借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

2015年07月の記事

2015年7月31日

「あの頃に戻りたいとかって思う?」
「まさか」
「だよねえ」
(映画『大人ドロップ』2014)

 マーク・トウェインが少年時代に過ごした町ハンニバルにある「ベッキー・サッチャーの家」には、トウェインが73歳の時に『トム・ソーヤーの冒険』(1876)のヒロイン、ベッキーのモデルになったローラ(2歳下)という女性と一緒に仲良く写っている写真が飾られている。最初の長編小説『金めっき時代』(1873)のヒロインの名前がそのまんまローラで、さらに『トム・ソーヤー』のヒロインのモデルとされており、70歳の時に書いた短編「我が夢の恋人」(1905)では、少年時代に好きだった15歳の女の子に夢の中で出会う話で、これもまた初恋の女の子ローラを思わせる。

 『マーク・トウェイン文学/文化事典』(彩流社、2010)の項目ではローラはどのように扱われていたっけと頁をめくってみたら、項目自体ないじゃないか。おいおい。項目立ては私が中心で進めたものなので万事私の責任なのですが、作家研究はやはり年季が必要ですね。いずれ事典全体をアップデートしたいです。

 てっきりローラとトウェインとは長年に渡って交友関係をもっていたのだろうと思い込んでいたら、十代で離れてしまって以来、47年ぶり(62歳の時)でようやく連絡がとれたらしい。うへえ。47年ぶりかあ。想像つかん(そんなに生きてないし、そりゃそうか)。ローラがトウェインに手紙を出したのがきっかけで交流が復活するんだけど、返信をもらったことに対して、「優しい性格だった友人(トウェインのこと)が、昔のまま変わらずにいてくれと願い、その願いが叶った」と喜んでいて、このやりとりが60歳すぎの話。実は経済的に困窮していたローラがお金の無心をして、という背景によるものだったので切ない話なのですが、結果的に交流が復活したのは何よりで、それも含めて神の思し召しということで。『トム・ソーヤーの冒険』もあれだけ有名な作品なのだから、もっと早く連絡できていただろうにと思うのは他人だから言える話なのかもしれず、実際はローラも自分がベッキーのモデルであることは半信半疑だったみたい。

 いくえみ綾のマンガ『あなたのことはそれほど』(2巻まで刊行中、2012- )は、一言で言うと、「29歳で既婚者の女性が小学生の頃から好きだった同級生と再会し、不倫関係に陥る物語」ということになるのだが、「そんな都合のよい展開あるか?」と思いながらも、そこはいくえみ作品らしく、この世界観でこのキャラクターならそうなるかもと思わせる説得力があるのはさすが。中島みゆきによる柏原芳恵への提供曲「最愛」(1984)からの一節「二番目に好きな人 三番目に好きな人 その人なりに愛せるでしょう」(古い!)を思い起こしながら、いやー、こんな大人の世界は正直よくわからん。

 飯塚健監督による映画『大人ドロップ』(2014)は、高校3年生の男女4人による高校最後の夏休みをめぐる物語。群像新人賞作家・樋口直哉による原作とはかなり味わいの違う仕上がりなので読みくらべてみてもおもしろい。結構、不思議な世界観で、「大人になってからあの頃をふりかえる」とした際に、「あの頃には絶対に戻れない」という「刹那」の感覚が作品全体の基調を成している。「セカイ系」に近い世界観というか、近年では珍しく学校の授業風景なども描かれながら(英語の授業は高校にしては易しすぎないか? それになんだ、この教師像?)、軸となる4人の人物以外まったく印象に残らない。

 回想のモノローグや、「大人になってから偶然出会ったらどうする?」という仮定の問いが物語中、随所に挟み込まれていて、その一方で主人公たち4人組は小学生時代に転校生同士だった境遇などが親しさの背景にあり、子ども時代に対するノスタルジアまでもが重ね合されていて、不思議な時間感覚にとらわれる。「おまえは『北の国から』の吉岡秀隆か?」と思うようなモノローグや、「なんなんだ、後半の絶叫芝居は?」など突っ込みどころ満載なのだが、実は結構、癖になるもので、そうした要素も含めて青春というか、自意識過剰で不安定で傷つきやすい思春期のあり様が凝縮されて表現されている。

 そもそもタイトル「大人ドロップ」自体が、懐かしさに満ちた「肝油ドロップ」に由来する。遡れば、栄養補助食品としてビタミンを補給するために学校給食制度などを通じて親しまれていたものらしく、過剰な摂取を避けるため1日2粒が原則であったことがまた子ども心をくすぐるもので、ある世代までは確かに懐かしいにちがいない(ところでどの世代まで肝油ドロップは共有されているのだろう?)。

 「早く大人になりたかったんだ。一刻も早く」と焦り、もがく感覚ってそもそも高校時代に抱くものだっけ? 進路も定まらないし、経済的にも様々に親や大人に依存せざるをえないし、地方を舞台にしているならなおさら閉塞感を感じるものではあるかもしれない。「何者でもない」不安定感は通り過ぎてしまえば魅力でもあり、その時点においては実存的な不安にもなるんだろうけど。というわけで高校時代が楽しかった人でさえも、「あの頃に戻りたいとかって思う?」と問われれば、確かに「うーん」と考え込んでしまわざるをえないのだろう。やっぱり「通過点」なんだろうな。これだけ毎日べったりと時間を過ごしている相手(同性・異性を問わず)であっても、「卒業以来一度も会っていない」という展開もリアル。

 親の事情で高校を中退して引っ越してしまった同級生女子にしばらくぶりではるばる会いに行く場面で、「つまりその、綺麗になったね」「そんなのはじめて言われた」「俺もはじめて言った」。「教室は監視社会だ」とされるほど男子と女子の距離が微妙に遠い(女子は男子に呼び捨てで、男子は女子に終始「さん」づけなのもおもしろい)教室の空間から離れて、同級生に「殺すよ」などの軽口ではなく「綺麗になった」とはじめて言える瞬間などがこの作品のハイライトの一つ。しかし、そこから「何かがはじまる」感じではなく、「何かが終わる」もの哀しい感じが絶妙で、女子の方が数歩先に大人になってしまったことによるすれ違いの感覚が切ない。
飯塚作品ならではの独特のテンポの良いセリフまわしが心地よく、その一方で「大人になったら変わるよ、すれ違ってもわからないぐらいに」など時々現れる、変に観念的で予言的な台詞が胸に刺さり、「怖い」。『大人ドロップ』の登場人物たちって高校生というか、どちらかというと中学生っぽい感じもするんだけど、『彩恋』(2007)も女子の高校3年生3人組の話だったし、中学生であればどう描くのかも観てみたい。















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2015年7月30日

 若い世代のテレビ離れが加速度的に進んでいるとよく言われていて、実際に接している学生の反応をみる限りでも、ここ数年で共有されている番組コンテンツはほぼ皆無ではないかと思われる。

 もちろんエンターテインメントの領域はなおも発展を遂げているわけで、興味や関心がますます細分化している中、どのような領域で、どのような表現者が、どのように現代の状況を捉えようとしているのかを探る際に、たとえば、評論家・宇野常寛が主催するPLANETS『文化時評アーカイブス2014-2015』(朝日新聞出版)などの「年間総まとめ」はとても参考になり、一年分の収穫をまとめて追いかけてチェックするのが大いなる楽しみとなっている。リアルタイムで立ち会えなかったのは残念ではあるけれども、ネット上のレビューや反応を確認することで共時性を追体験することもできる。

