借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

カテゴリー "アメリカ滞在" の記事

2016年5月7日

 サンノゼ州立大学(カリフォルニア)にて国際スタインベック学会開催(5月4~6日)。サンノゼでの学会は当面3年毎を予定しているので前回は2013年。カリフォルニア州ベイカーズフィールドでの学会を2014年に挟んでおり、近年、米国でも人文系、とりわけ作家研究は低調気味と言われている中で学会誌『Steinbeck Review』も充実しており、活発な活動が続いている。スタインベックの郷里サリーナスにて毎年5月に開催されているスタインベック・フェスティバル(6~8日)との連動企画であり、さらにサンノゼ州立大学での文化芸術イベントとも合わさって、学会後は演劇やポエトリー・リーディングなども楽しむことができる。日本からの参加者は私も含めて4名。日本ジョン・スタインベック協会は40年の歴史を持ち、英文会誌『Steinbeck Studies』も近々40号の刊行を迎える。
 サンノゼ州立大学図書館はスタインベックとなぜかベートーベンのコレクションを擁しており、学会初日は「恋するベートーベンの夕べ」という音楽リサイタルもプログラムに組み込まれていた。また、日系コミュニティの歴史を有することから日系アメリカ人をめぐる研究も盛んであり、紹介していただいた図書館のラルフ・ピアース( Ralph M. Pearce )さんは、『San Jose Japan Town 』(2014)などこの領域で複数の著書を持つ方で、中でも日米野球史における人材交流、海外遠征にまつわる研究書『From Asahi to Zebras: Japanese American Baseball in San Jose, California』(2005)は興味深いものであった。

 私自身の発表は「スタインベックにおけるホーボー像がアメリカ大衆文化に与えた影響について主に『ルート66』の想像力」を軸に探るというもの。「アメリカ大衆文化における放浪者/ホーボー表象研究」の中でもスタインベックは映画による受容が大きな役割をはたしており、作品においては労働や社会問題がはっきり描かれているにもかかわらず、その後の受容において労働や社会問題の痕跡が薄まっていく/抹消されていく傾向があり、その変遷は興味深い論点になりうるもの。
『怒りの葡萄』(1939)にしたところで、大不況の中、資本主義農業の発展に伴いはじき出されてしまった土地を所有しない一家が仕事と家を求めてルート66を経て流浪する物語であり、しかも物語の結末に至るまでその目的は達しえないのだが、アメリカの夢/約束の地を信じて移動し続けるその姿は、時に自由を求めて移動する放浪者の姿に置き換えられ、現在のアメリカの物語として継承され続けてきている(アニメーション『サウス・パーク』(2008)のようなパロディの形も含めて)。

「ルート66だったらこの図書館に土が保存されてるよ」と教えていただいて、よく見たら図書館のスタインベック・コレクション特別室のすぐ脇に何気なく土が陳列されていて、これは3年前に訪問した際には気づかなかった。
 ルート66(国道66号線)は1926年に国道に指定されて以後、小説『怒りの葡萄』(1939)において「母なる道(マザーロード)」として大きく取り上げられており、とりわけジョン・フォード監督による映画版(1940)にて実写の中にその光景が描き込まれたことは、ウディ・ガスリーによる音楽をはじめ、大きな影響を及ぼしている。ルート66はその後、国策としての州間高速道路「インター・ハイウェイ」の発展・拡充に伴って衰退していき、1985年に役目を終え廃線となったのだが、1990年以降、ルート66保存協会などの動きにより、一部が「歴史的街道」「景観街道」に認定され、その足跡を辿ることができる。
 ローリング・ストーンズのデビュー・アルバム(英国版)『ザ・ローリング・ストーンズ』(1964)の一曲目がカバー曲「ルート66」であり、英国出身の彼らによるアメリカの音楽文化への憧憬が象徴的に表れている。ジャズのスタンダード・ナンバーとしてのナット・キング・コール版(1946)、先行するチャック・ベリー版(1961)よりも軽快なトーンが特徴的で、ポップ・カルチャーにおける「ルート66」表象にいかにも似つかわしい。

