借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

2015年04月の記事

2015年4月30日



テレビ東京系列で放映されていた連続ドキュメンタリードラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』(松江哲明・山下敦弘監督)が待望のDVD化。放映中から散々話題になったものですが特典映像と併せて600分! 嬉しいやら何とやらでようやく通して観終わりましたが、ダラダラ楽しむところに醍醐味があるのでしょう。「フェイクドキュメンタリー/ドキュメンタリードラマに何ができるか」を考える上で重要な作品に位置づけられることは間違いないですが、よくこんなエッジの効いた実験番組を深夜とはいえ地上波でやってたなあ。もともとは2時間程度の映画として構想されていたそうですが。
 清野とおるのエッセイマンガ『東京都北区赤羽』(2008- )をモチーフに、俳優の山田孝之が舞台となる赤羽で2014年の夏を過ごした記録(「山田孝之の崩壊と再生を描く映像作品」)という設定であり、松江哲明・山下敦弘監督自身も作中に登場し、山田の実の姉(歌手のSAYUKI・女優の椿かおり)をはじめ実在の関係者なども本人役で出てきて、マンガ『東京都北区赤羽』の世界観との関連も含めて、「何がどこまで『本当のこと』で、どこからがフェイク(・ドキュメンタリー)/設定(演出)なのか」の境い目がわからなくなるところが最大の魅力です。役者としても作り手としてもものすごく難しい企画にちがいないですし、未公開テイクやヴィジュアルコメンタリーも併せるとさらに幾重にも複雑な構造があり、改めて凄味のある力作。
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2015年4月27日

土曜の深夜ドラマ(フジテレビ系列「共同テレビ制作」23:40~)「She」(安達奈緒子・脚本)、なかなか趣向が凝らされていておもしろい。女子生徒の謎の失踪をめぐるミステリータッチの学園ドラマで、すでに多く言及されているように、小説・映画『桐島、部活やめるってよ』(2010/2012)などを彷彿とさせる。中でも、手持ちカメラによる映像を多用したモキュメンタリー(疑似ドキュメンタリー)の手法に加え、LINEなどSNSによる登場人物たちのつぶやきや胸中を重ね合わせる手法により、「青春って、残酷」のキャッチコピーのもと、今現在の十代の生活を複数の層から描き出そうとしている意欲作。リアルタイムで観ている視聴者向けにTwitterによる反応を連動させる試みもTVドラマならでは(ドラマの中でのキャストのツイートが番組放映中に発信される)。25分ドラマで5回完結というのは短すぎる気はするものの、その分間延びせず、“fresh & edgy”をテーマに掲げた新しいドラマ枠は「深夜の実験場」としておもしろい場になりそう。