 『文化時評アーカイブス2014-2015』で設定されているカテゴリー(メディア/ジャンル)分けはかなりシビアで、見るべき収穫がそこにないと判断されればばっさりカテゴリーごと消失してしまう(独断と偏見による編集がおもしろいのでまさにそれでよい)。「小説」はライトノベルや村上春樹作品(『女のいない男たち』)を除いてもはや項目がないし、「J Pop/音楽」も「アイドル」や「ボーカロイド」を除いてほぼ消えてしまった。私自身は「ゲーム」はまったくやらないし(文化研究者としては致命的)、「アイドル」にも疎いので、こうした文化批評による現状の概観が唯一の情報源となっている領域も多い。

 その中でここ数年、「テレビ(ドラマ)」に対する注目の高さが誌面の中ではっきり現れてきている。「テレビ離れ」「予算縮小」「ゴールデンタイム枠のドラマ視聴率大コケ」などの背後で、確かにとりわけ深夜テレビドラマ枠は表現者にとっての「実験場」として有効に機能しており、また、視聴者にとっては何の気なしに時間を過ごす際に、「こんなド深夜になんでこんなの(おもしろいの)やってんだ?』」程度の気楽な感覚が深夜テレビの隆盛を支えているのだろう。

 『文化時評アーカイブス2014-2015』による個人的な収穫の一つとして、WOWOWによるテレビドラマ『モザイクジャパン』(2014)がある。アダルトビデオ(AV)業界に依存しきってしまっているある架空の地方都市を舞台に、証券会社をリストラされ、郷里に帰ることになった男性主人公の戸惑いを描く物語。「地上波」ではない衛星契約チャンネルの特性を活かした脚本家・坂元裕二による作品で、現在、テレビドラマでどのような表現の可能性を切り拓くことができるかを探る野心作。ラブホテルものやAVものというか、過剰な性を描きながら最後は純愛の物語に、というのはこの種の物語で鉄板とも言える既定路線であり、この作品も同様であるが、「地方」をめぐる経済・文化構造の問題なども織り交ぜながら、地上波と差異化をはかろうとする実験作としておもしろい試みになっている。

 もう1点は福田雄一監督による『指原の乱』(2013-14)。「深夜テレビ」(23時以降放映される番組)の枠のみならず、映画『女子ーズ』(2014)をはじめ、現在もっとも精力的に作品を発表し続けている福田監督による「ドキュメント・バラエティ」番組。『勇者ヨシヒコと魔王の城』(11)をはじめお決まりの「予算がない」条件の中でHKT48の指原莉乃がやりたいこと(写真集や映画を作りたいなど)を実現させようとしていくプロデュース企画。「あの舐めてる感じがいい」指原のキャラクターと、複数の作品で彼女を起用し続けている福田監督ならではの絶妙な/とぼけたコンビネーションの賜物ではあるのだが、「予算がない」「どうせ視聴率も期待されていない」状況を逆手にとって好きな企画を好きなように制作できる環境は、本来なんでもできるはずのテレビというメディアのあるべき姿を体現しているように思う。

 ムック本『21世紀深夜ドラマ読本』(洋泉社)は、活況を呈している「深夜テレビ」枠の現況と可能性を展望する上で多くの示唆をもたらしてくれる。確かに近年、多くのヒット作を放ってきた「テレ東深夜ドラマ」枠(「ドラマ24」)だけをとっても、『嬢王』(05)、『勇者ヨシヒコと魔王の城』(11)、『モテキ』(10)、『マジすか学園』(10)、『孤独なグルメ(Season 1)』(12)、『アオイホノオ』(14)、『山田孝之の東京都北区赤羽』(14)、『みんな! エスパーだよ!』(13)、『なぞの転校生』(14)などが並び、大根仁、福田雄一ら深夜ドラマを主戦場としてきた表現者に加え、フィクションとドキュメンタリーの境界線の狭間を探り続けている映画監督・山下敦弘・松江哲明、はてはベテラン格の園子温(『みんな! エスパーだよ!』監督・脚本)、岩井俊二(『謎の転校生』プロデュース・脚本)まで、どうかしてるぐらい豪華なラインナップになっている。

 「巻末付録 おもな21世紀深夜ドラマリスト」を一望するだけでもこの「場所」(深夜テレビ)が作り手にとって今もっとも魅力的な「磁場」として機能していることがわかる。『21世紀深夜ドラマ読本』の表紙に起用されている俳優・山田孝之が象徴するように、キャストもまたこの「磁場」に引き寄せられ、共に企画の段階から作品を作り上げていこうとする姿勢に最大の特色があり、下世話に推察される類の「事務所」や「代理店」の論理と異なる回路で人が動き、新たな表現が生み出されている点に最大の魅力があるのだろう。

 現在もっともエッジの効いた俳優・山田孝之と、映画(『大人ドロップ』[2014])・舞台・テレビ(『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』[2013])など領域横断的に活動を展開している飯塚健によるテレビドラマ(MBS)『REPLAY & DESTROY』がDVDボックスとして発売。もともとは携帯配信ドラマをもとにしていたらしいが、男性3人によるシェアハウスを舞台にした物語。テンポのよい独特の台詞まわしが特徴的で、「演劇的」というか、とにかく登場人物たちがベラベラどうでもいいことを喋り倒す。好き嫌いが分かれるところだが、一度はまると中毒性のある不思議な世界観。映画監督志望だが、現在はフリーターで何も成し遂げていないのにとにかくエラそうな主人公を山田孝之が演じていて、愛すべきその憎らしさを魅力と思えるかどうか。過剰な台詞とテンポの良いトークは深夜の雰囲気に似つかわしくないはずなのだが、律儀にすべての話につきあう義理もないわけで、「こいつまだ喋ってんのか」ぐらいの気持ちでつきあうのが深夜枠にはちょうどいいのだろう。ハイなテンションとまったりしたテンションとの混在具合いが(たぶんDVDで観るよりも)心地よいと思えるかも。
















2015年7月27日

 突然、ミシシッピ川が見たくなって、思いきって来ちゃいました、ミズーリ州ハンニバル!

 なあんて、それなりに予定は早くから決まってたわけで、空港で原稿の大半を書かなければならない羽目に陥ってしまったのは万事私が悪いのですが、マーク・トウェインの国際学会に行ってきました(今回は日本からの報告者は6名)。

 作家マーク・トウェインが少年時代を過ごした地であり、『トム・ソーヤーの冒険』(1876)などの舞台で知られるハンニバルは、たいていのアメリカ人にとって「物語を通して知ってるけど一度も行ったことがない場所」。ハンニバルにあるマーク・トウェイン・ボーイフッド・ミュージアム主催によるこの学会は2011年にスタートし、4年に一度の周期で今回が2回目の開催。先行するニューヨーク州エルマイラでの国際学会も4年に一度の周期(前回は2013年)なので、2年に一回トウェインの国際学会が米国で開かれていることになります。私自身は前回のハンニバルでの学会参会に続き、3回目のハンニバル訪問になりました。

 思えばトウェインが『トム・ソーヤーの冒険』を発表した年齢に私もなってしまいました。発表当時ですら「懐かしさ」を伴っていたのは作家にとっても「懐かしい」少年時代の回想をもとに成立した物語であったわけで、少年時代に対するノスタルジアの機微をわかる年齢に私もなれているのだろうか? まあ今の年齢になっても「何者にもなれていない」浮遊感の只中にいるとは思いもしなかったけど。

