借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

カテゴリー "文学" の記事

このアメリカがすごい(2016年7月8日)

宮本陽一郎『アトミック・メロドラマ――冷戦アメリカのドラマトゥルギー』

 宮本陽一郎『アトミック・メロドラマ――冷戦アメリカのドラマトゥルギー』(彩流社)は、ポストモダニズム文学研究者として知られる著者による、冷戦初期に力点を置いたアメリカ研究の成果であり、同時多発テロ/イラク戦争以後、「現在、目前で起こっている危機的状況」をアメリカ研究者としてどのように解明できるかという問いに対する返答にもなっている。同時多発テロをめぐる直接的な考察ではないものの、上岡伸雄『テロと文学――九・一一後のアメリカと世界』(集英社新書、2016)と問題意識を共有した「九・一一以後のアメリカ」を展望する試みでもあり、また、米国留学の成果を逸早く日本の大学の教育研究現場に導入することに腐心してきた著者のアメリカ論として、本書を亀井俊介『アメリカ文化と日本――「拝米」と「排米」を超えて』(岩波書店、2000)に連なる系譜に位置づけることもできるであろう。

 なぜ今、冷戦研究なのか。冷戦期は、民主主義に基づく「アメリカ」の概念を輸出/応用可能なものとして様々な物語(ナラティヴ)の形に託し、覇権国家としての「アメリカ」の原像が創出されていった時期に相当する。大統領選挙を間近に控えた今現在、保守派とリベラル派をめぐる対立・断絶が顕在化しており、「多文化主義的な共生」を志向しつつも、「多民族主義を肯定するがゆえに一層排他主義的になる」矛盾した傾向も浮かび上がっている。その源泉は冷戦期に探ることができるものであり、著者によれば、「今現在なおも冷戦のパラダイムは継続し続けている、あるいは新たな冷戦構造を迎えている」。

 前著『モダンの黄昏――帝国主義の改体とポストモダニズムの生成』(研究社、2002)』においても、大恐慌下の1930年代にキングコング映画が誕生した文化的背景を探ることを皮切りに文学、映画、ドキュメンタリー、写真、ミュージカル、優生学などジャンル、メディア、学問分野などを縦横無尽に展開しながら、ポストモダニズムの生成過程を辿る文化研究の実践例となっていたが、本書もまた、ネヴァダ州の砂漠の中で一九五五年に行われた核実験「オペレーション・キュー」をめぐるアメリカ生活の幻像をモチーフの軸として、「核」「家族」「メロドラマ」という主要なキーワードを媒介に「冷戦アメリカの原像」を探る文化研究である点に最大の特色がある。ジョン・フォードの西部劇映画、ショック療法/ロボトミー/精神病理学、ファミリー・メロドラマのハッピーエンディングの物語にまつわるそれぞれの考察から、黒沢明映画を起点にしたフィルム・ノワールの文化越境性、ジャンル混成体としてのSF恐怖映画『蠅男の恐怖』(1958)をめぐる分析に至るまで、一見、接点を見出しにくいほど独立した多彩かつ精緻な個々の章を読み進めていくと、やがてジグソーパズルを組み合わせるかのように冷戦期アメリカの原像が総体として立ち現れていく様はまさに円熟の境地と言える。マッカーサー主導による日本の戦争記録画収集計画を冷戦期前夜の文化政策の動向と絡めて実証的に跡づける第四章は、日米関係および日本の「戦後」史観をも問い直す本書のダイナミズムを象徴する章になっているのだが、著者の祖父である洋画家・宮本三郎(1905-74)が鍵となる人物として焦点化されているのも興味深い。

 気迫のこもった「私的な終章――教育のために」に示されているように、九・一一以後のアメリカを取り巻く情勢、日本の大学事情の激変、さらに2015年6月の文部科学省通知に端を発した「文系の学問の存亡の危機」論争に対して、アメリカ研究者として、大学教育研究者として応答責任をはたそうとする誠実な姿勢が胸を打つ。文系/理系、実学/虚学という「時代錯誤的な二分論」が加速度的に深刻なレベルで進行してしまいつつある現状に対して何をどのように考え、行動することができるのか。人文系のみならず、すべての大学関係者にとって多くの示唆をもたらしてくれるものであり、本書の射程は地球規模の課題を解決することを目指す大学教育をめぐる理念と実践の書という面をも併せ持つ。大学の公益性、社会的使命がかつてないほどに問い直されている今、この課題はあらゆる読者に開かれ、共有されている。(初出『週刊読書人』2016年7月8日付)













