借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

2015年06月の記事

2015年6月30日

 アイドルグループ「嵐」の地方ライブにより、全国からファンが押し寄せてきてその地域中のホテルがすべて埋まってしまうという社会現象について耳にはしており、学術会議など他のイベントが日程をずらさざるをえないというニュースについては「へえ、大変だなあ」などとまったくの他人事でいたのですが、なんと自分も「巻き込まれていた」ことをつい最近教えてもらい、現在のところ完全なる「宿無し状態」。

 今年の9月に仙台での学会で報告をする予定であるのですが、その学会自体は東北支部による開催なので多くの参加者にとっては宿泊の必要がなく、他地域から移動するわずかの登壇者のみが宿泊難民になりうるものの、その数名さえ問題が解決するのであれば、日程を再調整する方が大変になるために現状、予定通りとのこと。数日先であっても自分が「どこで」「何をしているか」わからないぐらい気ままに日々を送っているので9月の予定なんてまったく想像の範囲外なのですが、発表「後」であればまあいいですけどね。たぶん。女性ファンが多いイベントであれば男性用カプセルホテルは空いているだろうし、という希望的観測。朝方、誰かが止め忘れた目覚ましのアラームが鳴り響き、「殺すぞ」と怒号が飛び交う殺伐とした雰囲気も、自分が揉めごとに「巻き込まれさえしなければ」それもまた名物ということで。

 「ホテルがない」と言えば(いささか強引ですが)、アメリカ・ティーンフィルムの原型を作った偉大なるジョン・ヒューズ(監督・脚本・プロデューサー)のロード・ムービーとして『大災難P・T・A』(1987)があり、「P・T・A」とは「飛行機(Plane)/鉄道(Train)/車(Automobile)」の略で、感謝祭の休日を家族と過ごすためにビジネスの出張先のニューヨークから家族が待つ自宅のあるシカゴに帰ろうとする物語。ロード・ムービーであり、「バディ(相棒)・フィルム」として少し珍しいのは行動を共にする2人がまったくの他人であり、ふだんであれば絶対に一緒にならない組み合わせのはずなのに、大雪の非常事態のためにビジネス席の予約がキャンセルされ、予定外の空港で降ろされ、ホテルもどこも満員で・・・とその後も数多の困難を共に体験することになるという巻き込まれ型コメディ。悪気はないが、がさつでドジな同行者のおかげで悲惨なほど次々と試練に巻き込まれてしまうにもかかわらず、ジョン・ヒューズならではの優しい眼差しが感動的な物語に仕立て上げている。「異色のロード・ムービー」の物語は結局、「友達になる」物語として帰結する。

  「『大災難P・T・A』の現代版」という呼び声高い『デュー・デート――出産まであと5日!史上最悪のアメリカ横断』(2010)は、ビジネスの出張を終えて出産を間近に踏まえた奥さんのところに駆けつける主人公が、やはり悪気はないが、がさつでドジな同行者のおかげで悲惨なほど次々と試練に巻き込まれてしまう物語であるが、帰るべき町は西海岸であり、移動距離だけでも大幅にスケールアップしている。また、大雪などの天候不良ではなく、テロ未遂と誤認され、航空会社から搭乗拒否をされてしまい、やむなくレンタカーで移動しようとするものの、財布や身分証明書などを含めた一切の荷物を機内に忘れてしまったことから、相性の悪い同行者に依存せざるをえないという展開になっている。

 「デュー・デート」とは「締切」を表す言葉であるが、この場合は「出産予定日」であり、初産を迎える奥さんのために、また初めて生まれてくる赤ちゃんの出産に立ち会うために、主人公は必死に数多の困難を乗り越えようとする。途中、足を引っ張る相棒を捨てようとする局面もあれば、本気でキレて殺してしまいそうになることもあるが、結局は寛容に相棒を受け入れ、「大人になっていく」ことが「父親になる」ことと重ね合わされており、大人への成長物語にもなっている。『大災難P・T・A』へのオマージュとしてプロットがほぼ同じであるにもかかわらず、「父親になる」設定を加えていることにより、「リメイク版」とも異なる新たな印象を付与することができている。

 アメリカ文化における「移動の想像力」を軸に据えた論文集『アメリカン・ロードの物語学』(松本昇・中垣・馬場聡編、金星堂、2015)では、25編の論文に加え、映画・音楽などのコラムなどを付しているのだが、編者の一人として関与させてもらうことができ、楽しい経験を得させてもらうことができた。

 『大災難P・T・A』についてはコラムで扱うことができたものの、『デュー・デート』についてはさすがにプロットがほぼまったく同じなので外してしまったのだが、ビデオメールを交換していた恋人に間違って浮気の証拠ビデオを送ってしまった大学生が悪友と共にビデオを取り戻すための旅に出るという『ロード・トリップ』(2000)をはじめ、『ハング・オーバー』(2009- )シリーズなどでロード・ムービーを得意とするトッド・フィリップス監督による作品であり、何かの形でとりあげられれば良かったな。今さらロード・ムービーなんて、と二の足を踏みそうなところ、1970年生まれのフィリップス監督はコメディ色豊かなロード・ムービーで新境地を切り拓いている。『デュー・デート』は「父親になる」成長物語の系譜からみていってもおもしろい作品。








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アメリカン・ロードの物語学

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2015年6月29日

 第28回山本周五郎賞受賞作、柚木麻子『ナイルパーチの女子会』(文芸春秋、2015)を遅ればせながら読了。父と同じ商社につとめるエリート・キャリアウーマンの栄利子(30歳)は、仕事も充実しており、独身ではあるけれども一人娘として実家暮らしで不自由ない暮らしを送っている。美貌に、キャリアに、高収入に、と周りが羨むはずの人生であるにもかかわらず、彼女の悩みの種になっているのが「同性の友人がいない」という現実。