 作家研究の学会の楽しみとして、「エクスカーション/フィールド・トリップ」と称するアトラクションがプログラムにふんだんに盛り込まれていて、「(インジャン・ジョーの)洞窟」(広くて暗くて寒くて怖い)、「蒸気船でのディナー・クルーズ」(雨があがってよかった!)、「マーク・トウェインの生誕地訪問(ハンニバルからさらに車で50分。超絶的な田舎。一切何もなく、今は人も住んでない地区)」、「少年時代の家ミュージアム」、「トウェイン役者によるスタンダップ・コメディ」「実在の黒人奴隷女性だった人物に扮した朗読パフォーマンス」など、学会発表も含めて朝9時から連日12時間以上。充実したプログラムを楽しむことができました。正直なところ、イベントの大半は前回とほぼまったく一緒なので一度参会すれば充分と言えば充分なのですが、ミュージアムの改装・発展も進んでおり、一人でふらりと立ち寄れる場所でもまったくないので、4年に一度の周期で再訪できるのはちょうど良いサイクルと言えるかも。

 唯一の孫娘(Nina Clemens Gabrilowitsch)が自殺してしまったことで直系の子孫が途絶えてしまっていたとされていたトウェイン(クレメンズ家)の家系でしたが、このたび新たにDNA鑑定により曾孫(ひまご)娘(great-granddaughter)であることが判明したというスーザン・ベイリー氏による講演もありました。本の宣伝(_ The Twain Shall Meet: The Mysterious Legacy of Samuel L. Clemens' Granddaughter, Nina Clemens Gabrilowitsch._)も兼ねてということでしたが、やたらに話がうまいのははたして血筋と言えるのかどうか?

 また、連日、代わる代わるトムとベッキーに扮した町の男の子女の子たちがもてなしてくれます。『トム・ソーヤーの冒険』中のエピソード「婚約」にまつわる寸劇(?)も。

 2011年に改装中だった「ベッキー・サッチャーの家」がリニューアル・オープン。ベッキーは少年時代のサミュエル・クレメンズ(マーク・トウェイン)が好きだった女の子で実在のローラ・ホーキンスという女性をモデルにした、アメリカで一番有名なキャラクターの女の子の一人。1908年にトウェインが73歳になる年齢でローラ・ホーキンスと仲良く写っている写真がベッキーの家に飾られていて「なんかいい感じ」でした。

 その他、「ジムの旅」(Jim’s Journey)と題されたちょっとした博物館が新たにできていて、そこではハンニバルにおけるアフリカ系の歴史的/文化的遺産がまとめられていました。

 セントルイス空港から車で2時間の距離を、免許もなく、それどころかキャンパス内ですら極度の方向音痴で何の役にも立たない私を無事、連れて行ってくださった皆様ありがとうございました(真夜中に学内で道に迷ってしまいすみませんでした。一歩目から真逆の方向に進もうとしていた時点でまったく頼りにならないことはわかっていたとは思いますが・・・)。おかげさまで楽しく過ごさせていただきました。

 私の発表の司会をしてくださった方は、本業は精神科医(!)なのですが、米国マーク・トウェイン学会での主要なメンバーであり、実証的なトウェイン研究者(自称Twain fanatic)。実は2013年のエルマイラでの発表後に「おまえの発表内容ならこの資料がおもしろいはずだ」とわざわざ郵送で資料を送っていただいたことも。そういえば2005年の発表時にもコメントしていただいたし、こんな感じで顔見知りが増えていくのも専門学会の醍醐味なのでしょう。

 マーク・トウェインの研究者は顔もトウェインに似てくるものなのかと感心していると、実はその人は研究者ではなく「マーク・トウェイン役者」だったりするというのは実はよくあることで、しかしながら、「ああこの人はトウェイン役者なのかな」と思ってたりするとやっぱり研究者だったりして油断はできません。

 ちなみに私自身の発表はトウェインの『放浪者外遊記』(_The Tramp Abroad_, 1880)、『ハックルベリー・フィンの冒険』(1885)とチャップリンの放浪者連作を比較考察しながら、後のホーボー文化史の先駆的存在として位置づけようとする試みで、まだまだこれからという段階ですが、いろいろと示唆をいただくことができて有意義な機会になりました。

 次回の開催は2019年の予定。どなたでも参加できます。ハンニバルでまたお会いしましょう!





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2015年7月25日

 『音楽劇 ライムライト』が現在、日本中を駆け巡っている(東京・大阪・福岡・佐世保・鹿児島・名古屋・富山・長野へ)。
「『ライムライト』世界初の舞台化」という触れ込みではあるけれども、チャップリン主演作としての映画『ライムライト』(1952)の単純な「リメイク版/舞台版」としてチャップリンの幻影を追うのではなく、「現代」の「日本」において新たに生まれ変わった『音楽劇 ライムライト』として、ストーリーや世界観、音楽を存分に楽しむことこそが私にとっては醍醐味となった。チャップリンが裏方に徹した、当時の専属女優エドナ・パーヴァイアンスの主演映画『巴里の女性』(1923)を観劇中にふと思い返していた。『巴里の女性』は、「人気者」チャップリンが出演していないことで発表当時、不評となった作品だが、サイレント映画表現の極致として心理描写を突き詰めた意欲作であり、役者としてのチャップリンに目を奪われることがない分、ストーリーや演出に耽溺することができる。

 チャップリンの『ライムライト』の「舞台版」を求めるファン層はチャップリンとバスター・キートンの共演場面がどのように再現されているかをきっと期待してしまうところだろうが、キートン役を物語から省き、「音楽劇」の側面を強く打ち出して新たな「石丸幹二版」を創出しえたことが有効であったと思う。

 チャップリン研究/ファンの立場からは、映画『太秦ライムライト』(2014)、「『ライムライト』原作小説『フットライツ』の発掘刊行」と続き、にわかに『ライムライト』への注目が高められている只中にあるけれども、『音楽劇 ライムライト』に集う多くの観客にとってはそういった文脈はもちろん関係のないことであって、あくまで自立した劇作品として「現在」、おもしろいものであるかどうかしかない。

 実際に、「なぜ今、『ライムライト』なのか?」、「どのように『今』、『日本』で『ライムライト』の舞台化作品を作り上げることが可能であるのか?」という問いはやはり最大の懸案事項であったようで、オリジナル版映画でさえも発表当時の1952年においてまちがいなく「古風な」物語として受けとめられていたはずである(この舞台版においても設定は現代日本の観客にとって「遠い」、1914年ロンドンのミュージック・ホール)。

 そもそもチャップリン家が舞台化作品を正式に許可すること自体、「奇跡的」なことであり、「上演台本/作詞・訳詞」を担当した日本チャップリン協会会長の大野裕之が長年にわたって信頼関係を構築してきた背景によるもので、『ライムライト』の着想の源となった未発表小説『フットライツ』などをも咀嚼した上で、チャップリン未完の映画プロジェクト『フリーク』のための楽曲(”You are the Song” /石丸幹二「君は僕の歌」として2013年に既発表)、さらにこの舞台化作品のための書き下ろし曲などをも導入することが認められるなど、まさしく「夢のような」としか言いようがない企画である。その結果、チャップリン作品と現代日本の表現者とによる正真正銘のコラボレーションとなっている。作曲及びピアノ演奏担当の荻野清子氏によるオリジナル曲とチャップリンによる楽曲とがこの舞台版の中で見事に溶け込んでいるのが素晴らしい(サウンドトラック盤の発売を期待)。

 また、シリアスでしんみりした側面だけではなく、大衆演芸場であったミュージック・ホールを舞台にしていることからも、そして喜劇王チャップリンの作品をもとにしていることからも、コミカルな面ももちろん重要な要素であって、チャップリン作曲(大野裕之訳詞)による「いわしの歌」のパフォーマンスは本作における出色の見せ場になっている。大野裕之は演出にこそ携わってはいないものの、ミュージカル劇団とっても便利の主催者でもあり、「音楽/劇」と、「シリアス/コミカル」をめぐる心地よいバランス感がこの物語の基調を支えている。