 3月のアメリカ研修滞在時にルート66の足跡を辿ろうと、その一部が残っているアリゾナ州セリグマンの街を訪れたのだが、ルート66の保存に尽力した伝説の理髪店「エンジェルズ・ショップ」は観光の拠点になっている。もともとは『ルート66』という題名で制作が進んでいたというディズニー(ピクサー)映画『カーズ』(2006)のモデルになったのもこの街で、実際に至るところに古い車が無造作に置かれている。
 ストーンズがそうであったように、アメリカを外側から見る視点の方がルート66に対してアメリカ文化への憧れを重ねて見る傾向があるのかもしれず、日本人の間で特に人気が高い観光名所になっている。とはいえルート66への憧れといったところで私自身、自動車免許すらないわけで、LAのサンタモニカあたりで標識を占拠する日本人観光客の思い入れといってもたかがしれているかもしれないのだが、それも含めてわかりやすいアメリカ文化のアイコンとしてあり続けており、ディズニーランドの受容がさらに拍車をかけている。 
 アナハイムのディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーでは「カーズランド」と共に「ルート66」のショップが人気で、すでに失われている光景に想いを馳せる若い世代もさらにここから生まれてくるのだろう。

 このたびのスタインベック学会はイスラエル、インド、アルジェリアなど多彩な研究者による発表が目立ったのが最大の特色で、「『怒りの葡萄』におけるイスラムのエコー」などという視点は考えたことがないものだったこともあり、とりわけ新鮮だった。
残念ながら私はサリーナスのフェスティバルに向かう日程的余裕がなく、代わりに半日空いた時間でマーク・トウェイン協会の会誌最新号や翻訳書『ポケットマスターピース マーク・トウェイン』(柴田元幸訳、集英社文庫)などを届けに3月まで滞在していたUCバークレーへ。母校というわけではないのだけれど、ふらっと訪れて迎え入れてくれる拠点ができたのはとても嬉しい。
 次回の国際スタインベック学会は同じサンノゼ州立大学にて3年後の2019年を予定。2018年にスタインベックは没後50年を迎えることから日本スタインベック協会でも記念事業を準備中。スピルバーグが『怒りの葡萄』のリメイク映画製作の構想を2013年に発表してからその後、進展を聞きませんがそれはもうぜひ実現してほしい。







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2016年3月23日



 記念すべき第一回「シリコンバレー・コミコン(コミック・コンベンション)」がカリフォルニア州サンノゼ・コンベンションセンターにて3日間(3月18-20日)開催。先行する「コミコン・インターナショナル」は南カリフォルニアのサンディエゴにて1970年以降開催され続けている伝統的で人気の高いイベントであり、近年はあまりの人出の多さにチケットや宿泊の手配も困難をきわめ、会場は飽和状態。21世紀以降はニューヨークやシアトル、シカゴ、テキサスなど様々な都市でそれぞれの地域による独自のコミコンも相次いてスタートし、着実に定着してきている。

 シリコンバレー・コミコン会場の至るところでアイコンとして描かれている「人の良さそうなあのオタクの大将みたいな人は誰だろう?」などと呑気に思ってたら、アップル社の共同創始者である、「ウォズ」こと、スティーブ・ウォズニアック(1950- )! 若き日のスティーブ・ジョブズに何度も何度もピンハネされていた伝説のエンジニアではないか。ウォズの出身地がこのサンノゼであり、シリコンバレー発祥の地とされるヒューレット・パッカードのインターンシップでスティーブ・ジョブズと知り合っていることからも、まさに生まれも育ちもシリコンバレーを体現するアイコン的存在。シリコンバレー・コミコンは、ウォズとアメリカン・コミックスの巨匠スタン・リー(1922- )が共同発案者として名を連ね、ポップ・カルチャーの祭典としての従来型のコミコンに、テクノロジーの要素を強調した新しいスタイルを志向するものとして構想されたと言う。
 御年93歳(!)のスタン・リーとウォズによるプロモーション・ビデオまで制作されており、さすがに2人とも様々な物語の中でキャラクターとして描かれてきただけある。閉会を記念するトーク・セッションでは企画者2人によるかけあいのようなトーク・ショーがとても楽しく、「スマイリー・スタン」と名を馳せたスタン・リーとウォズの人柄の良さがにじみ出るものであった。年次大会として今後も継続されていくことが早々に発表されており、さらに連動イベントとして12月3・4日には幕張メッセにて「TOKYOコミコン」の開催も予定されている。