 彼女が熱心に読んでいるお気に入りのブログ「おひょうのダメ奥さん日記」は、ネットワーク自慢や、主婦としての幸せ度をひけらかすようなよくありがちな主婦ブログと異なり、ブログに登場するのはほぼ夫だけで、女友達が登場せず、自虐的で、とぼけているようで、ユニークな考え方が異彩を放っている。ある日、そのブログの書き手である翔子が思いがけず近所に住んでいることを知り、単行本編集者がブログをもとに本にしないかと打ち合わせをしているところに遭遇した栄利子が彼女に声をかけたところから2人の交友がはじまるのだが・・・。

 趣味やコミュニティなどの場所で交流する場所をもっていないかぎり、確かに社会に出てから友人を作るのは難しい。職場はあくまで職場であって、そこでできる友人関係も得がたいものはあるだろうが、利害関係も絡むこともあるだろうし、迂闊に職場で弱みも見せられない。また、この物語における栄利子を取り巻く職場がそうであるように、雇用形態が異なる場合もあるだろうから、総合職/事務職/派遣社員などの待遇をめぐり、同じ職場であっても共有する要素が少なく気を遣うということもありうるだろう。その一方でとりわけ女性の場合は、職場の休み時間などで孤立することも避けたいとしたら、ある程度のつきあいも必要となるだろう。お昼休みを誰と過ごすかが重要になってくるとしたら、結局、十代の頃と変わらない、あるいはそれ以上に気を遣う面もあるのかもしれない。

 職場とは異なる場所で、結婚や育児、仕事などで張りあわなくていいような、気のおけない「友人」ができるとしたら、それは確かに幸せなことだろう。だが、「張りあわなくていいような」ということはつまり、住んでいる世界がそれだけ異なるということになるわけで、学生時代からの友人であったとすればその後の人生の歩み方が異なるものになるのは自然であるとしても、価値観やライフスタイルがそれだけ大きく異なる相手と新たに友人関係になるのは確かに簡単なことではないだろう。

 表題になっているように、栄利子が事業で扱っている「淡水魚のナイルパーチ」がモチーフにとられていて、「スクールカースト」ならぬ「生態系の違い」に焦点が当てられている。本文中でもくりかえし言及されているように、今日のグローバル化をめぐる環境ドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪夢』(2004)で問題視された、ナイルパーチによる環境破壊の現象を下敷きにしている。(ナイルパーチ自体はもともとそれほど凶暴な魚ではなかったのに、ナイルパーチをアフリカのビクトリア湖に放流したところ、他の魚を食べ生態系を壊してしまったことに由来する)。

 女友達がほしい、翔子を親友としたいとする栄利子が焦燥感を強めていくのに対して、翔子の方は栄利子への恐怖心を強く持ちながらもなすすべもなく、思考を停止していってしまう。
しかしこの女友達がほしい、親友がいないと人生が豊かではないという飢餓感は一体何ごとだろうか。「女子会」という言葉が流行ったように、確かに同性の友人が多くいる方が楽しく華やかに見えるし、人柄も良さそうに見える面はあるかもしれないけれども。

 栄利子には少女時代からの親友がいて、しかし同じ高校に進学してからその親友が別の友達と仲良くしはじめたことから疎遠になりかけてしまった際に、独占欲が嵩じて失敗してしまった過去がある。思春期の女の子特有の現象として、「シスターフッド」と称されるいつもべったりと一緒にいるような独特の関係性があるけれども、逆にあれだけいつも一緒にいたはずの関係がふとしたことから疎遠になってしまうこともあり、それだけ新たな出会いに満ちている学生時代ならではのことなのだろう。

「二学期が来たら、どちらかにもっと合う友達が出来て、どちらかが寂しさに耐えられなくなって、ぎくしゃくして離れていくかもしれない。やがて進級して、大学も別々になって、もう名前も思い出さなくなるかもしれない。でも、二人が大人になった時、街でばったり出会う可能性はあるよ。その時、数分でいいから気分よく立ち話ができたらそれで十分じゃないのかなって私は思う」(『ナイルパーチの女子会』)

 誰の台詞かはぼかすけれども、「友達って何?」をめぐる探究の物語の帰結として、「別れ」と「成長」の要素が必然的に併せられている。その代償は大きすぎる気もするが、他人との距離をうまくとりにくくなっている現代を反映した、女子の友情をめぐる成長物語になっている。年齢を重ねたからこそようやくわかることもきっとあるのだろう。

 ドラマ化もされた『ランチのアッコちゃん』(2013)などの代表作も持つ柚木麻子の作品は、これまでに数点手にとったことはあったものの、正直なところ感銘を受けることはなかったのだが、最近のインタビューによれば、執筆依頼が増えてやみくもに仕事をこなしていた「書き飛ばし期」に相当していたらしく、こういう作品を書ける人とは思わなかった。『ナイルパーチの女子会』もところどころ釈然としない点もあるのだが、おそらく「書き飛ばし期」で身につけたであろう筆力も併せて、じっくり作品を紡いでいくであろう今後が楽しみ。








2015年6月27日

 辻村深月の新作小説『朝が来る』(文藝春秋)読了。新刊なのでところどころぼかしますが、最初の20頁で辻村作品特有のいやーな気分になり、50頁ぐらいまでで予測を裏切る展開に戸惑い、100頁まで進むと「そうなるのか!」とうならされ、あとは一気に最後の頁まで。何が巧いといってストーリーだけ紹介されたら陳腐な話になりかねないのをよくここまで引き込むなあと。もっと他の人物や視点などを多面的に使っても、という思いもあるものの、意図的に物語構造をシンプルにしようとしているのがわかるのでこの作品はこうなるしかない。
 
