借りてきた猫のように

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ムーミンの日(2016 年8月9日)

ドラマ「百合子さんの絵本――陸軍武官・小野寺夫婦の戦争」

8月9日はムーミンの日(8月10日はスヌーピーの誕生日)。

といってもまだ歴史は浅く、ムーミン刊行60周年を機に2005年に設定されたもので、ムーミンを読む読書会や撮影会などのイベント「ムーミンの日の集い」が展開されている。フィンランド以外でははじめて(世界で二番目)となるムーミンパーク「メッツァ」も、「日本の秘境/自然の宝庫」(登山マンガ『ヤマノススメ』の舞台)埼玉県飯能市宮沢湖畔で建設中であり、2017年オープン予定。

 NHKドラマ「百合子さんの絵本――陸軍武官・小野寺夫婦の戦争」(2016年7月30日放映、薬師丸ひろ子、香川照之主演)は、『ムーミンシリーズ』をはじめとする児童文学、スウェーデン語文学の翻訳者として知られる小野寺百合子(1906-98)の数奇な生涯に焦点を当てている。戦時中は陸軍武官の夫を手助けし、和平工作への諜報活動に従事していた。彼女が翻訳をはじめたのは60歳を過ぎてからのことであり、児童文学だけでなく、女性解放運動家/社会思想家エレン・ケイの翻訳や、戦後スウェーデンの社会福祉制度などスウェーデン事情の紹介、自身の体験を踏まえた平和活動、異文化交流などその活動は多岐にわたるものであった。エッセイ集『バルト海のほとりの人びと――心の交流をもとめて』(1998)は度重なる復刊を経て、現在、新装版刊行中。ドラマは時間の制約もあり、戦時中に力点を置いてまとめられており、もちろん重要な一側面であるのだが、20世紀をほぼ包括する激動の時代を生きたその生涯は波乱に満ちており、もっとゆっくりじっくり描いたドラマを見てみたい(とはいえ、「百合子さんの絵本」も様々な年代を演じていたので役者としては難しい役どころ)。

 トーベ・ヤンソン(1914年8月9日-2001)による原作の『ムーミン』(1945-70)も第二次世界大戦中に執筆されていたことから戦争の影が色濃く反映されている面もあり、原作者の生誕100周年を迎えた2014年を契機に伝記研究をはじめ様々に資料も充実してきていて、今がまさに研究の旬。
 海外(主に米国)の研究者と雑談していて「え?『ムーミン』って日本の物語じゃなかったの?」という反応が複数あるぐらい、日本のムーミン人気と日本アニメの国際受容には大きな影響力があり、にもかかわらず、69年・72年版(「カルピスまんが劇場」、後の「世界名作劇場」)は原作のイメージを損なうという本国の著作権管理者による異議申し立てによりDVD化がなされていないのが残念。確かに原作のイメ―ジを変容させてしまうだけの強い影響力があり、原作の世界観を守るためにはもちろん重要なことであるが、それはそれでもはや独自の文化になってしまっていたわけで、私にとってムーミンの声はやっぱり岸田今日子さん。
 『ムーミン』(1969)は、「カルピスまんが劇場」の最初期作品であるのだが、制作スタッフは日本向けにかわいらしいキャラクター(作画監督は何と言っても大塚康生)、親しみやすい世界観を作り上げることができ、原作者にも気にいってもらえるにちがいないと期待していたら、実際には「日本以外の放映を認めない」という常に否定的な反応であったようで、その後、「世界名作劇場」への移行にあたり著作権の切れた古典文学を素材にするようになっていったことにも影響を及ぼしているようにも思う。

 若い世代、現役の子ども世代にとって『ムーミン』はどのようなイメージを持たれているのだろう? 著作権管理者公認のTVアニメ『楽しいムーミン一家』(1990)は、「楽しい」の言葉がアイロニカルとしか思えないシュールな世界観で、まさにその点こそが原作ならではなのだが、「怖い」印象になるのでは?(私は放映当時高校生だったが、「こんな終わり方で視聴者を放り出していいのか?」と毎回話題に)。キャラクター・グッズもアート志向を強く打ち出している傾向にある。そうかと思うと現在、マクドナルドでは、ムーミンプレートに新作絵本がつく「ハッピーセット」キャンペーンを展開中。あくまでお母さん向けのキャンペーンではあるのかもしれないが。
 トーベ・ヤンソンには、ムーミンシリーズ以外にも、『少女ソフィアの夏』(1972)、『誠実な詐欺師』(1982)など哲学的で深い味わいの人間模様を描いた小説もある。少女時代を中心にした自伝『彫刻家の娘』(1968)、小さな離れ小島で自然とともに過ごした日常と(虚構を混じえた)記録『島暮らしの記録』(1993)などのノン・フィクションも個性的で独自の世界観が貫かれており、さらに、映像記録集(プライベート・フィルム)『トーベとトゥーティの欧州旅行』(1993)、『ハル、孤独の島』(1998)なども現在DVDで発売中。
 というわけで、ようやく少しずつ夏休みに入りつつあるので、トーベ・ヤンソンと小野寺百合子についていろいろ読んでみようと思うのでした。
