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じつは赤毛のアンが好きです(2016年6月28日)


 カナダ、プリンス・エドワード島大学にて第12回モンゴメリ学会開催。今回の大会テーマは「モンゴメリとジェンダー」で、日本からは私も含めて計4名の研究発表がありました。専門性の高い個人作家の研究学会に、初めての参会で研究発表するなど向こう見ずにもほどがあるのですが、「あのプリンス・エドワード島に行ける!」という魅力に抗いきれず、参加してきました。
 学期中という制約もあって最終日のエクスカーション・ツアーには残念ながら参加できず。とはいえゆかりの地をまったくまわることができないというのはあまりにも無念なので、現地に到着後、時間をやりくりして日本人向けツアーに申し込み、「グリーン・ゲイブルズ」、「モンゴメリの生家」、「赤毛のアン博物館/銀の森屋敷」などを訪問することができました。大学周辺だけでは島の雰囲気をつかむことなど到底できず(島の大きさは愛媛県ぐらいと言われてもぴんとこない)、ツアーを通してようやくプリンス・エドワード島に来たという実感が沸いてきました。はじめて訪問する地なのに、「赤土の道」や「輝く湖水」、「恋人たちの小径」などあちこちの光景がとても懐かしく感じられるのが不思議。

 久しぶりに原作を読み返してみて、すべてのエピソードが有名かつ名場面であることにあらためて感嘆させられる。シリーズ化を通して「その後の人生の物語」を辿ることができるのがアン・シリーズの醍醐味なのだけれど、一作目の完成度は本当にすごくて最初のアンの登場場面から文字通り目が離せずに一気に丸一冊分読まされてしまう。マーク・トウェイン(モンゴメリと同じ11月30日の誕生日!)が「『不思議の国のアリス』以来の愉快なキャラクターで、心に迫る存在である」と刊行早々に賛辞を送ったように、まさに時代や国を超えた不朽の文化的アイコンとしてあり続けていて、ギフトショップで様々に売られているストロー・ハット(麦藁帽子)からもそのことはよく見て取れる。
 マシューとマリラの老兄妹が孤児院から養子をもらうという決断がいかに意外に映るものであるかを説明する一節に、「『マシューはオーストラリアから来たカンガルーを迎えに行ったんですよ』と言っても、リンド夫人はこんなに驚かなかっただろう」とあって、カンガルーを馬車に乗せたマシューの姿が思わず浮かんでしまい、マリラのアンに対するツンデレぶりや、まわりの友人たちとの間での意地の張り方、とぼけたユーモアが新たなツボに。こちらが年齢を重ねてしまったことも作用してるのだろうが、「少女小説」という側面だけでなく、「年齢を重ねること」も作品の主要なテーマになっていることに気づかされる。大人になってからこそ再読したい物語。


 覚悟していたもののツアーはやっぱり私以外の参加者は全員女性。「お仕事でこちらにいらしたんですか?(旅行業の方ですか?)」とくりかえし尋ねられる。まあしょうがないんでしょうけど、確かに男性の一人旅でここには来ないか。
 モンゴメリの親戚が営んでいた農場をもとにしている「グリーン・ゲイブルズ」はアン、マシュー、マリラのそれぞれの部屋、アンが憧れていた客用寝室など細部に至るまで物語世界を再現していて、実際に遊びに来たかのような体験を楽しむことができる。外にはマシューの馬車や、アンのコスチュームを着た女の子もいて(ちょっとイメージ違うけど)気軽に写真撮影にも応じてくれる。
 7月1日のカナダ・デーにあわせて毎年、街のお祭りの一環として上演されるミュージカル『赤毛のアン』は残念ながら観ることができなかったものの、ミュージカル『アンとギルバード』は鑑賞することができた。途中の入退場は原則できないということだったが、出口のドアをうまく使った仕掛けで納得。