2015年4月26日

幼稚園児から小・中学生、高校生、大学生、社会人のそれぞれの時期でモテる男の子の基準を比較すると、年齢があがるごとに付加価値(見た目や学歴、社会的地位など)が重視される(「幼稚園児が一番まとも」という結論)という、ある方のtwitterを先日シェアしてもらったのですが、恋愛や結婚に対して意識的・能動的にふるまうことができる年代とそうでない年代との違いも大きいかなと。
 突然、まったくガラにもない話で申し訳ないのですが、おそろしいことにここ数年「愛について」という全学共通科目を担当しており、うちの大学では数十年続く由緒ある講座です。前任者は小説家でもあり、恋愛小説のアンソロジーなども出されている方でしたので、いろいろな意味で私には手に余る科目なのですが、私の場合、通りすがりの他人のような調子で、「さまざまな愛の諸相を通じてアメリカ文化の諸問題を見る」、「現代映画に描かれている愛の諸相を通じて孤独の問題を見る」などなんとなくそれっぽいことはやってきているつもりでいるものの、文学の立場だからこそ対象そのものに踏み込めるはずなのに本質を避けてきてしまっている...負い目のようなものを感じ続けてきました。
 ちょうど今、別の観点から「中二病」で有名な「14歳」以前の「13歳」を捉えようとしており、そういえば神聖かまってちゃんのドラム、みさこが「永遠の13歳女子」を標榜していたのはうまいかも、と思ったものでしたが(山戸結希監督映画「あなたの瞬きはパヒパヒの彼方に」2012)、つきあっていることを周囲に見せびらかすことを目的とするわけではなく、付加価値を求めるわけでもなく、また、性的な要素も入り込まないような段階での、異性を好きになる原初の意識のようなものは文学の領域だからこそ掬いとれる面もあるかもしれません(要するに、「初恋」をどう描くかということですが)。同学年の場合、男女の成長の度合いも異なりますし、後からふりかえってみれば「なんでこの人を好きだったんだろう?」と思うこともあるでしょうが、「なんとなく」も含めていろいろな意味でおもしろい。
 とはいえうまく授業で導入できる気はまったくしないわけですが、表象分析による社会批評のアプローチは抑え目にして、「人を好きになるということはどういうことか?」という根元的な問題を文学や映画を通して扱ってみようかなと思ってます(壮大な失敗は約束されたようなものですが、このタイトルの講座を受け持つ以上、どこかで向き合わないといけないのでしょう)。
 以下は「14歳」を扱ったものですが、辻村深月の小説『オーダーメイド殺人クラブ』(2011)は中学生の男女の独特の緊張感を巧く描いたもので(ようやく5月に文庫化!)、「自分のことを殺してほしい」と頼む自意識過剰なバスケ部所属の女の子と美術部の男の子の話。教室の中では隣の席に座っていてもまったくそっけないやりとりしかせず、打ち合わせのために外出する際にも二人は誰かの目に触れることを極端に恐れ、離れて行動します。表面上は恋愛の話ではないにもかかわらず、「人を好きになる」感情とそれを表に出せない(その時点では気づかない)中学生の恋愛感情の様子が見事に描かれています。

2015年4月25日(その2)

水曜深夜(テレビ朝日系列)の『なぜ?そこ?』がおもしろい。女性スタッフ・キャストによる番組作りを標榜していることもあり、働く女性たちに「なぜ?その仕事をしているの?」をリサーチしていく番組。2012年のTVドラマ『13歳のハローワーク』を見返していたところだったこともあり、様々な「仕事/キャリア」を通して時代や社会、人物像が見えてくるおもしろさがありますね。世の中には様々な仕事があり、必ずしも就職活動などを通して門戸が開かれているものばかりではないわけですが、「こんな世界もあるのか」、という発見にも満ちています。4月22日放映分でとりあげられていた女性鷹匠の方などプロフェッショナルの世界に生きる女性は確かに魅力的ですね。
 私自身は学生時代もレギュラーでアルバイトをしたことは皆無ですし、キャリアの世界などまったく知らないできてしまいましたが、本当にいろいろな世界があり、いろいろな人生があるものですね。ふと周りを見渡しても、同世代はやたらめったら忙しいようで、仕事だけが人生のすべてではないものの良い仕事をしている人はやはり輝いて見えますね。