 「テクノロジーに特化したコミコン」を謳うわりには運営やタイムマネージメントも含めて全体的に「ゆるい」雰囲気で、それはそれで居心地のよい面があるものの、コミコンの進化系を展望しうるほどのインパクトは持ちえなかったというのが正直なところなのだが、アーティストや評論家、研究者を軸としたパネル・セッションでは「サイエンス」「テクノロジー」「ギーク(アメリカのオタク)・カルチャー」を銘打った企画が多く、さらに展示場では「VR(ヴァーチャル・リアリティ)体験ゾーン」などの存在が特色となっている。シリコンバレー・コンは第一回目の開催ということもあり、これからの展開に期待。それこそITとポップ・カルチャーの相互作用は様々に発展可能であろう。その一方で、コミックスや映画のキャラクターに扮した親子連れの姿も目立ち、ポップ・カルチャーの祭典を皆がリラックスして楽しんでいる様子が印象的であった。
 もともとはコミック・コンベンションであり、展示販売場にはビンテージ物のアメリカン・コミックスやフィギュアなどのグッズが所狭しと並び、表現者による作品展示/サイン会に加え、「特別ミュージアム展示」として、「スタンリー・コレクション」や『スター・ウォーズ』にまつわる世界最大の個人コレクションとして認定されている「ランチ・オビ=ワン・コレクション」、2015年9月より閉館中の「カートゥーン・ミュージアム」の出張展示なども楽しむことができる。さらにコミコン定番のコスプレ・コンテストももちろんあり、100を超える参加者が登壇! さすがにもう少し予選で絞ってもらった方が見てる方は間延びしないですむのではとも思ったが、地元密着の市民イベントとしては皆が参加できる方が確かにいいのかも。

 そんなこんなでコンベンションの楽しみ方は様々。このたびのシリコンバレー・コミコンの目玉は何と言っても、「ウォズ」とスタン・リーの共同発案者でありレジェンド同士のツー・ショットにあるわけだが、その他にも『スター・トレック』の初代カーク船長役ウィリアム・シャトナーの登場や、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を記念するトーク・イベントなども。
 近未来を舞台にしたシリーズ第二作の時代設定が2015年だったこともあり、昨年は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985-90)に対してあらためて注目が集められたが、「テクノロジーに特化したコミコン」を代表する作品としてこのたび特集企画が組まれ、マーティ役のマイケル・J・フォックス、ドク役のクリストファー・ロイド、マーティのお母さん(ロレイン)役のリー・トンプソンの3人を囲むトーク・セッションがメインイベントの一つに。クリストファー・ロイドは現在77歳で新作映画(I am not a Serial Killer, 2016)のプロモーションも兼ねており、お元気そうでした。ドク役などのコミカルな印象とは異なり、落ち着いた雰囲気(ドク役の頃は40代だったのか!)。マイケル・J・フォックスはとにかく常にユーモア混じりでやっぱり華がある。
 えー、私のお目当てはリー・トンプソン(皆、「リア」って呼んでるな)。タイムスリップした挙句、「お母さんに好かれてしまう」というコメディの要素は、ロレインが魅力的に映らないと成り立たないわけで、「1950年代の高校生女子」役とお母さん役を併せてこなす難しい役どころを好演している(はずなのに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はマーティ+ドクが圧倒的人気)。加えて、私にとってはジョン・ヒューズ脚本によるティーン・フィルム『恋しくて』(1987)のアマンダ役としての存在で、絵を描くのが好きな内気な主人公男子が憧れる女の子役。サインをもらう際に、『恋しくて』(Some Kind of Wonderful)が好きな映画ということを伝えたら、タイトルをもじった言葉を添えてもらいました。
 さらに、翻訳もある『バック・トゥ・ザ・フューチャー完全大図鑑』(2015)の著者マイケル・クラストリン氏とも一緒に写真を撮ってもらうなど、すっかりファン・イベントを楽しむことができました。
 さて、来るべき12月の「TOKYOコミコン」がどんな感じになるのか想像もつかないのですが、「テクノロジーに特化したポップ・カルチャーの祭典」として日本/東京を巻き込むことの意義を「ウォズ」が強く主張したことに由来するらしく、英語圏を超えたコミコンの新しい可能性を探る上でも楽しみ。