 正統的に声楽を学び、歌手でもある石丸幹二氏、宝塚出身の野々すみ花氏であればこそ成り立ちうる「音楽劇」であるが、演出の荻田浩一氏の言葉にあるように、「新たな表現で『ライムライト』を再構築しようとする試み」であり、実は相当に野心的な実験作であったことが創作の背景から見えてくる。

 『ライムライト』は確かにストーリーや演出の妙もさることながら、何よりもやはり「舞台で演じ続けたい」というカルヴェロの飽くなき役者魂、お互いを想い合うカルヴェロとテリーの2人の胸中に共感できなければ物語がそもそも成立しないわけで、キャストにとっても覚悟を求められる作品であったにちがいない。チャップリンの演技をコピーすることではなく、壮大な実験作に果敢に取り組もうとする姿勢こそがチャップリン作品を現代に甦らせる意義と言えるだろう。

 先行する映画『太秦ライムライト』(落合賢監督・大野裕之脚本、2014)は、「5万回斬られた男」の異名を持ち、斬られ役俳優として知られる福本清三55年に及ぶ役者人生の中で初の「主演」作品として、『ライムライト』を超え、福本清三のためだけに作られたような独自の世界観を創出し、口コミと地道な上映活動を通して異例のロングランを更新し続けている。

 一方、「音楽劇『ライムライト』」では『太秦ライムライト』ともまったく異なる「歌と音楽」に力点を置いた上で、オリジナル版『ライムライト』がそもそも「舞台の世界」を描いた作品であったという根本に立ち返らせてくれる(カルヴェロが最後に立つ舞台を表現する空間演出のあり方もおもしろい)。石丸幹二版『ライムライト』では、ライムライトの「魔法の光」に魅せられた表現者の華やかさと悲哀とがにじみ出る形で表現されており、ショービジネスの世界に現役で立ち続けている氏ならではの存在感なのだろう。
プロの脇役としての「映画人・福本清三」を主役に据えた「映画」版『太秦ライムライト』と、「舞台」版『音楽劇 ライムライト』の2作品はそれぞれのメディアの特性を活かした形で、またそれぞれのキャストの資質をも活かした上で、「現代」「日本」の作品として見事に生まれ変わっており、併せて鑑賞することでより一層味わいが増すものであろう。

(『音楽劇 ライムライト』東京:7月5日~15日、大阪:18日~20日、福岡:23日、佐世保:24日、鹿児島:26日、名古屋:28・29日、富山:31日、長野:8月1日)







2015年7月19日

 教養科目「愛について」では、毎年異なる女性歌手をとりあげて歌詞の分析をするという試みを行っているのだが、たまたま雑誌『BRUTUS』「特集・松本隆」(2015年7月15日号)を手に取ってしまったことにより、急遽、予定を変えて松本隆の世界観を扱うことに。「思春期の表象」のクラスでも毎学期、「歌謡曲~J Popにおける少女像の変遷」というパートを設けていて、このテーマであれば当然、太田裕美「木綿のハンカチーフ」(1976)から松田聖子の初期作品など松本隆作品を中心的に扱わざるをえない。

 雑誌『BRUTUS』「特集・松本隆」でとりわけ目を引いたのは、薬師丸ひろ子と斉藤由貴への提供曲に対する評価の高さであった。そこで、薬師丸ひろ子に対する松本隆による楽曲、具体的には「探偵物語」(83)、「メイン・テーマ」(84)、「Woman~『Wの悲劇』より」(84)、「あなたを・もっと・知りたくて」(85)を主な素材として扱うことにした。当時、薬師丸ひろ子について語り合える同級生なんて私には皆無だったが、彼女の存在を通して映画や音楽、小説の世界を広げていったと回想する表現者はことのほか多く、角川書店のメディアミックスならではなのだろう。一般に薬師丸のファン層は私の世代よりも上で、映画館には15歳年長の従兄によく連れて行ってもらっていた。テレビで薬師丸の主演映画が放映される際に友人に薦めても、「子どもがこんなもの観るな(今思えば『探偵物語』)」と親にチャンネルを変えられてしまったということもあった。しかし、雑誌『BRUTUS』でコメントを寄せている映画監督の山下敦弘氏は私よりも年下であるし、趣味を共有できる相手が周りにいれば楽しかっただろうな。

 歌詞の分析はその場で共有できることと、受講生自身が自分の親しんでいる音楽の、特に恋愛を描いた歌詞に注目し、応用してもらう可能性を考えるならば、歌謡曲/J Popの歌詞は有効な素材になるにちがいない。アメリカ文化論でもブルース・スプリングスティーンの歌詞の分析を導入で試みている。

 「探偵物語」(1983)は大学生である主人公が自分でも思いがけず気づいたら年上の男性に恋をしていることに気づくという展開。もともとは「海のスケッチ」というタイトルで、主題歌になる予定ではなく、アップテンポの「少しだけやさしく」と入れ替わり、薬師丸のたっての希望で主題歌に採用された経緯は有名。

 「メイン・テーマ」における「愛ってよくわからないけど 傷つく感じが素敵」という印象深いフレーズは私にとって「愛について」の科目のそれこそメイン・テーマ曲なのだが、こんな感覚は永遠にうまく伝達できる自信をもてないだろうな。『BRUTUS』特集号では、歌人・穂村弘氏の「メイン・テーマ」に対する分析が何と言っても素晴らしい(「女の子が初めて恋に落ちた時の、非常に捉えがたい気持ちや空気感が、具体的なシーンの移り変わりだけで表現されている」)。穂村氏による松本隆論だけの一冊をぜひ読んでみたい。さらに「Woman~『Wの悲劇』より」で至高の世界に到達する。宇宙の遠くから見るような巨視的な視点と、大人の恋の世界の入り口にいる20歳の女性の感慨とが交錯する不思議な世界観。

 続く「あなたを・もっと・知りたくて」では「少女へと戻りたい」という歌詞になっており、少女期から早く脱却したい(させたい?)という想いと、いざ少女期を離れかけてしまうとあの頃に戻りたい(戻ってほしい?)という屈折した胸中が描かれている。

 松本隆との関連であれば、何と言ってもサード・アルバム『花図鑑』(1986年6月9日発売)が全編、松本隆の作詞曲で構成されているプロデュース作品であるのだが、今に至るまで私にとっては苦手なアルバムであり続けている。何せクラシック音楽のモーツァルトや童謡などを含めてとにかく地味な曲が多く、続く作家・伊集院静プロデュースによる4枚目のアルバム『星紀行』(87)も併せて、いわば文芸路線にさっぱりついていけず、「おっさんの少年期の追憶につきあわせるなよ」と当時は不満で一杯だった。

 せっかくなのでライヴ映像から紹介しようと思い、1987年のファーストライヴ、1990年(DVD『ハート・デリバリー』)、2013年(DVD『時の扉――35th Anniversary Concert』)などの映像を何度も見比べていたのだが、確かに近年のパフォーマンスの方が声は低くなっているものの表現の幅が広がっているように感じられる。2015年10月には大阪と東京でライヴが予定されており楽しみ(両方行く予定)。松本隆の作詞家活動45周年にあわせた朗読企画(『風街で読む』)では、薬師丸は自作から「あなたを・もっと・知りたくて」を選んでおり、「詞が持っている哀しみのようなものに気付かなかった。改めて読んでみたら、こんなに大人の詞だったのかと、30年経ってようやくその意味がわかりました」とコメントを寄せている。