2015年4月25日

トレンディドラマの代表作『オイシーのが好き!』(1989)はドキュメンタリードラマの創設者の一人として再評価が高まるTVディレクター今野勉による「意外な」作品の一つですが、TBSチャンネルで再放送終了しました。花形週刊誌「Hanako」編集部(「Hanako」族は89年の流行語大賞)を舞台にしたラブコメディ(松下由樹・藤井フミヤ主演、秋元康や石田純一なども出演)で当時の時代の雰囲気をよく反映しています。何がすごいといって、「常に」「自然に」お金が飛び交ってる。村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』(1990)においても「すべて経費で落ちる」という言葉が印象深いものですが、改めて凄い時代だなあ。TVドラマはやはり時代の鏡ですね。今観る方がおもしろいぐらい。
 主人公のヒロイン(松下由樹)は契約社員として「Hanako」編集部で働いています。『オイシーのが好き!』で耳を奪われた台詞に、「僕、嫌なんだ。女の子があんまり世間見ちゃうの。特に死ぬまで一緒にいたいとか思う女の子には」というやりとりがあって、仕事上のミスで紛失してしまったお金を返そうと夜もバーでアルバイトしているヒロインに向けて発せられた恋人の言葉です。アルバイト代分のお金を渡すかわりにアルバイトを辞めてくれという想いに加えてプロポーズまで重ねられており、ヒロインもまんざらではない様子。この台詞はさすがに今では書けない(通用しない)だろうなあ。
 とはいえ、宮台真司氏・町山智浩氏も絶賛する映画『チェイシング・エイミー』(ケヴィン・スミス監督、1997)のように、「女性に世間を知ってほしくない」という願望や「経験豊富な女性に対する畏怖」(この場合の「経験」は様々な意味で)というのは普遍的なテーマにもなりうるものでもあり、創作でもっと掘り下げてもいいテーマかも。かなり微妙なテーマですけど。
 新田章によるマンガ『あそびあい』(2013-15)全3巻で完結。もうちょっと長く読みたかったところですが、男子高校生の成長物語としてのまとまりはあり、それなりにおさまりました。「『つきあう』『相手を独占する』って何?」という根本的なテーマを性の問題と絡めながらエンターテインメント作品に仕立て上げている意欲作。

2015年4月20日

『オフロでGO! タイムマシンはジェット式』(Hot Tub Time Machine, 2010)のパート2が米国では2月に公開されており、今年中にはソフト化されるでしょう。『オフロでGO!』はSFコメディ映画で、冴えない中年男性4人が酒を飲みながらジャグジーに入り大騒ぎをしていると、気づいたら1986年にタイムスリップしていたという物語。20歳に戻った彼らはついていない人生をもう一度やり直そうとするというよくある展開で、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)へのオマージュが随所に出てきます。タイムスリップものの場合、「どの時代(どの年齢)」に「どのように」戻って「何をするのか」が肝心ですね。
邦題のネタもとになっている『バブルへGO! タイムマシンはドラム式』(2007)は、2007年とバブル全盛期の1990年の時代思潮を比較参照する上で興味深い作品になっています。広末涼子演じる主人公は必ずしも自分の目的のために過去に遡るのではなく、バブル景気崩壊を阻止しようとする壮大な計画に巻き込まれるという展開です。バブル期を知らない若い女の子の目から1990年の光景がどのように映るのかが見所になっています。
 アメリカのティーン・フィルム『セブンティーン・アゲイン』(2009)は離婚調停の只中にある30代の男性主人公が17歳を過ごした時代に17歳の姿でタイムスリップしてしまうという物語。高校生である自分の娘や息子と同じ高校生として過ごすという展開は、高校生の親と一緒に高校生活を送る『バック・トゥ・ザ・フューチャー』との対照もおもしろい。
 『バブルへGO!』も『セブンティーン・アゲイン』も『バック・トゥ・ザ・フューチャー』もつまるところ家族を再生させる物語になっていますが、制作された年代における家族イデオロギーが大きく左右していることによるのでしょう(特に『セブンティーン・アゲイン』は離婚寸前であったにもかかわらず主人公はひたすら妻との関係を修復しようと試みています)。