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2016年4月19日

 

 2011年3月の九州新幹線全面開業にあわせて誕生したくまモンは、名城として知られる熊本城の基調を成す黒をイメージして造形されているそうで、その熊本城をはじめとする街が深刻な震災被害を受け、新幹線も脱線し、様変わりしてしまっているニュースを滞在先のスイス、ヴェヴェイにて知る。
 耳慣れないフランス語を介して映されているその光景やSNS、報道を通して知る被災地の中には、数年前に「くまモンスクエア」を訪れた際に足をのばしてまわった別府・由布院を含めてなじみの街もあって、特別なゆかりがあるわけではないのだけれど、ぬいぐるみ、クレジットカードの「くまモンカード」やPCの壁紙など人一倍くまモンにお世話になってきているだけに様子が気になるが何もできないのがもどかしい。
 配偶者の幼なじみが熊本でスイカ農園を営んでおり、毎年、初物のスイカを送ってくれていて、そのスイカが届くと夏の訪れを実感する。くまモンのほっぺの赤色は熊本名産のトマトにちなむらしいのだが、食材にトマトを一切使用しない家庭(単に母親の偏食による)で育った私は申し訳ないことに今でもトマトは食べられなくて、ほっぺの赤色は私にとってはスイカの連想と結びつく。
 くまモンの生みの親である蒲島郁夫県知事は高校卒業後、地元の農協に就職したことを契機に米国での農業研修を経て苦学して米国の大学に学び、やがて大学教授(政治過程論)となった後、郷里熊本の県知事をつとめるに至った異色の経歴で、くまモンのコンセプトが体現するように型にはまらないその柔軟な発想に共鳴し、くまモンをより一層応援するようになった。キャラクター使用料をとらず、皆で街を活性化させていこうとする「楽市楽座」の発想や、まだくまモンがまったくの無名時代に幼稚園・保育園の訪問を受け入れてもらったという経緯を今でも大切にしていて、どんなに忙しく有名になっても幼稚園・保育園からの出動依頼は最優先に受けるという姿勢など感銘を受けることは数多い。

 スイスへの移動にあわせて持ち込んだ熊谷達也の新作小説『希望の海 仙河海叙景』(集英社)は、気仙沼の中学校で教師経験を持つ作者ならではの連作小説群の一作であり、この作品で一区切りとなるという。作中には震災当日のことが直接描かれることなく、「以前」と「以後」の登場人物たちの「日常」に焦点が当てられている。そうした仕掛けを事前に承知していながらも「以後」をめぐる物語の中でぞくっとさせられる読書体験をしたばかりであったこともあって、災害や事故は誰にでも、どこででも起こりうるという実はごく当たり前のことにあらためて気づかされ、そして何気ない日常のありがたみがより切実に響く。
 深夜に連続して起こった熊本・大分地区の巨大地震、その後もくりかえされる余震、生活物資や情報が寸断されてしまう中で雨など気象条件も悪く、心中察するにあまりある。現在はプロとして訓練を受けている方々を中心に救助・支援活動が続いている段階であろうが、その活動がもっとも効果を発することを、救助や支援を求めている人々の声が早く的確に届けられることを願う。被災地とひとくくりにできないぐらい置かれている状況がそれぞれ異なるのも当然で、行政も外野も混乱が続いているように耳にするが、実地での対応ははじめてのことであろうし、できるだけ皆が寛容であってほしい。支援状況をめぐる様々な問題についてはSNSの情報共有も有効だろう。

 くまモンは九州以外の出演予定も現在はすべてキャンセルされていて、今はそれどころではないのはむろんとして、また「これまでのように」(これ以上頑張らなくていいので)皆の前に出てきてくれる「日常」が早く戻ってくれますように。SNSでは台湾や香港をはじめとする海外からの応援イラストなども多く投稿されていて、くまモンが築いてきた幅広いネットワークならでは。皆がそれぞれの立場で「共感」を寄せ、できることを示してくれている。
 配偶者の幼なじみからは最初の地震から数日たって無事の連絡をもらうことができたのだが、地震でしっちゃかめっちゃかで水道などのインフラも止まっている中、農園の復旧に全力を注いでいるという。そのたくましさにこちらが励まされてしまう。せめて頑張りすぎないでほしいと思う。スイカだけではなく、実はトマトも含めて多面的に経営していることをこのたびはじめて知った。熊本の野菜も積極的に購入させてもらうことにしよう。











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