 作者の出産後の作品ということでもあり、ああ、これからはママ同士の人間関係の煩わしさがテーマになるのか、きっついな、と思っていたら、現在の日本における養子縁組をめぐる事情に焦点が当てられており、多様化しつつある家族像のあり方、今現在の養子縁組をめぐる現場の状況・様々な人間模様など深く考えさせられることも多く、新境地といってよいと思う。もともとブライダル産業を描いた『本日は大安なり』(2011)、アニメ業界の『ハケンアニメ』(2014)など、業界で働く女性を描くのが巧い作家ではあるのだが、テーマがテーマだけにコメディ色も強い『本日は大安なり』と比べても、養子縁組を求める人たちのそれぞれの事情や心の動きが丁寧に描かれていて真摯な作品になっている。

 (親が育てられない赤ちゃんを、子どもを望む家庭に生まれてすぐに養子に出す)「特別養子縁組」を求める際にもおおよその年齢の基準があり、40歳ぐらいまでが望ましいということははじめて知った。確かに子どもが成人になるまでを現役として見届けるとしたら逆算するとそうなるのだろう。まさにちょうど私ぐらいの年齢で子どもがいない夫婦の場合、「いつかは養子もいいかもねー」「そうだねー」などと呑気にコーヒーをすすってたりするわけで、いやはや。申し訳ない。
一方、養子に送り出す立場もまた当然のことながら事情は様々だろう。「中学生/十代の妊娠」はこれまでにも様々な物語で描かれてきたことではあり、中絶(堕胎)/出産という選択がそもそもできるかどうか、選択できた場合にどのような決断をするのか、そしてその後の彼らの人生はどうなるのか。様々な人間模様がそこにはある。

 大学生であったとしても、中絶はさすがに知る由もないし、報告してくれなくてまったく結構だが、十数年ほど教壇に立っているだけでも、「出産のために大学辞めます」から「出産してたので休学してましたが、戻ってきました」まで様々なケースがある。男子学生であっても「どうしても子どもの面倒を見なければいけないので途中で早退させてください」ということもある(卒業式にその子を一緒に連れてきてくれていて、こちらも感慨深かったし、子どもがいて扱いに慣れている同僚教員にかわるがわる抱っこされていた)。

 そういえば私の大学の同級生も、しばらく見かけなかったと思ったら、突然、ふらりと学校にやってきて「いやー、これもんでさー、大変だったよ」と言いながら手をこちらに向けるので、てっきり指でも詰めたのかと思ったら、ガールフレンドの妊娠を機に結婚したということだった(という意味で指輪を見せていた)。もうその子も20歳になっているはず。

 中高生と大学生とではもちろん大きく状況は違うけれども、人生の選択肢は多い方がいいし、休学してでも卒業の可能性は探ってほしい。

 アメリカのティーン・フィルムでスマッシュヒットした映画『ジュノ』(2009)はちょっと変わった女の子ジュノが16歳で妊娠してしまい、中絶の可能性を最初は探りつつも、結局は養子縁組を希望するに至るという物語。ジュノが今一緒に暮らしている母親は、父親の再婚相手で、生物学的には血が繋がっていないのだが、両親がジュノの決断を尊重し、最善を尽くそうとサポートしてくれるところもいかにもアメリカらしい親子関係と言える。

 妊娠の相手である高校生男子はまだ子どもで、しかもジュノが楽観的で、かつ、自分で行動を起こしてしまうので、こんな呑気でいいのかとハラハラするぐらい、ことの次第をまったく把握していない。さらにジュノから養子を譲りうけることになる、子宝にめぐまれないカップルの方でも、「子どもがほしい」という気持ちのあり方に夫婦の間で大きなずれが生じてきてしまい、夫の方が「父親になる」ことを避けはじめていくようになる。確かに養子縁組をめぐる状況の場合、男性の関与は難しい面があるだろうが、「男って何なんだろう?」と考えさせられるのも事実。そしてこの夫婦のケースとは異なるけれども、不妊治療などをめぐり結果的にすれ違ってしまうことになってしまう夫婦も少なくないのだろう。

 『ジュノ』は多様化する家族像や、養子縁組による家族のあり方、10代の妊娠をめぐる選択肢など、とりわけ「~でなければならない」とつい思い込んでしまいがちな日本においてこそこれからももっと観てほしい作品であるけれども、「家族を作る(維持する)」ということはそれほど簡単なことでもない(だからこそ様々な配慮が必要ということで)ということにも気づかせてくれる。
『朝が来る』においても、タイトルが示しているように、まだこんな可能性もあるかも、と思わせてくれるところが魅力。朝は「また」来る。








2015年6月23日

 日曜日は父の日であったことを夜になるまですっかり完全に忘れてました。気がついたら同世代がすっかり「父親として」祝われているんですね。まあこの年齢だとそりゃそうか、と頭では理解できるものの子どもがいない立場としては愕然としました。

 昔、(レンタル)CDショップをよく一緒にまわっていた中学時代の友人に先日、数年ぶりに連絡する機会があったのですが、「40歳過ぎてようやくジャズの面白さがわかってきた気がするよ」という相手の言葉を早々に制するようにして、「えーと、突然で悪いんだけど、中1の時の担任って何の教科の先生だっけ?」と尋ねつつ、我ながらこの年齢の取りかたの違いは一体、何なんだろうと不思議な感覚にとらわれました(当時の担任の担当教科は数学か家庭科ではないかという案が出て混乱していたのですが、実は両方の兼担だった)。

 ところで我が家ではリラックマ(「くったり・特大」のぬいぐるみ)が「おとうさん」と呼ばれていて、家長役をつとめてもらっています。別に、「父性への渇望」とか「家父長制の忌避」とかおおげさな話ではまったくなく、マンガ『うる星やつら』(1978-87)に出てくるコタツネコからの刷り込みで居間には大きな存在にどっしりと座っていてほしいというそれだけの理由なのですが、うちとうちから5分程度にある母親の家のそれぞれの居間にリラックマおとうさんがそれぞれ座っています。この2人のおとうさんはまだお互いに会ったことはありません・・・、などと言っている年齢でもとっくにないんですよね。