2015年4月19日

「現代文化における思春期の表象」のクラスで扱っている素材に、TVドラマ『13歳のハローワーク』(2012)があるのですが、村上龍による職業ガイドブックを原作にしているSF物語の設定で、TOKIOの松岡昌宏演じる35歳の主人公が13歳だった1990年にタイムスリップする話。「もし人生をやり直せたら」というありがちなコンセプトではあるものの、中学生の13歳の自分とともに様々な職業を体験するという展開でキャリアガイドとしても確かにおもしろい。不況期の2012年とバブル全盛の1990年の間の時代の変化を実感してもらう素材として提示しています。35歳というのももう一歩先に進むことができる絶妙な年齢設定なんでしょうね。主人公も今の仕事に対する不満があるが、13歳の自分と一緒にキャリアについて考える物語。授業で使っている一話はシリーズ中唯一女性脚本家(内平未央)が担当した第6話で女の子が将来の進路として専業主婦かキャリアを志向するかをめぐる話。自分のことで精一杯で女子の進路なんて想像したこともなかったなあ。ドラマにおける2つの時代の変化を見てもとりわけ女性にとってこの30年ほどがキャリアの激変期であったことが改めてわかります。
 私の13歳の頃は1990年よりも数年前であったこともあり、景気も良く、郊外の拡張期の只中で過ごしたこともあったこともあって将来に対する不安はまったく感じてなかったですね。私はテニス部だったのですが、先輩はなぜかシャイな人たちばかりで体育会特有の抑圧も何ら受けることなく、ラケットで野球ばかりやってました(しかしなぜ女子テニス部とあれほど仲が悪かったのか? 共用のローラーの使い方が悪いと言っては喧嘩になる)。
 『13歳のハローワーク』でも13歳の子どもたちは可能性に満ちていて、異性を好きになるという感情は芽生えつつあるものの性的な要素に絡めとられることもなく、「人生をやり直す」展開にも驚くほど恋愛の話は出てこない。また、『13歳のハローワーク』は学校ではなく、進学塾を主な舞台としていてキャリアを扱う物語の必然なのでしょう。学校を舞台にしたドラマ自体少なくなってますし、出てきたとしても教師の存在感はどんどん薄くなってますね。
 新しい世界が広がっていく感じの13歳の感覚をもう少し広げてみたいです。これが14歳になるとやっぱりいろいろときつくなって、岩井俊二『リリイシュシュのすべて』(2001)を扱っていたこともありますが、教室中が凍りついたことがあって今は使ってません。

2015年4月18日

春休みにちょっとした書き物と日本映画に関する学会発表の準備で、アメリカのティーン・フィルム『ウォールフラワー』(2011)と相米慎二『翔んだカップル』(1980)を何度もくりかえし再生してたら感化されて精神的に不安定気味になってしまいました(加えて東村アキコの自伝マンガ『かくかくしかじか』[2012-15]の完結もあり。『かくかくしかじか』は大人になってからふりかえる話なので大分違いますが)。何をやっても裏目に出て気まずい結果になってしまう高校生たちの話で、自意識過剰で傷つけたり、傷つけあったりしながら、若いからこそ失敗を通して成長していくところに青春物語の醍醐味があるのですが、負の吸引力が強く自分自身の体験のようにひき込まれてしまいます。『翔んだカップル』は凄いとは思うものの気持ちがどんどん重たくなるのでずっとどこかで苦手にしてきたのですが、映画史の評価とはまったく別に大林宣彦『ねらわれた学園』[1981]の方が好きだった理由も今回改めてよくわかりました。
 「現代文化における思春期の表象」という全学共通科目のクラスを2009年からもっていて、アメリカのティーン・フィルムを扱う学期と1980年代以降の日本文化論を半期毎に扱っているのですが、いつも通りすがりの他人のような立場から話をしてきたので今年はもう少し自分の経験も踏まえてじっくり対象を掘り下げてみたいです(概念定義も含めて)。取り上げている作品はどうしてもこれまでは高校生を扱ったものが多かったのですが、中学生をどのように扱うかでもう一歩先に進めるかもしれません。「中二病」という言葉が流行りましたが、「14歳」と「13歳」ってやっぱり大きく違いますしね。