 しかし後年に比べると表現力が追いついていないように見えながらも、その年齢での精一杯のパフォーマンスが20歳前後の女性の姿を描いた楽曲に似つかわしいと思い、結局、授業では90年の映像を採用。唯一のライヴアルバム『'87 薬師丸ひろ子ファーストライヴ 星紀行』(87)も緊張で声が上ずっているところも含めて名盤。

 現在、放映中のTVドラマ『ど根性ガエル』(日本テレビ系列)では、30歳という設定の松山ケンイチ演じる主人公の「母ちゃん」役で、一昔前の人気マンガ・アニメ作品の「なんで今?」というタイミングでの実写化、「平面ガエル」が活躍するシュール系ドタバタコメディの中で、薬師丸の浮遊感というか、ありえなさそうで虚構の世界の中ではおさまりよく感じられる独特の存在感はさすが。

 このたび薬師丸から斉藤由貴への接続をもっと考えてみようと思うようになったのが当面の課題。相米慎二の映画『雪の断章――情熱』(85)はもともと薬師丸の主演企画として長年、用意されていたことは有名な逸話であるし、松本隆による斉藤由貴三部作(編曲は武部聡志)「卒業」(85)、「初戀」(85)、「情熱」(86)はことのほか評価が高い。描かれている少女像がまったく異なり、教室どころか同時代にいる気さえしない「遠い」存在感であった薬師丸に比して、斉藤由貴に投影された少女像は実際の教室の中心にいそうなタイプ(個人的にはまったく苦手)。

「制服の胸のボタンを下級生たちにねだられ
頭掻きながら逃げるのね 本当は嬉しいくせして」(「卒業」)

 あらためて聴いてもムカつくなあ。冗談ですけど(笑)。
 『BRUTUS』特集への斉藤自身の寄稿文や相米慎二への追悼特集でも独特の、気が強そうで個性的な文体は慣れると好ましく思えなくもないのかも。
 時代思潮の変化などもあわせて両者の少女像の比較についてもう少し考えてみることにしよう。










2015年7月15日

 社会人講座「『女性』映画の現在」の締めくくりとして最終回では荻上直子と西川美和という2人のまったくタイプの異なる日本の女性監督を対照させながら紹介したのだが、どちらの作品を特に力点を置いて導入しようか迷いながら、結局、西川美和の『夢売るふたり』(2012)をメインでとりあげることにした。この種の映画論講座に参加するような方は荻上直子監督の作品(『かもめ食堂』[2006]、『めがね』[2007]、『トイレット』[2010]など)にはよく親しんでいるという背景にもよる。が、荻上作品の方がはるかにおさまりがいいことはまちがいない。フィンランド、南の島、カナダを舞台に設定することで、日本での日常の世界が相対化される。同質性が高いとされる日本では、えてして、とりわけ女性のライフコースや価値観は、「こうでなければいけない」「こうしてはいけない」などと固定化されてしまいがちであるのだが、もちろん人生の選択肢や価値観はもっと多様であるべきであって、世界の映画に目を向けるとこんな生き方もあるのか/こんな生き方でも許されるのかと驚かされることがある。「許される」も何も自分の人生だ。

 荻上作品の魅力は通常の時間や価値観、流行などから束の間抜け出して、でもそれでいてファンタジーというわけではなく、どこか違う場所で地に足をつけて生きている女性たちの姿や可能性を見させてくれるところ。

 一方、映画監督・脚本家としての西川美和は、たとえば「嘘」と「真実」のモチーフを媒介に人間の業を掘り下げていく中で、女性の表現者ならではの一歩踏み込んだ演出に最大の特色がある。登場人物の女性/演じている女優を精神的・肉体的に追いつめるかのような演出は時にサディスティック/ハラスメントという言葉を使ってまで評されることすらある。

 『夢売るふたり』は松たか子と阿部サダヲ演じる結婚詐欺をくりかえしていく夫婦を主人公とした物語であり、結婚詐欺のターゲットにされる独身女性たちのそれぞれの孤独な姿が迫真性をもって描かれている。参考上映開始早々に「うわ、社会人講座向きではなかったか」と後悔させられたのも事実。一人で物語の中に入り込む時の感覚と、引いた目で受講生の方々の反応を確かめながら観るときの感覚の違いは結構大きな違いとなるもので、「引いた目」ではなく、受講生の方々が「引いて」いく反応が伝わってくるとこちらの血の気が「引いて」いく思い。性の問題、独身女性たちのやりきれない孤独、女の業など、しかしこうしたエグいとされる描写こそが西川作品の真骨頂ではある。

 ここ数年の間に「何かお薦めの映画ってないですか?」というとりわけ女性の受講者からの問いかけに対し、「西川美和なんかどう(ですか)?」「いや私はちょっと好きになれないので」というやりとりを思えば複数回交わしてきた。賛否両論というよりも、ある人たちにとっての断固とした拒絶がとても印象深いものであった。

 小説『永い言い訳』(2015)もまた導入の逸話からすでに好みが別れそうだ。性に関する踏み込んだ逸話でもって、リアルな世界に力づくで読者を引きずり込んでいく。突然、事故により妻を失うことになる男性作家を主人公にした物語であるのだが、小説というメディアの特性を活かし、視点が節によって目まぐるしく変わっていく趣向の中で、中年男性の主人公の内面描写が「ぼく」の一人称によって語られる。なるほどこれが西川作品から抱く本能的に嫌な感じなのだろうか、と思い至った。

 最近、個人的にすっかり中学生モードになっていて、そういえば中学生ぐらいの頃って一人称は「ぼく」を使ってたなと思い出し、つい懐かしく新鮮な気持ちになっていたのだが、現在くりかえし流れているある銀行のTVCMで女性アイドルに「ボク」を連呼されるとどこか居心地が悪くなってしまう。この居心地の悪さは一体なんなんだろう?

 なかなか一人称の使い方って難しくて、広島生まれの父親の一人称はずっと「わし」だったけど、この一人称はさすがに一生使える気がしない。ちなみに広島方面での二人称は「自分」なので、これは家族の中ではつい使ってしまうのだけど、外から見るとぞんざいな印象を与えてしまうのかも。

 高校時代に筒井康隆の真似事ではじめた創作ではそのまんま「おれ」の一人称で書いたものが当時多かったけれども、これは実際には私が「おれ」という一人称を使わないがゆえの創作モードによるもので、筒井康隆を経由してれば必ず通る通過儀礼のようなもの。

 一方、「僕」といえば何といっても初期の村上春樹作品で、いい年齢した男性がいつまでも「僕」を使うのは甘えではないかという批判は昔からよくあったけれども、男性作家による一人称視点の筆致で、私自身も男性の立場から読んでいると、頭では「甘えではないか」という指摘は理解できても、実感としてはそれほどわからないままであった。

 西川美和『永い言い訳』に出てくる主人公の「ぼく」の内面描写を読んで、ああ、こういうことだったのかと実感できるのは、中年男性の肥大した自意識などが「ぼく」の一人称に凝縮されていることがわかるから。そして女性の観客が西川作品で描かれる女性像に対して抱く本能的な嫌悪はおそらくこういう目を背けたいところをえぐり出すように描くところに由来するのかな、と思う。同傾向の女性作家として内田春菊を挙げることができると思うのだが、内田春菊の方が男も女も突き放した書き方であるけれども、様々な人たちをもひっくるめて人間のあり方の多様性が示されているように思う。