 それはともかくいよいよ映画『テッド2』がアメリカでは6月26日から公開されます(日本では8月28日公開)。ひとりっ子の少年がクリスマスプレゼントとして両親からもらったテディベアのぬいぐるみに対して「キミとお喋りできたらいいのに」という願いが叶い、命を吹き込まれたテッドは主人公が35歳になって、さらに恋人ができてからもずっと「親友」であり続けているというのがオリジナルの『テッド』(2012)の物語。少年時代から内向的で友達ができなかった主人公のジョンにとって初めてできた親友がテッドであり、時に殴り合いの喧嘩もしながらも離れられない存在であり、雷が鳴ると恋人そっちのけでテッドにおまじないを唱えてもらわないとジョンは怖くて眠れないという有り様。レンタカー店の従業員として働くジョンは支店長への昇進を期待されながらも、出世に対する意欲もまったくなく、テッドと一緒にマリファナをまわしのみしながらだらだらと休日を過ごしており、交際4年目になる恋人との結婚にも踏み切れないでいる・・・。

 大人になれないでいる男性の成長物語として、テッドから「卒業」し、恋人を選ぶというのがよくあるパターンになりうるのでしょうが、恋人のローリーが結局、妥協し、テッドもろとも主人公を受け入れるに至るという、大人になれないひとりっ子男性の願望を具現化する(?)ような展開と女性像は改めて考えると結構、斬新かも。

 毒舌で性的に過激なジョークに満ちあふれたコメディの要素が不思議と日本でもウケてヒットした作品ですが、男性らしさの規範が強いはずのアメリカ文化の中で、主人公のジョンは自身の男性性の欠如や成熟の拒否に対しても特に何ら葛藤がなさそうで、アメリカ映画としては類例を見ないようなこの男性像は今後も現れてくるのかどうか? また、ローリーの視点から見ると、はたして結婚相手となる男性の「親友」であり、「ぬいぐるみ」であるテッドまでを受け入れる必要がどこまであるのか? 

 通常は親友だろうとも夫婦と一緒に暮らすことはないわけですし、近年のアメリカ映画のトレンドである「家族像の多様化」とも繋がらないような不思議な家族像に。

 続編となる『テッド2』は主人公のジョンがではなく、テッド自身が「父親になりたがる」ところからはじまるそうで、とはいえどうやって? 家族像の多様化、男性像の変化などアメリカ文化の時代思潮や暗喩を見出すことができそうで、実際にはそうでもない不思議な浮遊感覚が魅力の「ひとりっ子ファンタジー物語」でもあります。










2015年6月20日


「明くる朝起きた時 昨日と同じじゃ絶対つまらないからさ」
(「ぽろりろりんなぼくもぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーん」)

 子どもの時はたしかに変化に富んだ毎日を期待していたとしても、もちろん大人になるにつれて、そんな起伏に富んだ波乱万丈な日常なんて望まなくなっていくわけで、神聖かまってちゃんの曲はいつのまにか忘れてしまっていたことすら忘れている昔の気持ちに気づかせてくれる。今日は誰とどんな話をしようなどと思いながら朝を迎えていた子ども時代はいつのまにか消え失せ、そんな気持ちをいつまでもっていたかなんてことすら忘れてしまっているものだ。「昨日と同じじゃ絶対つまらない」。この「つまらない」は確かに子どものボキャブラリーではあるけれども、いつから「つまらない」状況を「つまらない」と思わなくなってしまったのか。

 個人的に(ローリング・ストーンズを除いて)ここ数年一番聴いている音楽ではあったのだが、ここのところ思いがけず感傷的になってしまっていた時期に思いのほか心に響き、片時も手放せなくなってしまった。そういえば、中学生ぐらいの頃って、歌詞カードを見ながら歌いながら聴いてたっけ、ということも本当に久しぶりに思い出した。

 いつバラバラに崩壊してしまってもおかしくないような「刹那」がこのバンドの魅力でありながら、いつのまにか表現力やステージングの技術も目に見えて向上していて、メンバーは皆今年30歳になるけれども、いい年齢の重ね方をしていると思う。子ども時代への単なる懐かしさではなく、昔の気持ちを思い出しながら前を向いて生きていくことは年齢をいくら重ねても今からでもできるわけで、そんな当たり前のことをはるか年下の彼らに教えてもらった気がする。一般的なイメージとはおそらく真逆に、ポジティブな歌詞とポップなメロディラインが彼らの音楽の真骨頂。

 2010年に発表したアルバム『友だちを殺してまで』以降、アルバムはすでに合計6枚あり、なおかつ新曲が随時、動画サイトにアップされていくのでたくさんの曲を簡単に聴くことができるのだけど、いろいろな意味で新たに入り込みにくいだろうというバンドの固定イメージもあり、ベスト盤『ベストかまってちゃん』が出るのは確かに良いタイミングなのかもしれない。

 代表作となる「ロックンロールは鳴りやまない」「ぺんてる」「死にたい季節」「23歳の夏休み」「ちりとり」などが入ったファーストアルバム『友だちを殺してまで』にこのバンドのユニークなエッセンスが凝縮されている(ネット上で聴くことができるデビュー以前の「デモ音源」も素晴らしい)。

「放課後僕と君 掃除当番同士 少し喋りました
優しくしようとして 先 帰っていいよなんて言っちゃいました」(「ちりとり」)

 小学生時代の掃除当番での一コマを描いた「ちりとり」などは他に例を思いつかないような独特の世界で、でも掃除当番の体験なんて誰にでもあるわけで、こんなどこにでもある日常の光景でまるでオペラや演劇を観ているような世界観を創出できるのがすごい。