2015年4月15日

学生に自己紹介をしてもらい初回の授業を終えた後、「LINE交換しよっか?」という学生同士の歓声があがる中、教室を離れ一人帰る際に急に何とも言えない疎外感というか寂寞感に捉われ、今までにこうした感慨はもったことがなかったものでした。思い起こしたのは、院生の頃に他大の院に進んだ友人が話してくれた逸話で、その友人の先生が「最近の学生はなぜみんな明るいんだ? もっと暗くなった方がいい」という話をよくされていたそうで、当時は「無理を言うなあ」ぐらいの気持ちでしかなかったのですが、ひょっとしてその先生の心境はこんな感じだったのかなとちょっとわかったような気にもなりました。確かに文学の世界では「病める想像力」(morbid imagination)に浸ることは大事なことなのですが・・・。
 私は学生から地続きで外の世界を知らずに学校にいることもあり(子どももいませんし)、また、ある程度好きなことだけに専念できる環境でもあるので、世間では「とっくにもういい年齢」であるにもかかわらず、その事実に気づかないままでもいられる世界でここまできたのですが、学生の世界とはいえ、自分の学生時代を顧みても、「おまえの文章は『首根っこふんじばってでも読ませてやる』という気迫がまったくない」、「くだらない映画撮ってないでもっとちゃんと映画観ろ」、「車の免許をとったり海外旅行に行くような奴はみんな死ね」みたいな同学年の連中に囲まれて過ごしていたので楽しそうな華やかな世界ともまったく無縁だったんですけどね。最近は学校も学生もみんな小綺麗でスマートになりましたね。
 あと、学生に聞かれて困る定番の質問が「何かお勧めの映画ないですか?」。声をかけてくれるのはありがたいが初対面で言われても何とも言えない。情報が溢れすぎてるのは不幸かもしれないですが、まずは自分でいろいろと探してみるしかないですね。どんなにすぐれた作品でも迎え入れる準備ができていなければ響かないものですし。
 写真は上記の話とまったく関係なくて池袋で見かけた方です。ちょっと頭が重そう。とはいえ、自分の学生時代を顧みても、「おまえの文章は『首根っこふんじばってでも読ませてやる』という気迫がまったくない」、「くだらない映画撮ってないでもっとちゃんと映画観ろ」、「車の免許をとったり海外旅行に行くような奴はみんな死ね」みたいな同学年の連中に囲まれて過ごしていたので楽しそうな華やかな世界ともまったく無縁だったんですけどね。最近は学校も学生もみんな小綺麗でスマートになりましたね。
 あと、学生に聞かれて困る定番の質問が「何かお勧めの映画ないですか?」。声をかけてくれるのはありがたいが初対面で言われても何とも言えない。情報が溢れすぎてるのは不幸かもしれないですが、まずは自分でいろいろと探してみるしかないですね。どんなにすぐれた作品でも迎え入れる準備ができていなければ響かないものですし。
 写真は上記の話とまったく関係なくて池袋で見かけた方です。ちょっと頭が重そう。 とはいえ、自分の学生時代を顧みても、「おまえの文章は『首根っこふんじばってでも読ませてやる』という気迫がまったくない」、「くだらない映画撮ってないでもっとちゃんと映画観ろ」、「車の免許をとったり海外旅行に行くような奴はみんな死ね」みたいな同学年の連中に囲まれて過ごしていたので楽しそうな華やかな世界ともまったく無縁だったんですけどね。最近は学校も学生もみんな小綺麗でスマートになりましたね。
 あと、学生に聞かれて困る定番の質問が「何かお勧めの映画ないですか?」。声をかけてくれるのはありがたいが初対面で言われても何とも言えない。情報が溢れすぎてるのは不幸かもしれないですが、まずは自分でいろいろと探してみるしかないですね。どんなにすぐれた作品でも迎え入れる準備ができていなければ響かないものですし。

2015年4月14日

ローリング・ストーンズ、公式ブートレグシリーズ第3弾。「1971年伝説のクラブ・ギグ『ザ・マーキー・クラブ ライヴ・イン 1971』+『ブラッセルズ・アフェア 1973』」の夢の二本立て。それこそ伝説のブートレグだった『ブラッセルズ・アフェア 1973』のリマスター版限定パッケージは2012年の50周年ツアーのお土産でもらうことができたものですが(後から莫大な海外発送料を請求された)、今回、日本のファンにとって最大の恩恵は寺田正典氏の「大長編解説書」が読めること。既発売の『L.A. フォーラム〜ライヴ・イン 1975』での寺田氏の解説では長年ブートレグで伝わっていた録音日について、残された資料を詳細に分析し、その日時を特定していく様(7月11日か12日なのか?)は上質のミステリ小説を読んでいるかのような体験でした。また、いよいよニュー・アルバムの噂も聞こえてきますが、しばらくはリマスター版で楽しめそうというか追いつけないぐらいですね。
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