 日本での『赤毛のアン』受容史はやはりおもしろくて、村岡花子により日本で最初に翻訳が刊行された1952年は映画『風と共に去りぬ』の公開と同じ年で、冷戦イデオロギーとの関係も興味深いものであり、スカーレット・オハラと共に戦後復興期の女性のロール・モデルとしてはたした役割は大きい。1970年の大阪万博にて現在もカナダで続いているミュージカルが上演されているのも象徴的に映る。
 1979年の「世界名作劇場」におけるTVアニメ化作品は、演出の高畑勲のもと、宮崎駿、富野由悠季が部分的とはいえ関与しており、アニメ文化史において決定的/奇蹟的に重要な作品。没後十年以上経った今でも展覧会開催が続いている近藤喜文によるキャラクター・デザインに、押井守も絶賛した高畑勲演出など伝説には事欠かない。
「でも、アニメのアンってかわいくないでしょ」と複数の方に言われたが、えー、そこがいいんじゃないですかね? 
 1980年には劇団四季(浅利慶太演出)によるミュージカルもスタートしており、この時期に『赤毛のアン』が大衆文化の中でさらに大きな発展を遂げているのも時代の必然と言えそうだ。「アンは嫌いだ」と言い残して宮崎はアニメ映画『カリオストロの城』(79)に集中すべく第14話途中で企画から降りているが、後に自身で手がけることになる少女ヒロイン像との比較分析ももっとなされていいように思う。

 さて、現在もまた何度目かの『赤毛のアン』リバイバル・ブームの只中にあって、現代文化における受容のあり方に目を向けても、映画『アンを探して』(宮平貴子監督、09)、真保裕一『赤毛のアンナ』(16)など正面から作品のモチーフとして扱っている例が目立つ。
 このたびの学会にて赤松佳子先生(ノートルダム清心女子大学/カナダ文学研究)が分析された柚木麻子『本屋さんのダイアナ』(14)や、あるいは湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』(12)など、女性同士の友情のあり方は現代文学における主要な関心の一つになっていて、その際に『赤毛のアン』における「腹心の友」が引き合いに出されることは数多い。
 「心の友」といえば、「おまえのものはおれのもの」という『ドラえもん』のジャイアンがつい思い浮かんでしまうが、「腹心の友」には特別な響きがあって、しかしながらいつまでもべったりと学生時代のように一緒に過ごせるわけでもないし、昔、マンガや音楽を貸し借りしては夢中にお喋りをしたような関係ではなくなってしまうものだ。「同性の友達を持ちたいのにもてない」「学生時代の友情が続かない」といった寂寞感は『赤毛のアン』の呪縛として今でも捉えることができるものかもしれない。
 真保裕一『赤毛のアンナ』は親を失ってから施設で育った女の子をめぐるド直球のタイトルに内容だが、現代を描く物語として『赤毛のアン』の原作のエッセンスが丁寧に再創造されている。時代や価値観が変容しているにもかかわらず旧来のモデルが残存している現代の社会構造の歪みや格差社会などについても考えさせられるものであり、さらに今の若い世代に『赤毛のアン』がどのようにロール・モデルになりうるのかという観点からも興味深い試みになっている。

 日本での絶大な人気の高さはよく知られているが、学会ではフィンランドやスロバキア、アイスランドなど様々な地域からの研究報告もあり、カナダのローカル色とグローバル性を併せ持った少女小説であること、また、20世紀初頭の時代性(とりわけ当時の女性の社会状況)を反映しながらも、現代においても古典の児童文学としてアクチュアルな力を持ち続けているという点においても比類ない作品であることをあらためて実感させられる。
 モンゴメリの日記、書簡の公刊をはじめとする基礎研究も近年進展しており、高い水準と打ち解けた雰囲気がこの学会の魅力で、さながら同窓会のように毎回参加する方々が多いというのも頷ける。2年毎の開催で次回も同じプリンス・エドワード島大学にて2018年6月21~24日の開催が予定されている。ぜひまた参加してみたい。