 西川美和作品の登場人物たちはたいていろくでもなかったりするのだが、人間が本質的にもっている「業」を掘り下げていく中で(読者や観客はその過程において自分の要素を見出して辛い気持ちになることもあるけれども)、地に足をつけて生きている人間の姿を描ききってやろうとする姿勢が魅力なのだろう。『永い言い訳』は小説の特性を活かして、中心人物の内面と外側からの視点などを重層的に織り交ぜながら「妻の喪失」を作家である中年男性が受けとめていく物語。「感動の物語」という売り方は確かに間違ってはいないのだが、人間の愚かさをもひっくるめた人間悲喜劇(ヒューマン・コメディ)で、人間ってこんなものだよね、と最後にすとんと腑に落ちる展開が巧い。







2015年7月13日

 女の子は将来「出産」するかもしれないことを「いつ」「どのように」意識するのだろう?「社会的な刷り込み」という面もあるだろうし、「出産しなければならない」というわけではもちろんないのだけれども、自分にそんな大それたことができるとは到底思えない。
SFの想像力の世界では、ちゃんと男性が妊娠・出産する可能性を探ったものがあり、たとえば、アフリカ系女性SF 作家オクタヴィア・バトラーによる短編小説「血を分けた子子供」(1984)から、シュワルツネッガー主演映画『ジュニア』(1994)、あるいは、萩尾望都によるマンガ『マージナル』(1985-87)なども含めてコメディの素材からシリアスな仮想現実まで、「男性だって妊娠・出産してみたら?」という問いかけを様々に提供してくれている。

 空想世界としてではなく現実の問題として、男性はたとえ妊娠・出産せずともなぜかその出産という現場から逃げてしまうこともある。授業などで妻の出産や父親になることから「逃げてしまう」夫(男性)が出てくる物語を扱う際に男子学生からも女子学生からも猛烈な反発がかえってくる。「妻が出産しようとしている中でなぜ夫はその場から逃げてしまうのか? 信じられない」。ヘミングウェイの短編「インディアン・キャンプ」(1925)では夫はなぜか妻が難産で苦しんでいる背後で勝手に自殺してしまっているし、映画『JUNO』(2007)では赤ちゃんがほしくて養子縁組に躍起になっている妻の姿に「ひいて」しまった夫は突然、まだ父親になりたくないと別れを切り出し、家族を作るための養子縁組が一転して家族崩壊に変わってしまう。確かに一体「何が」「どうしてしまった」のか、理解に苦しむ夫たちの姿が様々な形で描かれている。

 産婦人科院を舞台にしたマンガ『コウノドリ』(鈴ノ木ユウ)の第9巻が刊行されたが、佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』(2006-12)をはじめ、医療の現場を舞台にした物語はすでに定評を得ているわけであり、『ブラックジャックによろしく』の系譜を継承し、発展していることを随所で意識させられる。それでも対比することで大きく異なるのは、主人公の葛藤を抑え目にして、「子どもの誕生」をめぐる様々な状況を極力「あるがままに」受け入れようとする主人公の姿勢がこの主題には似つかわしいように思う。医療現場を取り巻く環境の不備などの問題に対して批判的に目を向けるというよりも、新しい生命の誕生という神秘に対する敬意に貫かれている点こそが、様々な問題を扱っている中で、読後感を心地よいものにしている要因なのだろう。

 当事者でなければ、現在においても「出産」が必ずしも「簡単で誰にでも幸せがもたらされるものではない」という現実を、頭ではなんとなく理解できていたとしても、実感としては持ちにくいのではないか。昔も今も、母体ないし赤ちゃんの死を伴う出産の例は実際には起こりうるわけであり、場合によっては究極の選択を迫られることもある。新しい生命の誕生という喜ばしい瞬間が日常的にもたらされる中で、背後では傷つき、哀しみ、場合によっては「出産」によってすべてを失ってしまうこともありうる。産婦人科医は奇跡を起こせるわけではなく、あくまで出産をより効果的に助けることしかできず、それだけでも大変に意義のある仕事であることはもちろん間違いないが、うまくいって当たり前とみなされ、実際には何も手助けできる余地がないとしても、うまくいかなかった場合には無力感に苛まれることもあるであろうことは想像に難くない。それでなくとも病院は日々、様々な人間模様が交錯する場所であるのだが、子どもの誕生という本来、喜ばしい瞬間を迎えようとする人たちの現場で、誰しもがその喜びを享受できるわけではないという現実は想像以上に重いものであるにちがいない。

 いわゆる「情報マンガ」に位置づけられるもので、このマンガ作品の最大の魅力は産婦人科を取り巻く医療現場で何がどのように起こっているか、現場を支える人々やそこに集う患者や家族などが何をどのように考え、行動しているかを垣間見ることができるところにある。同時に、この作品を通じて感じるのは「物語(ナラティブ)の力」である。それぞれのケースに関する医療現場の立場の視点・状況、患者や家族を取り巻く視点・状況がそれぞれ詳細に描き込まれているために、たとえ自分自身に起こる出来事ではないとしても、それぞれのケースに対し、それぞれの立場に「感情移入」し、様々に思いをめぐらすことができる。

 また、このマンガで大事な点は医療を取り巻く人物たちが、普通の感性と生活をもっていることだと思う。もちろん「普通」より「ちょっと」、あるいは「とても」意識や志が高いのであろうけれども、彼らが常に抱えている葛藤は「自分たちにできることはかぎられている」ということ。そのかぎられている中で何が最善かを皆が考えようとしている。過度に理想像ばかりが描かれるよりも、登場人物たちの「迷い」を読者が共に考える方が有効だろう。「物語の力」を感じさせる医療マンガの最前線の成果であり、出産をめぐる病院という現場での様々な人間模様に圧倒される。扱われている内容は重いものが多いにもかかわらず、むしろ「生」をめぐる驚異に満ちている。








2015年7月10日

 日本映画の国際学会Kinema Clubにて、1980 年代初頭のキティ・フィルムおよび角川映画によって従来とは異なる回路から登場してきた相米慎二および大林宣彦という2人の映画監督による青春映画にまつわる比較考察を行った際に、「アジアの青春映画との違いをどのように捉えるか」という質問をいただいたのだが、その質問に対する直接の回答を避け、青春映画の比較文化という観点からはフランス映画が興味深い比較対象になるだろうと述べた。アメリカにはコメディを基調にしたティーン・フィルムの伝統があり、さらに先行するロマンティック・コメディの流れも継承していることにより、描かれている高校生たちは恋愛や性に対してある面ではオープンであるように見えながらも、実は結構、奥手でやきもきさせられるような恋愛模様であったりすることも多く、また、恋愛とは何か、性愛とは何か、というテーマに対する深まりに欠ける傾向にある。

 社会人講座で今学期は「女性映画の現在」というテーマで女性の映画監督をとりあげたのだが、そのうちの一人としてフランスのミア・ハンセン=ラブ監督(1981- )による『あの夏の子供たち』(2009)を扱った。突然、家族を残して自殺してしまった「夫」であり、3人の娘たちにとっては「父親」である家族の喪失をそれぞれがどのように受けとめ、再生していくかという物語はストーリーだけ聞けばよくある物語かもしれないが、不在となってしまった「夫/父」の足跡を家族が辿り、追憶していく様が丁寧に描き込まれている。東京日仏学院「フランス女性監督特集」などで来日しており、「フレンチ・フィーメール・ニューウェーブ」を代表する存在として日本でもすでに定評を得ている監督であるはずなのに、にもかかわらず現時点でDVDが発売されているのが『あの夏の子供たち』のみであるという事実に愕然とさせられた。アメリカ映画であれば、「DVDスルー」と称される、映画館で公開されずDVDのみの発売もよくあることなのだが、だからこそ映画館での上映の機会が大きな意味を持つのであろう。