 ライブに関しては、これほど当日はじまってみないとどんな感じになるかどうかわからないバンドも今どき珍しく、歌いたい曲を歌いたいその瞬間に歌うという即興性も魅力。メンバーも言うように、「12回ライブやったら9回はひどい」こともあり、でもそのうちの数回が本当に素晴らしくて(私は「12分の9」の方しか観ておらずグダグダになったうえ強制終了もしばしば)、それでもここのところ急激にステージングが安定して飛躍的にうまくなっているように思う。

 少年の気持ちをもったまま大人になっていくとはどういうことかをキャリアを重ねるたびごとに作品を通して実践していってくれている。

 ベスト盤に収録された曲以外にも好きな曲がたくさんある。
 「マイスリー全部ゆめ」「背伸び」「ぽろりろりんなぼくもぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーん」「おっさんの夢」「熱いハートがそうさせないよ」「映画」「新宿駅」「ひとりぼっち」「さわやかな朝」「口ずさめる様に」……。

 こうしたラインナップは聞き手が彼らに何を求めるかによってファンの間でもまったく変わったものになるのだろう。音楽や世界観の幅の広さも意外に知られていない側面ではないか。

 タイトルや歌詞の一部やプロデュースのやり方をほんのちょっと変えるだけでもっと受容層が増える可能性は確実にあるとも思うのだけど、でもこういう表現でしか伝えられないという不器用さも彼らの最大の魅力の一つであるわけで、多くの新しい人たちにベスト盤が届くといいな。



2015年6月18日

 というわけで中学時代の同級生の「ある人」と母校の公立中学校を訪問してきました。嬉しい偶然で当時教わっていた先生が現在、校長先生として在職されていらしたので学校訪問のお願いをさせていただきました。担任の先生というわけでもなかったにもかかわらず、わがままなお願いをお認めいただいたばかりか、校長室で給食までご一緒させていただき、感謝にたえません。
 
 僕らの頃は先割れスプーンで給食を食べていたので箸は使っていなかったのですが、最近は様々な要望を反映して給食を通して箸の使い方を学ぶ方針になっているそうです。
 
 僕は子どもの頃に箸の使い方に対して、「指が5本あるのに小指を使わないのはおかしい」と考え、小指までを使う持ち方を今でもしているのですが、気がつくと結局、人差し指を使っていないという・・・。所詮、子どもの浅知恵でした。でもこの持ち方で特にこれまで不自由を感じたことはまったくなく、むしろ話題が広がってよいと思うぐらいなのですが、どうなんでしょうね? 三角パックだった牛乳が四角のパックになっているなどの細かい変化を除いて懐かしい同じ味を楽しむことができました。

 驚いたのは、同じ男子テニス部だった同級生が現在、体育教師/一年生担任教師として母校に在職していてその様子を見させてもらったこと。ちょっとだけ話をさせてもらうことができましたが、いい先生になってるなあ。校長先生によるサプライズでもあったようで事前に教えてもらっていなかったので本当にびっくり。僕はラケットで野球ばかりやっていて「おまえらもっとまじめにやれよ」と彼にはよく怒られていたものです。

 校舎は耐震工事などでリフォームされ、色も塗り替えられているものの、建物自体は昔のままで、ありがたいことに校長先生と思い出話を交わしながらゆっくりと構内を案内していただきました。ちょうど僕らが中学校に入った時に先生もこの学校に移ってこられたらしく、先生にとっても思い入れの強い学年であったようで、昔の教室配置をよく覚えていらして様々に記憶がよみがえってきました。思えば先生方も20代、30代が中心であったはずで、当時はすごく大人に見えたものです。
 
 授業風景の様子なども見学させていただき、現在の中学生の様子を見させていただいたのは貴重な体験になりました。皆、フレンドリーに挨拶してくれて、中学生ってこんな感じだったかな? 昔は見るからに怖い感じの凄みのある生徒が昇降口付近にたむろしていたものですが、すっかり姿を消してしまいましたね。昔よりも今の中学生は男女の距離も近そうだし、表面だけではもちろんわからないけど、「スクールカースト」に代表される独特の緊張感ともかなり違う感じ。

 「ある人」と僕はある学期中、席が隣同士だったのですが、座席配置は学校によるみたいですね。独立型の配置もあるようですが、この学校では今でも男女で席をくっつける形で配置されていて、名簿も男女混合ではなく、男女別になっているとのこと。古い時代の建物が原型なので物理的に座席をくっつけておかないと通路を確保できない事情もあるようです。

 そういえば僕は中学時代、学校では一日中、ジャージで過ごしていたのですが、後から考えて変だったかなと思ったこともあったのですが、体育の授業でもないのにジャージ姿の生徒がちらほら。この学校の伝統かな。いろいろとゆるい感じでよかったです。
昼休みを返上して1年生が合唱の練習をしている様子も見学させてもらいましたが、上級生が指導していたり、先生方も集まって助言していたり、入学して間もないはずなのにその水準の高さに感銘を受けました。とてもよい雰囲気で学校が運営されていて、こちらも幸せな気分になりました。

 同窓会も一度も行っていないし、教育実習も母校をわざわざ避けて縁のない新宿区の中学校で実施したり、と失礼ばかりを重ねてきていたにもかかわらず、これ以上なく暖かく迎え入れてくださり、ありがたいかぎりです。

 帰りはゆっくり学校のまわりを「ある人」と一緒に歩いてみました。当時なぜ一緒に帰れなかったかというと、帰る方向が真反対だったことも大きいですが、学校の周りが畑で囲まれていて遠くまで見渡せるようになっていて、男女で一緒に帰ってる人なんて当時、誰もいなかったと思うけど(気づいてなかっただけか?)。お互いの記憶を探りながら歩いてみると味気ないはずの郊外の住宅地の光景も違って見えるから不思議なものです。