2016年3月7日


 ボデガ湾で一泊後、内陸にあるサンタ・ローザに引き返してさらに奥にあるグレン・エレンという街に足を延ばす。「放浪作家」ジャック・ロンドン(1876-1916)が終の棲家として選んだ街であり、現在は歴史記念公園(州立史蹟公園)となっていて「幸せな壁の家」と命名された家などをミュージアムとして見学することもできる。1400エーカーという途方もないぐらいだだっ広い土地にてロンドンは本格的な牧畜運営にも乗り出しており、グレン・エレンの大農園はロンドンにとっての理想郷/実験場であった。
 バスを乗り継いで片道4時間30分。最後はそれでもどうにもならならず交通機関もなく徒歩。興味はあるものの二の足を踏んでいたのですが、ジャック・ロンドンの専門家/「放浪する研究者」小林一博さんに相談してみると「当然訪問するべき」というご示唆をいただいて(しかも旅行滞在されていたインドから。わざわざすみませんでした)、背中を押されるように行ってきました。

 幸い天気もよくちょっとした遠足気分。ソノマ・ワインで有名な土地でもあり、現地の公園に辿りつくまでワイン畑や牧草地が一面に広がっていて牛や馬やヤギの姿もちらほら。
 漠然とだだっ広い土地であろうとは思っていたのだが、ジャック・ロンドン歴史記念公園に到着してみると本当にただただ広大で、壮大な実験の場であり、晩年の思想・理想が体現されていることがよくわかる。中でも「ウルフ・ハウス/狼城」と名づけられた4階建ての家は1913年に完成し、1906年のサンフランシスコ大震災にも耐えられるように堅牢に設計されていたにもかかわらず、ロンドン夫妻の入居直前に火事で焼け落ちてしまっているのだが、ローマの遺跡を見るような廃墟の姿に圧倒される。まさに夢の城であり、壮大な夢のかけらであって、期待が高いものであった分、失意も大きいものであったにちがいない。再度、建設するだけの金銭的余裕がありながらも、結局、「狼城」は再建に至らなかった。火災は放火説もあったようだが、近年の検証によれば自然発火による火事であったとの見方が有力であるようだ。
 夫妻が実際に生活していた「コテージ」では書斎や寝室などが公開されており、寝室には「朝5時に起こして」とのメモが貼りつけられたままになっている。無頼派作家のイメージが強いロンドンであるが、朝早く起きて執筆し、昼は夫婦で一緒に食事をし、友人などを招いて社交も楽しむという生活スタイルであったようだ。
 ジャック・ロンドンは村上春樹による言及や、近年でも柴田元幸訳、有馬容子訳、深町眞理子訳など新たな翻訳が複数もたらされていることもあって今でも人気作家の一人に位置づけられるはずなのだが、ひょっとしたら玄人受けと言える現象かもしれず、日本での一般的な知名度は今ではそれほど高いものではないのかもしれない。地元オークランドでは駅名や広場の名前に採用されているほどであり、グレン・エレンでもジャック・ロンドン・ロッジなどがあり、「放浪する作家」のアイコンとして機能し続けている。
 歴史記念公園から浮かび上がってくるのは、冒険家であり、農業革命家であり、何より理想家であった彼の多彩な側面であり、崇高な理想、理想の作家像を追求しながら挫折してしまう夢追い人の姿であり、切なさやはかなさ、脆さ、人間らしさを感じさせるところなどが人気の要因であるのだろう。