2015年10月28日

 第52回日本英学史学会全国大会が拓殖大学にて開催。主に明治期に英語圏文化がどのように移入されてきたかをめぐる歴史研究が中心となるのだが、近年では英語教育史や仏学史(フランス文化流入史)研究の学会との連携も盛んに行われている。私自身は翻訳を通して西洋文学および思想がどのように移入され、どのように日本の文学・文化に影響を及ぼしたのかをめぐる文化交流の過程に関心があるのだが、英学以前には蘭学(オランダ経由の文化流入)もあったわけで、さらに当時の西洋文化もまたフランス語/ドイツ語圏文化などが様々に交錯して流通していたことからも、翻訳の過程を通して当時の多岐にわたる文化流入のダイナミズムを一望できるところにこの分野の魅力がある。
 さらに原作の物語を自由に脚色する「翻案」小説も、まだ西洋文化になじみのない日本の読者向けの大衆小説の形成期において当時、有効に機能していたこともあり、比較文学研究の魅力的な素材となりうる。大衆文化の黎明期としてどのような物語がどのような雑誌・新聞などを初出媒体として成立していたのかも興味深い論点。正直なところ、海外と比してもデジタル・アーカイヴ化が進んでいるとは言い難い状況にあるのだが、少なくとも翻訳文学にまつわる二次資料はこの20年ほどで飛躍的に進展してきており、英学史研究の成果をもとにした比較文学研究が今後、拡張していくことが期待される。
 専門性の高い研究学会として、発表の中である人物や事柄に言及すれば、「その人物でしたらさらにこういう側面があって・・・」と数珠つなぎにいろいろな繋がりを示唆してもらえるのもおもしろい。歴史研究が基本となるので、それぞれの個々の発表は専門性が高く細分化して多岐にわたっているのだが、ふだん気にとめていない領域であっても、「近代日本の文化生成と異文化流入」の観点から何らかの接点がおぼろげに、あるいは突然明確に見えてくる瞬間が多くある。中でも研究発表「プロテスタント医療伝道の受容と終焉」(高畑美代子氏)が興味深いものであった。西洋医療もまたキリスト教伝来と共に医療宣教師により流入されてきた背景があり1870年代に最盛期を迎えるのだが、布教と西洋医療の流入を分断させたいという明治政府の狙いによりドイツ医学の導入が推進された背景。また、「病院」の語の初出は1868年戊辰戦争時とされてきたが、1862年にロシア(ヲロシア)起源の函館の医療機関がすでに病院を名乗っていることを資料(絵図)により確認できること。さらに、「宣教医」であるプロテスタント医師たちや、教団派遣ではなく独自に「クリスチャン・ドクター」として布教に励んだ存在がどのようなものであったのか・・・など私の誤認もあるかもしれないが、これまでに文化流入をめぐる比較文化の観点からは考えたことがなかったトピックであったので新鮮だった。

 私自身は「探偵小説の英学受容」として、近年の英学史研究のアーカイヴ資料をもとにした比較文学研究の可能性について、また、グローバルな文化交流の枠組みの中で英学史研究を展望する可能性について示唆する研究発表を行った。この領域では、川戸道昭・新井清司・榊原貴教編『明治期シャーロック・ホームズ翻訳集成(全3巻)』(アイアールディー企画、2001年)、川戸道昭・榊原貴教編『明治の翻訳ミステリー復刻版(全3巻)』(五月書房、2001年)をはじめアーカイヴ資料が充実しており、さらに近年では日本初の探偵小説受容とされるオランダのJ・B・クリストマイエル(1794-1872)「楊牙兒(よんげる)ノ奇獄」(神田孝平訳『花月新誌』[成島柳北主宰])の復刻および現代日本語訳の刊行などもある(西田耕三編『日本最初の翻訳ミステリー小説 吉野作造と神田孝平』耕風社、1997)。
 あるいは、高橋修『明治の翻訳ディスクール――坪内逍遙・森田思軒・若松賤子』(ひつじ書房、2015)では、今よりも翻訳の概念が緩やかだった時代にそれぞれの翻訳受容がどのような方針によってなされていったのかを分析する最新の研究成果。中でも「人称」の概念に対する注目が興味深い。「近代」および「小説」の生成をめぐり、人称に対する意識が先鋭化された背景は自己や他者との関係性をめぐる「近代」の根源的な問いにも繋がってくるように思う。分析の対象になっている坪内逍遥訳「贋貨つかひ」(1889/明治22)は女性で世界最初に長編ミステリーを発表したとされるアメリカのアンナ・グリーンによる作品。