 学校訪問は「現代文化における思春期の表象」にまつわる取材が目的の一つでもあったので、成果を出せるように頑張らないといけないですね。




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2015年6月17日

 チャップリンの名作『街の灯』(1931)の有名なラストシーンは、チャップリンのリアリズム描写を代表する名場面の一つ。自分の恩人は大金持ちの紳士であると信じて疑わなかったヒロインの目が見えるようになり、その恩人は実はチャップリン扮する貧しい放浪者(ホームレス)であったことを知ってしまった瞬間のヒロインの複雑な胸中がサイレント映画におけるパントマイムの手法で見事に描かれています。その一方、自分の素性を知られてしまう不安や恐怖よりも、目が見えるようになったヒロインと再会できることが嬉しくて仕方がない放浪者と、ヒロインの戸惑いとの対照が際立っています。

 突然、「ある人」に逢いたいと思うようになり、それまでずっと意図的に避けてきたSNSを、ブームは数年前に去ってしまっているにもかかわらず、本当に今さら遅ればせながら始めました(長文で個人的な感慨ばかりで使い方は完全に間違ってるんですが)。

 その「ある人」とは中学1年の二学期に転校してきて、郊外の拡張期だったこともあり、人口急増のあおりを受けて中学3年の時に学区再編で学校が3校に分裂し、離れ離れになってしまった人。

 自分のわがままな思いつきで背後では様々な人たちに配慮をしてもらったにちがいないですが、おかげさまで27年ぶりに再会できました。その学区再編があまりにショックだったのか自分の中で中学時代は完全になかったものとして封印してきたところがあったのですが、かつての自分が屈託なくふるまっていた姿で誰かの記憶の中にずっと留まっていてくれたことを知ることができ、本当にありがたいことです。

 かつての中学生男子は当時から自分のことだけで精一杯で、自分から逢いたいと思ったはずの相手の誕生日や姉妹構成すらまともに覚えておらず、当時もらったものもどこかにやってしまって出てこないというありさまで(かろうじて覚えていたのは同じB型ということぐらい)、一方、突然、数十年ぶりに気まぐれに呼び出されたかつての中学生女子は当時の日記や女子同士の交換日記などをもとに(さすがに見せてはもらえなかったけど)当時、話していた内容などを「想い出を美化する余地もないほど」克明に再現してくれていて(最初に交わした言葉は「なんでこんな何もないところに引っ越してきたの?」だったそうで)、ありがたいやら申し訳ないやら。結局、過去の自分とも対面するような不思議な体験になりました。

 子どもの頃から人一倍多くの物語に触れ、早熟なぐらいのつもりでいたのかもしれないと思うと呆れるばかりですが、実際には自分の感情もどうしていいかわからずにもてあましていたぐらい誰よりも子どもだったんだなということがつくづくわかりました。

 その頃、声変りしてたかどうかすらわからないぐらいの昔のことで、どんな口調で自分が喋っていたのかどうかも覚えてないのですが、にもかかわらず30年近い時間の隔たりを感じることなく、不思議なほどつい昨日の続きのような感じで話をさせてもらうことができたことに感謝あるのみです。

 覚えていたこと、思い出したこと、思い出せないこと、新たに真相を知って驚いたこと・・・すべてが新鮮な時間で、あっという間の一日でした。

 「変わってなくてよかった」と言ってもらえて、何が変わっていない要素なのか自分ではわからないし、14歳の時と現在の年齢とを考えると「変わっていない」ことがいいことなのかどうかわからないけど、まあよかったのかな。

 名作『街の灯』になぞらえるなんておこがましいにもほどがありますが、27年分年齢を重ねた自分の姿が相手にどう見えるかなんてことよりも大事なことってあるんだなと実感しました。

「じゃあまたね」
「うん、またね」

 「またね」っていい響きだなあ。






2015年6月13日

 湊かなえの『リバース』(講談社、2015)および大道珠貴『煩悩の子』(双葉社、2015)を併せて読了。資質の異なる作風で狙いとしているテーマも異なるのだが、両書を併せて読むことで気になったのは、「友達を作ることへの渇望とその困難」について。
 『リバース』の方は大学時代にゼミでの友人との旅行中に起こった事故をめぐる回想(「リバース」)が物語の中心を占めている。ミステリのジャンルから出発した湊かなえであるが、山歩きをめぐる人間模様を描いた佳品『山女日記』(2014)からは、ミステリの枠を超えた作品傾向が今後強くなっていくことを予感させるものであった。その点でも『リバース』は、少なくとも私には感情移入しにくい主人公に加えて、物語の根幹を占める「謎」に対してもほとんどまったく関心をもてないものでありながら、最後まで読ませるストーリーテリングはさすが。
 また、デビュー作『告白』(2008)が示すように、教師をも含めた学校空間での人間関係に対する強い執着はこの『リバース』においても現れており、主人公は小中高と学校空間の中で友達を作ることができなかった、現在は社会人の男性。大学に入ってようやく念願の「友人」を得ることができたか、はたして自分は本当に「友人」として扱ってもらえていたのかどうか自信をもてないでいる。友人の「謎」の事故死をめぐり、その友人の足跡を辿る物語。
 今日の学園もので注目される、いわゆる「スクールカースト」の視点を反映した人間関係に対する意識といえるものであるが、中学生ぐらいの男子ははたしてどこまで学校空間内での人間関係の階層化を意識しているものなのだろう? 女子は確かにグループに対する意識は強いのかもしれないが、自分を顧みると、友達を作るのがうまいわけではまったくなかったはずなのに、どの学年でも常にスポーツ好きで愛嬌があって人気のあった男子とかわるがわるよく一緒にいたことを思い出し、今であればむしろ友達になれていないだろうと不思議に思う。で、たぶんそういった階層意識に無頓着でいられるのが小中学生男子の良いところであるように思うのだが、時代が違うからなのか実のところよくわからない。
 一方、『煩悩の子』は小学5年生の女の子が主人公で、今はまだ男の子っぽい体つきをしているが、周囲や自分の身体や心が女性らしくなっていくことに対する不安を抱えている。私は「現代文化における思春期の表象」というクラスを担当していて、でははたしてこの「思春期」はいつの時期をさすものなのか? ティーン・カルチャーと言う言葉が示すように、十代に限定してもいいのだが、男女の成長の度合いに差はあるものの、十代直前の小学5・6年生あたりから辿り、中学生との差を見ていくことも有効なのだろう。著者の生育背景を思わせるように1970年代の福岡が舞台。エンターテインメントの作風ではないのでわかりやすい成長物語の体裁はとらず、主人公の複雑な感慨が丁寧に綴られており、ふとしたセンテンスに文章の強度がある。
 友情が物語の主軸を占めるわけではないこの作品においても、学校空間において誰と一緒に過ごすかはとても重要な問題であり、やはり友達をめぐる物語としても読むことが可能であろう。