 ミア・ハンセン=ラブ監督の経歴を辿っているうちに『グッバイ・ファースト・ラブ』(2011)という作品に興味をひかれたのだが、2012年に日本でも劇場公開がなされ、作品にまつわるインタビューなどもネット上で簡単に読めるものの、日本版DVDが出ていないのでアメリカ版を取り寄せることになった。

 主人公となる17歳の男の子と15歳の女の子は恋人同士であり、冒頭から基本「すっぽんぽん(死語)」というか、「セカイ系」というか、当人同士の中だけで世界が完結しているかのような密な関係性から物語がはじまる。「別れたら死ぬ」と、常に一緒にいることを要求する女の子に対し、愛情を持ちつつも「愛しているからこそ一人にさせてほしい」と彼女のことを重荷にも感じている男の子は彼女を置いて自分探しの旅として南米に旅立ってしまう。

 「おいおいちょっと待て」という突っ込みどころに満ちている展開であるのだが、その後、それぞれが恋愛・人生経験を踏まえた後に再会し・・・、という物語でアメリカ映画にばかり慣れてしまっていると物語の流れ方から主題の深まり方などすべてが新鮮で、特に思春期の男の子/女の子の心の揺れ動きや不安定な感情のあり方、性や身体に対する意識やふるまいなどが繊細に描かれていて、愛とは何か、性とは何か、十代において人生はどのように捉えられているのか、など根本的な主題に対しても考えさせられる。フランス映画を比較参照することの有効性を改めて認識することができた。ぜひ思春期文化論のクラスでとりあげてみたいのだけど、英語字幕しかないという理由だけでなく裸のシーンが多すぎて授業で扱うのはさすがに無理だろうなあ・・・などと思ってたら7月17日~19日まで「アンスティチュ・フランセ東京」での「WEEKEND CINEMA フレンチ・フィーメール・ニューウェーブ特集」にて『グッバイ・ファースト・ラブ』も上映されるそうで劇場で観られるチャンスが! ありがたい。

 2015年5月から6月にかけても同じアンスティチュ・フランセ東京にて「フランス映画祭特別関連企画 彼らの時代のすべての少年、少女たち フランス映画、日本映画の思春期の若者たち」が開催されており、エリック・ロメール監督『海辺のポリーヌ』(1983)や、ミア・ハンセン=ラブ監督の長編第一作『すべてが許される』(2006)などが上映されていた。唯一観た作品として個人的におもしろかったのは、同じ女性監督であるセリーヌ・シアマ監督(1978- )『トムボーイ』(2011)という男の子のふりをする10歳の女の子が別の女の子に好意を持たれてしまうという物語。性や身体、恋愛に対する考察が深められており、思春期表象にまつわる比較文化論を展開していく上でフランス映画の伝統と最新の状況から学ぶべきことはあまりにも多い(避けられない)ことを実感させられた。

 後期の社会人講座は思い切ってエリック・ロメールの「四季の物語」シリーズ(1990-98)でやってみようかな、なんて呑気に考えてたら、「もう講座パンフレットの初校落ちましたので、二校で入れますから必ず出してくださいよ(怒)」との連絡が。
は! すみません。










2015年7月7日

 なんと河出書房新社『文藝別冊』にて『総特集ゆうきまさみ』刊行! マンガ家デビュー35周年を記念してとのことだが、『文藝別冊』にとりあげられる日が来ようとは。『機動警察パトレイバー』(1988-94)をはじめ、『週刊少年サンデー』を長期間にわたって支えてきた(1984-2001)堂々たるベテラン人気作家であるにもかかわらず巨匠感がまったく感じられないところが何といっても素晴らしい。

 さすがにキャリアの長い作家だけあってどの段階で作品に触れたかによって代表作も変わってくるわけであるが、私にとっては何といってもゆうきまさみといえば『究極超人あ~る』(1985-87)であって、東京都練馬区諌坂町という架空の町にある春風高校(都立板橋高校をモデルにしたとされる)の光画(写真)部に集う高校生たちの日常を描いた物語。練馬区在住の私にとって「練馬イメージ」の原風景でもあり、学生時代に乗っていたフレーム毎にカラフルな色をしていたお気に入りの自転車にはこの作品から「轟天号」と名づけていたものだ(「轟天号」は主人公あ~るの愛用する自転車であるが、もともとは小松崎茂デザインのメカに由来するという)。影響受けてると言えば受けてるんだけど、すべて些末なイメージの断片から。

 光画/写真部でありながらもほぼ誰も真面目に写真を撮っているわけでもなく、強権的でまじめな生徒会に圧力をかけられ常に廃部の危機にさらされている。ありとあらゆる部活動を描いてきた豊かなマンガ文化の中でも、文化系のクラブでなおかつ何が起こるわけでもない日常をダラダラと描き、実はそういった何も起こらない日常こそが十代の特権であるのだが、大学生の文化系サークルの日常の光景を描いた木尾士目『げんしけん』(2002-06, 2010- )から、空気系/日常系と称される近年のアニメに繋がる系譜の先駆的作品として今では再評価されている。

 サブカルチャー雑誌『月刊OUT』にて『ガンダム』の「アニパロ」(アニメ作品のパロディ)で1980年にデビューしているように、ゆうきまさみといえばパロディであり、同時代に活躍した小説家・清水義範の作風であれば「パスティーシュ(文体模写)」ということにもなるのだが、『究極超人あ~る』においても随所にマンガ・アニメ・映画・特撮・CMなどのパロディが挟み込まれており、特にネタが明かされるわけでもないことも多く、がしかしなんとなくおもしろいという不思議な世界観を作り上げている。私にとっては女優・高峰秀子は常にこの物語のR・デコ(主人公の妹にあたるアンドロイド)の『カルメン故郷に帰る』(1951)のポーズと共に連想される。まったくもってどうでもいい知識や連想をたくさん植えつけられたものだ。

 個人的な回想になるが、『月刊OUT』は小学生時代に農家でお金持ちの友人が購読していて、なぜか彼が読み終わった号をよくもらっていた。ゆうきまさみという作家に対する認識もなしにいくつかの作品が記憶に残っていて、後に『パトレイバー』で人気作家となったことから初期作品が相次いで単行本化(『ぱろでぃわぁるど』『アッセンブル・インサート』[1989]など)された際に、「あ、あれはゆうきまさみの作品だったのか!」と驚いたことが何度もある。当時のゆうきまさみは自虐も込めて「絵日記マンガ家」と自称していたが、なんでもないマンガ家の日常が淡々と描かれているだけなのになぜか不思議と読まされてしまう。初期作品の単行本化がなされた際に正直いって「おもしろくない」と思ったものだが、おそらく「おもしろい」という言葉では捉えきれないところにこそ初期ゆうきまさみ作品の魅力があるのだろう。

 さらに余談だが、『OUT』をいつもくれていたその友人に新所沢にあった「タンデム1」というマンガ専門店を紹介してもらって、小5から中学生(1984-89)ぐらいにかけてはその店に定期的に通い、『うる星やつら』のペンケースや下敷きを使い続けていたものだ。この店はあだち充が経営(?)していた店で『サンデー』系のグッズが充実していて、高橋留美子のサインも飾られていた。さすがに『あ~る』のグッズはなかったと思うけど。実はこの友人とはマンガやアニメの話をそれほど熱心にした記憶はほとんどなくて、「おまえが好きそうだからやるよ」と『みゆき』や『うる星やつら』のポスターやグッズをどかんと定期的に家に届けてもらっていたんだよなあ。今思えば何でそんなことしてくれてたんだろう? 私も図々しいので次にほしいものをリクエストしていたような・・・。