 探偵小説の流入以前にももちろん大岡裁きに代表されるような江戸時代の「裁判小説」や「白浪物」とされる人情ものや「毒婦もの」の系譜などミステリー・ジャンル「前史」はあるわけで、結局は「探偵小説・推理小説・ミステリー」の系譜の接続と変容を見ることによって「前近代」と「近代」以降の断面と接続・変容が見えてくるであろうし、探偵小説の「緻密な筋立てと描写」が日本の小説の発展に及ぼした影響はことのほか大きいものであったことがわかる。
 ミステリーの領域はファン層が厚いこともあり、関心や注目も高く、通史的な概観や系譜を展望する試みは強く求められているだろう。日本文学研究者・堀啓子『日本ミステリー小説史――黒岩涙香から松本清張へ』(中公新書、2014)はその点でも前近代のミステリー前史を繋ぐ姿勢と、明治期の文学者によるミステリーへの影響について森鴎外などを素材に分析しているところに強みがあるのだが、個人研究の限界もあってか、レビューでは、「本当に挙げられている作品を読んでいるのか?」、「そもそも著者はミステリーを好きなのかどうか?」などという手厳しい反応も少なからずあるようだ。とはいえ、書き手個人のジャンル観や文学史観が最大の読みどころとなるわけで共同研究の成果としてよりもやはり単独の研究書で読んでみたい。副題に挙げられている黒岩涙香の翻案が西洋文化と前近代の日本の物語伝統を繋ぐ大きな役割をはたしえたことを系譜から捉え直すところはやはり興味深いものであるし、ミステリーのサブジャンル化の生成過程や、「家庭小説」や「捕物帖」などの様々な大衆小説のジャンルとの関係性などを幅広くとらえることができる視点は比較文学の醍醐味を示している。












2015年10月13日



「愛してるなんてつまらないラブレター マジやめてね 世界はもっと面白いはずでしょ」――大森靖子「絶対絶望絶好調」(2014)