「もう会えないのか。会えないと、忘れてしまうし、それって、いないことと同じではないのか。いないというのは。死んだことと同じではないか。
 ということは、自分も、ひとの想い出になっていなかったら、死んでいることと同じになるんだろう」(『煩悩の子』)

 小中学校の時代は、出会いがあって、別れがあって、でもまた新しい出会いがあってのくりかえしで、ある時期にとても仲良くしていた相手であっても、クラスが違ったり、学校が変わったりしていくうちにふと音信が途切れてしまってそれっきりになってしまうこともきっと多くあり、でもその事実にすらその時点では気づかないこともある。その点では『煩悩の子』から垣間見られるふとした感慨は、描かれている小学5年生の女の子によるものではなく、「かつて小学生だった女の子」の後の回想と言えるものであるようにも思う。
 フランクフルトの映画祭で観た映画『ソロモンの偽証』(2014-15)もまた、「窮地にあった友達を救えなかった物語」でもあり、中でも嘘の告発文を書き送る女子2人組の屈折した友情が痛々しい。また、突然クラスメートが死んでしまったとして、それまでに関係性を作ることができていなかったとしたら、その相手をはたして「友達の死」として悲しむことができるのか、という問いも学校空間をめぐる人間模様ならではであろう。
  「いかに友達を作るか」は近年では大学の教育現場でも切実な問題として取り上げられることが多くなってきており、そもそもそのようなことを大学で教えることができるのか(教える必要があるのか)という問いも含めて今後も課題となりそう。




2015年6月11日

 1980年代のカルチャーを考える際に、キティ・フィルムがはたした役割は甚大なものがある。もともとキティは音楽の会社(キティレコード)を母体としていたわけであるが、1979年に村上龍のベストセラー小説『限りなく透明に近いブルー』、伝説的カルト映画、長谷川和彦監督『太陽を盗んだ男』を皮切りに、相米慎二に監督デビューを飾らせた『翔んだカップル』(80)など映画制作プロダクション会社として(角川映画と並んで)従来とは異なる回路を切り拓いたところに最大の特色がある。
 母体となるキティレコードでは、5人編成となり、再スタートを切った時期のRCサクセションがレーベルに在籍し(1979-81、1988年に発売禁止となった『COVERS』を発売したのもキティ)、さらに、アニメーション制作プロダクションとしてTVアニメ『うる星やつら』(1981-86)、『みゆき』(1983-84)、『めぞん一刻』(1986-88)をはじめ、アニメ映画の可能性をおしひろげるなど、一つのメディアや領域に留まらず80年代カルチャーを牽引した。
 特に『うる星やつら』の人気は絶大で、当時の「二本立て興業システム」により、予算超過が顕著になっていく相米慎二作品をはじめとする赤字部門を補って余りある収益をもたらし、全体の採算調整を可能にしていた背景も大きい(相米慎二『ションベン・ライダー』と押井守『うる星やつら オンリー・ユー』が併映[1983]。今から見れば伝説的な組み合わせであるが、当時の観客の反応は芳しいものではなかった)。
  『翔んだカップル』自体がマンガ(柳沢みきお、1978-2004)を原作にしていることからも、マンガ原作を積極的に導入していったのもキティの特色の一つであり、社長の多賀英典自身がマンガの表現の可能性を高く評価していたことに由来するという。とはいえ、マンガ原作のファンからすれば、あだち充『みゆき』の映画化作品(井筒和幸監督、1983)などは「本当に作り手は一度でも原作を読んだのか?」と評判がすこぶる悪かったことも事実(実際には読んで相性が合わなかったらしいが、だったら断ってくれ)。

 キティ・フィルムを中心に相米慎二作品のプロデューサーを長年にわたってつとめ(全13作中7作品)、自身も1989年にアルゴ・プロジェクトと称するプロデューサー6名によるプロジェクトを起こした伊地知啓は、その中でも1980年代以降の映画文化を語る際に欠かせない存在である。もともとは日活の撮影所システムからキャリアを起こし、監督の可能性を探りながら、結果的にプロデューサーの道を選択し、日活ロマンポルノの発展期を支え、キティ・フィルムの発足から関与した伊地知啓氏による回想録として、上野昂志・木村建哉編『映画の荒野を走れ──プロデューサー始末半世紀』(インスクリプト、2015)が刊行された。もともとはプロデューサーの立場から「映画人・相米慎二」を捉える『蘇る相米慎二』(2011)という本の一企画としてのインタビューから発展して成立したという背景からも相米慎二との関わりが主となっており、実際にプロデュースとして関与していない作品をも含めて助言を惜しまなかった二人の交友の深さが最大の読みどころとなっている。さらに、日本映画の新しい回路を切り拓き、常に作り手の立場の側に立ち続けたプロデューサーの半生からは、80年代以降の「新世代」日本映画の躍進がいかにプロデューサーの奮闘によって支えられていたか、感銘を受けないではいられない。
 現在の再評価の高まりが示すように、相米慎二の作風は時代の反映を超えうるものであるのだが、好景気の中でこそその作品が成立しえていたことも事実であり、実際に初期作品のような形でリハーサルを100回以上くりかえしたり、予算や日数を大幅に超過したりすることができるような余地は90年代以降目に見えて少なくなっていってしまう。『セーラー服と機関銃』(81)、『ションベン・ライダー』(83)などは何度観ても「むちゃくちゃしやがるな」という新鮮な驚きを禁じえないが、好景気もあわせた時代の高揚感をそこに見出すことができる。
 盟友・相米慎二との監督とプロデューサーをめぐる関係、そして好景気に沸いた1980年代にキティ・フィルム、アルゴ・プロジェクトといった映画制作の新しい実験場を牽引した人物ならではのメモワールとして映画をめぐる幸せな時代の様子が浮かび上がってくる。


