最初の原風景。ストーリー漫画ではないのでどこからどこまで読んでいいのか当惑したことも何となく覚えている。たしか公園で一緒に遊んでもらう予定だったのが、部屋から動けなくなってしまって結局、一日、お姉さんに時々、わからないところを教えてもらいながら『PEANUTS BOOKS』を読んで過ごしたはず。あるいは公園に漫画をもっていったかも。
 この時の体験についてあらためて母親に尋ねてみたら、その日、母親は健康診断の再検査のためにはるか遠方の病院に行っていたそうでそれは今まで知らなかった事実。しかし、具体的な年代は特定できず。幼稚園の頃だと思うんだけどな。聞けるうちに親に聞きたいことがあれば聞いておくとよいということなのだが、同時に本当に知りたい情報があったとしても得られるとは限らないという・・・。さっぱり要領をえないのが残念。このお姉さんは当時小学生の高学年ぐらいだったはずだが、後にきっちり英文科に進んでいるので初志貫徹ですごいなあ。

 『ピーナッツ』は名言やスヌーピーの哲学として紹介されることも多いし、誰しも好きなエピソードを持っているものだろう。一番印象深いものとしてすぐに思い出すのは、チャーリー・ブラウンがペパーミント・パティに「安心」とは何かを説明している逸話(1972年8月6日付作品/http://www.gocomics.com/peanuts/1972/08/06)。車の後部座席に座って目的地に着くまで何も心配しないで眠っていられることがまさに「安心」の状態なのだが、突然、この立場は予告なく終わりとなり、「二度と後ろの座席で眠れなくなる」。私の場合、父親の運転がヘタだったので、車に乗る際はいつも緊張を伴うもので「安心」をこのように実感しえたことはないのだが、いつからか後部座席ではなく運転する側にまわらなければならなくなるわけであり、アメリカは広いし、16歳から免許が取れるので高校生も自分で運転して通学しなければいけなくなる場合が多い。それどころか私の年齢であれば家族のために安心を提供する側にまわらなければいけないわけで皆それを当然のようにこなしていることを思うと、免許を取得すらしていない我が身を顧みて複雑な感慨に。おそらく訪問者は皆このように『ピーナッツ』と自分の半生とを重ね合わせる不思議な体験を得られるのでは。
 グッズ売り場も充実していて、何から見ていいかわからない子どものような状態に陥ってしまうほど。チャーリー・ブラウンがいつも着ているジグザグ模様の黄色い服を買いかけるが、途中からジャイアンの服にしか見えなくなってしまい断念。お気に入りのキャラクターであるペパーミント・パティのグッズや初期作品の研究書などを買い込み、すっかり堪能しました。







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