 第54回日本アメリカ文学会全国大会におけるシンポジウム「逸脱する結婚――アメリカ文学と不倫とエロス」では立ち見が出るほどの盛況ぶり。司会・講師の高野泰志氏(九州大学)の概要にも示されているように、「ギリシャ神話や聖書を始め、これまでおびただしい数の文学作品が不倫のモチーフを活用」してきており、その中でも「アメリカ社会においてはそのピューリタニズム的出自のために『不倫』はとりわけ強い断罪の対象になってきた」わけであり、「その強い抑圧こそが逆に物語を駆動させる強い欲望を生み出してきたとも言える」。「不倫の系譜学」をたどることで、「結婚制度、セクシュアリティ、ピューリタニズムといったテーマを新たな角度から問題化する」という試みは確かにおもしろく、専門学会であることもあり、20世紀初頭に焦点を絞った研究報告をもとに討論が展開されたが、想像力の射程を広げさせてくれる刺激的なシンポジウムであった。
 というのも、全学共通(教養)科目で「愛について」というオムニバス講座を担当しており、「様々な愛のかたち」を比較文化的に考察する試みに携わっている。この場合の「愛」は必ずしも恋愛のみを指すものではないのだけれども、恋愛をめぐる最近の研究動向が活発になってきている。どう考えても私の領域になりうるとは思えないのだが、現代日本における恋愛観の変遷などについても授業で話をしていて、若者相手に自分が一体何を喋ってるのか我ながら不思議な気分になるし、学生も何をどこまで知ってるのか不明ながらも悟ったようなコメントを書いてくるのもおもしろい。
 今年は、「人はなぜ、どのように異性を好きになるのか?(強制的異性愛の概念も含めて)」、「片想いと両想いとは?(ストーカーや独占欲も含めて)」、「男女の友情は成立するのか?(恋愛の境界線とは?)」などの論点について映画作品を素材に一緒に考えるという試みを行っていて、もちろん私も答えなんてもっていない。私よりも上の世代に顕著に見られるような恋愛至上主義的な価値観とも異なり、牛窪恵『恋愛しない若者たち――コンビニ化する性とコスパ化する結婚』(ディスカヴァー携書、2015)などでも詳細に分析されているように、興味や関心も細分化し、ライフスタイルも多様になってきている中、恋愛が人生や生活に占める割合は必ずしも高いものにはならず、また、恋愛や結婚に対するモデルも確実に変容してきている。背景となる時代思潮の変遷を探ることで現代社会の諸相も見えてくる。
 深海菊絵『ポリアモリー――複数の愛を生きる』(平凡社新書、2015)は、若い世代の社会学者がアメリカの事例研究の成果をもとにしながら、「ポリアモリー(複数恋愛)」の概念の可能性を探り、1対1のカップルを基盤とする恋愛や結婚のモデル自体を問い直すもので急速に日本でも耳にする概念になってきた。「社会的構築物としての『嫉妬』」に一章分割かれていて、文学や哲学からも横断して検討できればなおおもしろいように思う。前述のシンポジウムでは舌津智之氏(立教大学)が「ポリアモリー」の概念に言及されながら20世紀初頭のアメリカ女性作家ウィラ・キャザーの作品分析を軸に、「反・異性愛制度の政治学」「反・対幻想の系譜学」を提唱されていて、文学研究ならではの方向性を示されてさすがでした。

 私自身が「愛について」の講座で毎年使用している素材に山田太一原作(1985)映画『飛ぶ夢をしばらく見ない』(1990)がある。妻子ある中年男性がある女性に魅せられていくのだが、その相手の女性がどんどん年齢が若くなっていってしまうファンタジー物語であり、不倫に加えて淫行から幼児性愛の問題も内包し、主人公は警察に追われすべてを失ってしまう。愛の究極の形を探る上で興味深い素材であるのだが、幼女になってしまった相手と一緒にお風呂に入っている場面などは視覚表現の提示をめぐる昨今の規制の問題もあり、そろそろ冗談でなくまずいかも。
 四方田犬彦氏が映画論の授業でパゾリーニ(『テオレマ』1968、『ソドムの市』1975)作品を問題なく提示できるところに大学のリベラルさの証があるとよく言及していたが、今から思えば巧みな牽制と言える。視覚表現はそれだけ影響力も強いし、高校までの国語教育では恋愛の要素がそぎ落とされてきてしまっている傾向があるので、そもそも文学の世界が固定概念を乗り超えるところにこそおもしろさがあるということを積極的に伝えていくべきなのだろう。大学は異文化との出会いの場として機能するべきであると心から思う。とはいえ大学教授でもある作家・高橋源一郎氏が自身のゼミで『大正生まれのAVギャル』を教材として用い、生/性の深淵を探るような討論を展開したという逸話には感銘を受けるもののそんな試みはやはり到底、源一郎氏しかできまい。
オムニバス講座「愛について」ではありがたいことに、科学哲学者・吉永良正氏(『複雑系とは何か?』1996)とご一緒させていただいていて、学期末に展開される教員同士のトーク・セッションでは、「近親相姦や幼児性愛はなぜいけないんですかね?」というようなバカみたいな問いを投げかけて、まじめに答えてもらえるのがとても楽しみ。学生よりも私自身が一番勉強になっているはず。

 坂爪真吾『はじめての「不倫学」――社会問題として考える』(光文社新書、2015)が現在ベストセラーとなっているが、その内容よりも気になったのは、文学どころか社会学に対しても変化の激しい現実社会にとってはすでにまったく無効化されていることを突きつけられていること。
 