2015年6月9日

 海外で最大とされる日本映画祭「第15回Nippon Connection」のためにドイツ、フランクフルトに行ってきました。今回は2007年から8年ぶりに国際日本映画研究学会Kinema Clubも併せての開催となり、私にとっても8年ぶりの再訪となりました(前回はヨーロッパを基盤にされていた研究者の方々に連れていっていただいたのですが、今回は一人)。
 海外からのFacebookログインははじめてでしたので、「いつもと異なる場所からアクセスされています」という類のメッセージが出てきて、突然、認証確認として「この人は誰でしょう?」クイズがはじまり、6問ほど友達申請をさせていただいている方の写真に答えさせられました。何だか申し訳ないです。
 個人的に驚いたこと3点として、
(1)5月29日にチャップリン協会にて行われた、チャップリン四男ユージーンさんを囲む会でお会いした若手弁士の片岡一郎さんが、弁士上映・弁士ワークショップで来られていたこと(3年目らしいです)。「またぜひどこかでお会いしましょう」と別れ際に言葉を交わさせていただいていたのが、まさか一週間後にフランクフルトでお会いできるとは! 弁士パフォーマンスも堪能させていただきました。公演直後でお疲れのところお声がけしてしまい失礼しました。
(2)『太秦ライムライト』(2014)がここにも来ている! 最優秀作品賞もおめでとうございます。
(3)御年76歳になる大林宣彦監督の新作『野のなななのか』(2014)が「回顧上映」でも「特別上映」でもなく、日本映画の最前線の枠で選出されて上映されている! 何気に本当にすごいことですよ。近年の傾向として言葉のテンポがやたらに速く、ドキュメンタリードラマ的な手法や、色濃い「死」の影、第二次世界大戦、北方領土、311以後のエネルギー問題などを織り混ぜ、シュールさに拍車がかかってますが相当の力作(消化するのに時間がかかりそう)。
 定評ある映画祭ということもあり、選ばれた作品にはずれがないというか、ジャンルもテイストもバラバラなのにどれも本当におもしろい。ドイツ在住の人たちと違って私は日本で劇場公開しているのを簡単にアクセスできるのだからもっと劇場に足を運ばなければいけないですね。というわけで一番の「メイン」となる招待上映枠以外にも、「アニメ枠」や、若手を中心とした「インディーズ枠」(Nippon Visions)があり、本来、私はこちらを積極的に観るべきなのですが、「メイン」と「相米慎二回顧上映」で終わってしまいました。これでも4日間、毎日12時間近く(飛行機に乗り遅れかけるまで)観てきました。「相米慎二回顧上映」では諸般の事情で現在、DVD化されていない『雪の断章――情熱』(1985)を劇場で観られたことが収穫。しかし、『翔んだカップル』(80)の英語タイトルが “Dreamy Fifteen”(『夢見る15歳』)ではさすがにニュアンスが違うのでは? 4月8日生まれだとしたら新年度早々に16歳になってしまうし、薬師丸ひろ子にしても誕生日は6月9日なわけだから夏休み前に「夢見る15歳」ではなくなってしまうことになる。それは冗談にしてもタイトルが喚起するイメージと物語の印象は大分異なりますよね。
 遅ればせながら感銘を受けたのは、廣木隆一監督『さよなら歌舞伎町』(2015)。ラブホテルの従業員と、客の視点での群像劇は定番の「グランドホテル形式」として実はわりとよくある展開で、結局は「孤独と純愛」のテーマに行き着くだろうということになるわけですが、荒井晴彦脚本に、人物描写の巧い監督だけあって、「超」短期間で制作されたという裏話が信じられないほどディテール・演出も巧い。韓国系の女優イ・ウンウの存在感が圧巻。東日本大震災の背景などはっとさせられる場面も多かったです。とにかく満員の聴衆がけたたましくよく笑い、とにかくよく泣く(すすり泣きの声が聞こえる)ので、この映画作品にとっても、居合わせた観客にとっても幸せな映画体験になりえたと思います。廣木監督はドイツ語のスピーチを用意されていましたが、なんと今回、『娚の一生』(2015)とダブル上映で、ここにきて本当に円熟の境地に。帰りの飛行機で『ストロボ・エッジ』(2015)も観てしまいました。 
 さらに、行定勲監督『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』(2014)は芦田愛菜演じる小学校3年生の「ちょっと変わった」女の子をめぐる物語。大阪の団地で、大家族で暮らしているという設定なのですが、今の私にとってはさすがに遠い存在なので最初は入り込みにくかったものの、これもまたよく笑う観客に情感を引きずられるようにして、気づいたらすっかり楽しんでいました。どんな映画でも同様ですが、やはり劇場で良い観客と一緒に観るのは何よりも素晴らしいですね。特にこの作品に関しては一人でDVDで観ていたとしたら印象がまったく異なったはず。
 ちなみに私は、相米慎二『翔んだカップル』(80)、『セーラー服と機関銃』(81)、大林宣彦『ねらわれた学園』(81)を素材に、当時のキティ・フィルムや角川映画などの異業種参入の文化的背景や、2人の映画監督における「アイドル映画」観、「青春/成長」観、手法についての比較分析などをしてきました。


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