 ホーボー文化に及ぼした影響には甚大なものがあり、実際にロンドン自身が若い時期に苦節を重ねており、缶詰工場での労働や金銀の採掘、放浪生活などホーボーそのものとしての生活を送っていた。『どん底の人々』(1903)は、英国ロンドンでの救貧院や路上にて実際に寝泊まりした経験に根差したルポルタージュであり、精密な描写は現在でも資料的価値が高いものとして評価されている。同時に、イギリスの作家ジョージ・オーウェルがロンドンの浮浪者生活の描写に憧れを抱いていたという逸話もあるように、過酷な生活を不思議なまでに魅力的に表現しているのもロンドンの特色であり、ホーボー生活を描いた『アメリカ放浪生活』(1907)での列車に乗って移動する疾走感/解放感はアメリカ大衆文化におけるホーボー像の原風景を成している。
 伝説のホーボーを主人公に据えた映画『北国の帝王』(1973)でも1930年代を時代設定にした物語であるにもかかわらず、ロンドンの『アメリカ放浪生活』を部分的に原案として採用していることからも、ジャック・ロンドンは大衆文化におけるホーボー表象を探る上で重要な存在である。『北国の帝王』は伝説のホーボーとして鉄道の無賃乗車をくりかえす主人公と、無賃乗車犯を力づくで追い払おうとする車掌をめぐる物語であるが、ロンドンの著作から実際のホーボーによる無賃乗車の方法や生活ぶりを参考にして成立している。1973年に発表されている『北国の帝王』では伝説のホーボーの姿に哲学者/求道者を思わせる側面が付与されている点も興味深いものであり、ホーボー像の変遷を辿ることでそれぞれの時代思潮も見えてくる。










2016年3月4日


 ベイエリアに3ヵ月滞在できることになり、漠然と行ってみたいと思っていたのは、ヒッチコック監督の映画『鳥』(1963)の舞台となったサンフランシスコ近郊のボデガ湾。場所に対する深い思い入れがあったわけではなく、サンフランシスコを舞台にした映画といえばヒッチコック。ヒッチコックの中で一番好きな作品が『鳥』。『鳥』といえばサンフランシスコ近郊の町が舞台・・・。という程度の浅はかな連想にすぎなかったのですが、バスを乗り継いで行ってきました。
 アムトラック鉄道や地元の路線バスもなんとか乗りこなせるようになったかな、などと調子に乗りかけていたら、「乗り継ぎのバス停が見つからない」「降りるべきバス停を乗り過ごす」「ホテル名を間違える(BayとHarborの違いで二軒あって紛らわしい)」の三連コンボで行ったり来たりのドタバタ。まあいろいろありますよね。

 結果的にはじめて「Uber」(自動車配車アプリ)を使うことになったのだが、停車すべきバス停を乗り過ごしてしまったために「なんでこんなところで?」というような場所から呼び出したにもかかわらず、わずか4分で到着。旅行先で空港までのタクシーを前日までに予約していたにもかかわらず、三十分以上経っても現れないのでハラハラしたことを思えば、噂には聞いていたが便利ですごい。
 一般のドライバーが自家用車を使ってタクシー代わりに送ってくれるというシステムゆえに様々に懸念もあるし、実際に相性などもあるのだろうが、サンタ・ローザからボデガ湾まで送ってくれたドライバーの方はイタリアのジェノヴァ出身というおじいさん。いきなり前の車に追突しそうになったり、「アメリカに40年以上住んでるけど英語は上達しなかった」と語るだけのことはあって「大丈夫か?」という不安も頭をよぎったが、ジプシー・キングスのカヴァーでも有名な「ボラーレ」の曲を流し、自分でも歌いながら、観光ツアーガイドさながらに街の景色を解説してくれる。「ところで、ヒッチコックっていうイギリス人監督の『鳥』っていう映画を知ってるか?」と言われ、まさにそれこそが訪問の目的だったので、舞台となった小学校、教会にも寄ってもらうことに。亀井俊介著『バスのアメリカ』(1979)は、広大なアメリカをバスでまわることによってこそ見えてくる、風景の多彩な移り変わりや地元の人々の姿、ふれあいについて示唆した名著であるが、ほんのわずかな雰囲気だけでもそんな境地を味わうことができたような気になる。
 今でこそGoogle Mapもあり、Uberもあり、移動も便利になったものであるが、なかなかどうしてそれほど簡単なことではなく、ボデガ湾からの帰りのバス停に至っては私たちが一般にバス停として想起するであろう標識(標柱・ポール)すら見当たらず、辺りをぐるぐる探しまわる羽目に。Google Mapのストリート・ビューで位置と状況を再度確認したところ、やはりここしかないという場所は海を臨み、ベンチがあるだけ。よーく見てみると、かつて時刻表であったらしい貼り紙が電柱に存在していることに気づくが、文字を判読できる状態ではなく、宝探しとしてもさすがに難易度が高い。
 「午後8時までに夕食をすませておかないと食べるところ無くなっちゃうよ」と忠告されていたように日が沈むと辺りは真っ暗に。どこまでもバスで行ってあちこち歩きまわるのも一興なのだが、湾曲した狭い道に歩行者など誰もおらず、想定されてもいないだろうから、すれ違う車の運転手にただただ申し訳ない。冗談でなく亡霊と思われてもやむをえないぐらい驚かせてしまう可能性がありそうで。