 そんな昔話はともかくも、『あ~る』にはまったく恋愛の要素がないのも特徴的で、東京・江古田にあった伝説の喫茶店「マンガ画廊」(1976-80)に集っていた、とまとあき氏(作家)、川村万梨阿氏(声優)との「特別鼎談」に象徴されるように、両氏とも『究極超人あ~る』の登場人物のモデルでもあり、光画部の世界が体現されているかのような交友関係が見えて微笑ましい。文化系(サークル)内の恋愛問題は『げんしけん』に引き継がれ、さらには近年、話題になっている「サークルクラッシャー」(男性ばかりの地味なサークルでごく少数の女性をめぐって人間関係が悪化する現象)の概念を引き合いに出すならば、『究極超人あ~る』の男女を異性として意識しない世界観は文化系の理想郷(ユートピア/あるいは現実には存在しえない関係性)と言えるのかもしれない。
アニメ評論家・藤津亮太「『パロディ』から考えるゆうきまさみ」は、これまでありそうで意外になかったゆうきまさみ作品の本質に迫る秀逸な論考になっている。また、マンガ解説者・南信長氏による「愛すべき『脇キャラ名鑑』」では、主要キャラの紹介を完全にすっとばして「脇キャラ」の紹介のみというのもいかにもゆうきまさみの世界観ならでは。

 北海道立倶知安高校での後輩にあたるという作家・京極夏彦氏も指摘するように、ゆうきまさみの凄さは、「ほっといても勝手に上がったり下がったりするし、下手をすると消える業界」の中で35年間「上がりも下がりもしない」独自の位置をキープし続けていることにある。好きなことをマイペースでやり続けている「永遠のアマチュアリズム」とでも称すべき(B型の?)表現者のある種の理想形だと思う。







2015年7月5日

日本マンガ学会第15回全国大会は広島アステールプラザで開催され、地方大会の特色を活かし、広島ゆかりのマンガ家の原画展も同時開催された。さらに広島ゆかりのマンガ家を中心としたシンポジウムやトーク・イベントなども大いに盛り上がった。マンガ家は本質的にストーリーを考える資質、職人的に絵を描く資質と、商業誌であれば編集者と打ち合わせを必要とする際に作品について説明する資質なども要求されるからか、どの方も皆さん、話がおもしろいし、聴き手までもが創作の現場に携わっているかのような感覚を味わうことができるのがマンガ研究/マンガ学会ならではの醍醐味と言える。

 中でも現在、進行中のアニメーション制作企画『この世界の片隅に』(2016年公開予定)の監督、片淵須直氏(『マイマイ新子と千年の魔法』[2009]ほか監督)によるトーク・セッションは興味深いものだった。このたびのシンポジウムでも中心的役割をはたしているマンガ家、こうの史代氏(2012年度より比治山大学美術学科客員教授)による同名のマンガ作品(2007-09)を原作にした物語である。舞台となる昭和20年前後の広島県呉市の情景をいかにしてアニメーション作品の中で再現するか、様々な写真資料を交えながらその時代考証の過程を解説していただいた。私は広島の呉の生まれで(といっても生まれただけ)、海沿いでガラの悪い土地柄ながら(マッチョな男性性の強い文化土壌なので私がこの地で育っていたとしたら到底やっていけなかっただろうとつくづく思う)、戦時中は海軍工廠の街で活気があり、舶来文化も多く流入し、相対的にリベラルな雰囲気でもあったという。

 片淵氏によれば、制作にあたり、当時を知る地元の人たちから談話をとり、郷土史誌を含めた様々な写真をもとに当時の街のあり様を再構成し、「九嶺」(呉の名称の由来とされる)と称される山々に響く様々な「音」(サイレンなど)の意味を検証したり、当時の灯火管制の状況、バスや列車の様子やしきたりなどを様々に再現しようとしたりする試みを地道に続けられており、その熱意のあり方に感銘を受けた。まさに字義通りの「アニメーション」の言葉が示すように、生命のないところに生命の息吹を吹き込む作業の連続で、正確な時代考証をもとに戦時下のある時期の呉の街並みを再現する試みは話を聞いているだけでも大変な作業であることがわかり、同時にわくわくするような数々の「発見」に満ちている。調べたことの大半は直接には役立たないだろうという話であったが、まさに「神は細部に宿る」。今から作品の完成が本当に楽しみ。「戦時中の人々の生活感を描きたい」という監督の試みにもあるように、「アニメ」や「戦争を描いたマンガ原作」という枠組みを超えた幅広い観客に開かれた作品になるにちがいない。

 書籍展示で購入した荒俣宏編『日本まんが(全3巻)』(東海大学出版会、2015)も、今回の学会参会による主な収穫の一つ。一冊当たりの値段も高く(3500円)、インタビュー集にしては、一見、恣意的なラインナップに見えるものであるかもしれないが、さすがに荒俣宏編著であり、通読してこそ面白い。やなせたかし、ちばてつや、水野英子、水木しげる、さいとうたかを、里中満智子、竹宮惠子、萩尾望都、高橋真琴、楳図かずお・・・何度も様々にインタビューを受けてきたはずの名だたる面々で今さら新しい話題もないだろうと高をくくっているとまったくの大間違いで、これは『荒俣宏の日本まんが史』として売り出すべきだったと思う。それほど一人一人のマンガ家に対する荒俣氏によるマンガ文化史における位置づけが面白く、独自のマンガ史観が貫かれている。

 ある世代以上のアメリカ研究者であれば、東京大学アメリカ研究資料センターが昔、刊行していた『アメリカ研究オーラルヒストリーシリーズ』(31冊)の冊子をご存知かもしれない。英文学やヨーロッパ史中心の英文科や西洋史学科において制度的に確立していなかった中、アメリカ研究を志した先人たちはパイオニア・スピリッツに溢れており、どのようにアメリカ研究を進めていったのかを聞き書きの形でまとめた冊子であり、その足跡は驚異と興奮(と困難)に満ちているものであった。

 この『日本まんが』に収録されているインタビューもまた、マンガ文化が未整備の中、文化の発展に貢献した先達の証言集であり、自身も少年時代、マンガ家を志していたという荒俣氏ならではの敬意に裏打ちされた真摯なインタビューと、それぞれの談話のマンガ文化史における位置づけを毎回、導入部で示していることにより、収録された談話自体は限られたものであるけれども、たしかに日本のマンガ文化の生成・発展史が浮かび上がってくる構成になっている。荒俣氏が約束の時間に遅刻したらしく、険悪な雰囲気ではじまったインタビュー(平田弘史編)もそのままの形で再現されているのもご愛嬌というか、それだけ生の証言の記録集であることの証(?)であるものと言える。

 アメリカの新聞コミックス文化の発展史にも詳しく、アメリカの名だたるコミックス収集家との交友を持つ荒俣氏ならではの視点・歴史観で、アメリカの新聞コミックス文化の発展史を、明治期日本の輸入文化史を接続/交錯させながら、マンガ史家の清水勲氏のコレクションに重ねる形で日本のマンガ文化「前史」を辿る箇所はとりわけ読みごたえがある。

 もともとはオンライン・サイトの連載(『荒俣宏の電子まんがナビゲーター』)を書籍化するものであり、長大な談話をそのまま収録してくれる出版社がなかなか見つからなかったという紆余曲折の上に最終的に大学出版局が引き受けてくれたという背景によるものであるらしいのだが、一見、地味でありきたりのインタビュー集に見えるかもしれないけれども、通読して読むことで確かに日本のマンガ文化の黎明期を支えたパイオニアたちの気迫が伝わってくる。










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