「かつて、不倫を含めた恋愛の問題は文学の専門領域だった。(略)文学や作家の社会的影響力が弱まった後に登場したのは、社会学だった。(略)しかし、シャーマンとしての社会学者の力も時代と共に徐々に衰え、社会学者自体の供給過剰と小粒化が進んだ。大学院で社会学をかじった程度で、この複雑極まりない現代社会を語ること、あるいは語れると思っていること自体が痛々しくなったのだ」
(坂爪真吾『はじめての「不倫学」――社会問題として考える』』「あとがき」)
 
 なかなか手厳しいが実のところ世間一般の人文科学に対する見方はこのようなものなのかもしれず、的確な状況分析でもあるのだろう。さらに続けて坂爪氏は「文学の力も社会学の力も弱まった今、不倫をはじめとするセクシュアリティの問題に敢然と立ち向かえるのは、作家でもなく社会学者でもなく、NPOや社会企業家ではないだろうか」と続けている。実際に『恋愛しない若者たち』の著者、牛窪恵氏もマーケティング会社の代表取締役で評論家。深海菊絵『ポリアモリー』は一橋大学大学院(社会人類学/性愛論・家族研究)および南カリフォルニアでのフィールドワーク調査による研究成果をもとにしたものでありながら、現在はポリアモリー・ワークショップなどに関与しているそうで大学の「外側」にいる立場。

 さらにこの文脈の中で宮台真司『中学生からの愛の授業――学校が教えてくれない『愛と性』の話をしよう』(2010)が新書化(コア新書、2015)されたのを今、読むと、オリジナル版刊行当初よりも今の方が有効で力を持つように見える。「13歳のハローワーク」ではないが、恋愛の仕方やそもそも恋愛とは何かなんて、陳腐な表現になるが学校でも誰からも教えてもらうようなものではないもので、それでも皆なんとなく身につけていくような作法であるようにみなされてきたけれどもはたしてどうなのか? 恋愛「しなければいけない」というわけではまったくなくて、しなくていい自由ももちろんあるわけだが、何ごとも知らないよりは知っておいた上で選択できるに越したことはない。
 オリジナル版刊行当初は「ギャル系中学生女子」や「おっとり系少女」とやらに恋愛学を教授する対談形式の構成に、またこのパターンか、と辟易してしまったところはあったのだけれど、中学生の目線に寄り添い、そもそも「恋」「愛」「性」とは何かを社会学から文学、哲学の領域を横断しながら探っていく姿勢は誠実と言えるもので、私自身をかえりみてももう少し根源的なところからちゃんと提示しなければと学ぶべき姿勢が多いことにあらためて気づかされた。「物語の想像力」に何ができるのか、どのように活用できるのか。私の力量を超えた大きな課題ではあるけれどもそれぞれができることをやっていくしかないようにも思うので、その点でも「かつて文学の専門領域であった」とされる恋愛の問題に対して今、どのように向き合うことができるのかを示すシンポジウムはタイムリーな企画であったと思うし、個人的にも継続して考えてみたい。



















2015年5月6日

ヘミングウェイ協会発行のNewsletter(Vol. 68/2015年4月22日発行)にて「ヘミングウェイのいる光景(第2回)――ポピュラー音楽の中のヘミングウェイ像」を書かせてもらいました。
ポピュラー音楽において複数の作品中にヘミングウェイが登場するばかりか主要モチーフとして扱われている。タイトルにまで掲げられる作家は珍しいものであり、マリリン・モンロー、オードリー・ヘプバーンやジェイムズ・ディーンをも凌ぐ想像力の豊かな源泉となっていると言えるのではないか。
 Peter Sarstedt (1941- )はインド生まれのイギリス人歌手であるが、“Where Do You Go To (My Lovely)?”という曲で1969年にチャート1位を記録するヒットを飛ばすなど主に1960年代に活躍している。Sarstedtが1986年に発表したシングルにその名もずばり“Hemingway”というタイトルの曲がある。アフリカを疾走する動物が映像で描かれており、アフリカ/サファリのイメージが強調されている。
いろいろと未消化なんですが、「大衆文化におけるヘミングウェイ表象」、おもしろいテーマであることを実感してます。
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