 ロケ地の一部に足を運んだところで、鳥がなぜ人間を襲撃することになったのかその謎がわかるなどということはもちろんないのだが、ボデガ湾をロケ地に選択するにあたり、「サンフランシスコやモントレーの街とも違い、小さく親密な感じで、周囲から孤絶していて、カラフルなところがこの映画にふさわしい」とヒッチコックがあるインタビューで答えているように、海があって、緑豊かでなだらかな山があって、湾曲した道がはるか彼方まで続いていて・・・と自然と色彩の豊かさが特徴的な街。また、主人公のメラニーがよそ者としてこの田舎町に闖入するところから異変が起きるという展開からも、共同体の親密な雰囲気は重要な役割をはたしているはずで、実際に地元に住んでいる人たちの服装を反映・再現したものになるようにヒッチコックは細かく指示を出している。
 ロケ地に関する研究書、Jeff Kraft and Aaron Levanthal『Footsteps in the Fog: Alfred Hitchcock’s San Francisco』は2002年の刊行以来、すでに9版を重ねており、所持していたのだが、『めまい』(1958)の舞台となったサンフランシスコのミッション・ドロレス教会を訪ねた際にあらためて購入してしまった。やはり土地勘があったうえで読んでみるとおもしろさも増してくる。ヒッチコックの一人娘で女優のパトリシア・ヒッチコックが、北カリフォルニアでリラックスして過ごしていた両親の様子を回想した序文を寄稿しているのも、意外な一面を垣間見るようで楽しい。ベイエリアを舞台に取り上げることが多いヒッチコック作品の中でも、この研究書で詳細に分析がなされているのは、『めまい』『疑惑の影』(1943/舞台はサンタ・ローザ)と『鳥』の3作品。
 このたびの私の訪問時においても、作品に登場する食料品店(Diekmann's Store)が同じ場所に同じ一族による経営によって現存し、営業が続いているなど、ボデガ湾の中心にあるレストラン(Tides)、教会や小学校の建物など今でも様々にその足跡を辿ることができる。おそらくこうした変わらない性質こそがロケ地に選ばれたゆえんでもあるのだろう。『Footsteps in the Fog: Alfred Hitchcock’s San Francisco』ではさらに、作中の街の地理関係を地図として図面化/再構成しており、ここがこのように繋がるのかと新しい発見もあって楽しい。作品中の登場人物による移動は基本、車であることからも、車で移動できるのであれば、広範囲で撮影されているロケ地をさらに数多くまわることもできるし、移動の感覚を実感することもできるのであろうが、バスで訪ねるだけでも、実際にヒッチコックが入念に趣向を凝らしていた土地の感覚を想像以上に実感することができた。

 ヒッチコック作品は人物関係も複雑でわかりにくく、セリフやコミュニケーションのあり方から複雑な関係性が浮かび上がってくるところに醍醐味があるわけだが、授業で取り上げることがあってもうまく説明しにくいことが多い。さすがに演出技法に力があるのですぐに惹きこまれていく受講生もいるのだが、なんだかよくわからないままぽかんとした反応で終わってしまうこともある(もちろん私の力不足によるもの)。
 基本的な姿勢がアメリカ文化論としての枠組みなので、アメリカ文化史などで取り上げる際にも正直なところ浮いてしまうというか、うまくはまらないところがあったのだが、「父はサンフランシスコをパリに比肩するほどのコスモポリタンの街として見ていた」という娘パトリシアの言葉を手がかりに、ヒッチコックのサンフランシスコ観を探っていくことで見えてくることがあるのではないか。とするとやはり、サンフランシスコを舞台に据えた『めまい』を軸に、近郊の街サンタ・ローザを舞台にした『疑惑の影』とボデガ湾の地形の特色を活かした『鳥』の3作品が重要になってくるのだろう。










2016年2月29日

 とっくに3月に入っておりすっかり時期を逸してしまいましたが、今年は閏年(でしたね)。4年前にはじめて本を刊行させてもらった際に出版社の方から「奥付どうする?」と、こちらに選ばせていただいたので、「じゃあせっかく閏年なので2月29日でお願いします」というやりとりから早4年。次の閏年となる今年に至るまで複数の企画書がまったく実を結んでいない現実を思うとなさけないかぎりですが、「閏年=リープ・イヤー」といえば、現在、来日中のアメリカの小説家スティーヴ・エリクソンによるノン・フィクション『リープ・イヤー』(1989)が表しているように合衆国大統領選挙の年でもあり(一体どうなることやら?)、あるいは、『リープ・イヤー――うるう年のプロポーズ』(2010)なんていう映画もあって、「女性が男性にプロポーズしてもよい」というアイルランドの習わし(?)をもとにしているそうですが、今の時代でも「女性が男性にプロポーズしてもよい」ということが特別なことになりうるんですかね?

 そんなわけで2月29日は特別な感じがする一日で、作家の赤川次郎(1948- )、辻村深月といった人たちがこの日を誕生日としていて、生まれもって物語性を付与されているようでかっこいいなといつも思う。今年で作家デビュー40周年となる赤川次郎は角川映画『セーラー服と機関銃』(78/映画版は81)、『探偵物語』(82/映画版は83)を頂点に80年代にとにもかくにも大変な人気があったので、世代の差はもちろんあるだろうが、私の世代にはとても身近な存在だった(登場人物が読者と共に年齢を毎年重ねていく『杉原爽香シリーズ』[1988- 、現在までに29冊刊行中]の主人公も私と同じ年齢)。
 伊坂幸太郎(1971-)も『マリオネットの罠』(1981)を「印象深い一冊」として挙げているし、湊かなえ(1973- )も赤川作品の影響を公言している作家の一人で、ストーリー・テリングの手法を系譜として辿っていくと見えてくることもありそう。辻村深月(1980- )も、赤川作品から大人向けの文庫本に手を伸ばしていったという少女時代の読書遍歴を回想しており、本の世界への導き手としての役割にも大きなものがあったと思う。

 私自身が赤川次郎作品を熱心に読み始めたのは小児喘息やら身体が弱かったこともあってスイミング・スクールに嫌々通わされていた頃で、そこにどんな人がいたかまったく覚えていないのだが、その近くにあったスーパー内の本屋で文庫本を毎週火曜日に一冊ずつ買ってもらっていたことだけはよく覚えている。眉村卓からはじまって文庫本を読めるようになったのが楽しくなっていた頃で、まだ赤川作品の文庫の出版点数はそれほど多くなかった。
 赤川氏はオペラやクラッシック音楽に造詣が深いのだが、そちらは私はさっぱり吸収できなかったものの、「懐かしの名画ミステリー」と銘打たれたシリーズなど、主にヨーロッパの古典映画や古典ミステリーを認識する最初のきっかけをもたらしてくれた。スティーブン・キング『呪われた町』(1975/翻訳は1983)などの同時代作家もリアルタイムで紹介してくれたし、「モダン・ホラー」(『魔女たちのたそがれ』[84]、『遅れてきた客』[85]、『白い雨』[85])や「サスペンス・ホラー」(『夜』[83])などのジャンルの存在も赤川作品を通して最初に知った。田村正和が小学校教師をつとめるコメディドラマ『うちの子にかぎって・・・』(84-85)が短編集『充ち足りた悪漢たち』(82)から派生してもたらされていることなどもあり、80年代文化全般にわたって連関も強い。

 ユーモア・ミステリーで打ち立てたイメージとはおそらく対照的に、政治に対する積極的な姿勢・発言でも知られていて、『プロメテウスの乙女』(82)、『世界は破滅を待っている』(82)などの初期作品から、吉川英治文学賞受賞作となった近作『東京零年』(2015)まで、体制や監視社会に対する反骨精神が一貫して示されており、私も含めて若い世代を主たる読者層としてきたことからも影響力は意外なほど大きいのではないかと思う。
 「申し訳ないが、おまえの家も盗聴されてるかもしれないからせいぜい気をつけてくれ」と学生時代に同人仲間から告げられ絶句したことを唐突に思い出したが、それはまた別の話。「学費値上げストライキ」として定期試験がボイコットされるような大学だったもので・・・。すでに90年代だったんですけどね。「みんな何処へ行った 見守られることもなく」。

 『東京零年』は本当に久しぶりに手に取った新作で、良くも悪くも「懐かしい」感じを抱くことができたのでこのたびの吉川英治文学賞受賞は嬉しい。
 はたして、角川映画40周年記念事業となる橋本環奈版『セーラー服と機関銃――卒業』(2016)はどうでしょうかね? オリジナル版がそもそも奇跡みたいな作品でプロットだけ聞いてもおもしろいものではなく、原作自体は荒唐無稽な話を巧みなストーリー・テリングで、映画版はなんだかよくわからない力業で押し通して成り立っているわけで、アクション映画の下地が揃いながらアクション映画でもなく、アイドル映画にしてはむちゃくちゃさせられている挙句、基本ロングショット。しかしなぜか主題曲まで大ヒットして、すべてをひっくるめてその時代がよく表れているというべきか。
 一方、反社会的勢力に対する昨今の風潮を考えても新作版は厳しい感じもしますが、40周年記念事業として古典作品を見返す(見比べる)機会になるとしたらおもしろいし、時代の変化をどのように写し取れるかが新作版の見どころに。若い世代も相米慎二監督によるオリジナル版のなんだかよくわからない凄みに触れる機会になってほしい。

 ところで、この2月にも芳林堂書店倒産のニュースなどもあり書店が街から根絶されてしまいつつある。スイミング・スクールの帰りに通っていたスーパー内書店がスーパーごとなくなっているのはやむをえないとしても、この十年ほどで2回引越しをした際に「近くにこういう本屋があるならいいかも」と住まい選びの決め手になったはずの最寄りの書店も引越早々に姿を消してしまった。自分の関心外の情報にも目が届くようになるのは店舗型書店の何よりの効用になるものなので寂しい限り。新刊書の類は極力、店舗型書店で購入するようにしているのだけど。
 アメリカでは大型書店「ボーダーズ」が2011年に倒産後、街から本屋が消えて久しいと聞いていたのだが、バークレーはさすがに大学街だけあって魅力的な本屋がたくさんある。映画『卒業』(1969)にも写り込んでいる「Moe’s Books」は映画関連が意外に少ないもののさすがに圧巻の品揃え。「Half Price Books」はアメリカン・コミックスも豊富な上、CD・レコード・DVDなど音楽や映画も充実していて楽しい。「Netflix」に代表されるストリーミング・サービスやダウンロード一辺倒になってしまっている中で、バークレーにはCD/レコード店(「Vinyl Underground」)もあり、いつも賑わっている。
 大学出版局の書籍を主に扱う「Ten Thousand Minds on Fire」はまるで学会の書籍展示の常設展みたいで多彩な研究書を一望できる。ジェンダー・スタディーズ関連の書籍が充実しているヴァージニア・ウルフの小説名を冠した「Mrs. Dalloway’s」、SF/ファンタジーの「Dark Carnival」、コミックスの「The Escapist: A Comic Bookstore」など個性的な専門書店も目立つ。夜十時まで営業している「Pegasus Bookstore」には二匹猫がおり、UCバークレーからの帰り道いつも眠っている猫を愛でるのが日課に。
 とはいえこうしたアメリカの書店と日本の書店をめぐる状況には、再販制度や古本の扱いなど様々に大きな違いがあり、そもそもアメリカでの店舗型書店の方が現状、生き残りは厳しいと言えるぐらいなので店舗型書店を存続させていくのは簡単なことではないのだろうが、新しい世界に出会える交流の場であり続けてほしい。 






















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