借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

2016年04月の記事

2016年4月21日


 ロンドンのサーチ・ギャラリーにて「ローリング・ストーンズ展覧会」が開催中。そもそもバンドの展覧会がどのようにして可能なのか。バンドのあり方によっても異なるものになるであろうが、マルチメディアを早い時期から積極的に導入してきたストーンズならではのポップカルチャー/メディア文化史を展望する趣を持つものになっている。
 混沌の60年代をくぐり抜けてきただけあって解散・活動休止の危機を何度も乗り越えながら現在、オリジナルメンバーはすでに全員が70歳を超え、現役50年を超えた今もまさにラテンアメリカツアーを展開中。とりわけキューバの首都ハバナでの初公演(3月25日)はアメリカとの国交回復を記念する歴史的イベントとなった。
 解散の危機の中でももっとも深刻な時期に発表された、映像作家ジュリアン・テンプル(1952- )監督による『ビデオ・リワインド1971-84』(1984)では、ビル・ワイマン(ベース)が語り手(視点人物)となり、すでに博物館に冷凍され「収蔵」されているミック・ジャガーを解凍し、起こすところからはじまる物語仕立てのユニークな映像集。過去のプロモーションビデオや記録映像などを織り交ぜながら2人で自分たちの足跡をふり返るという設定で、「まだストーンズなんかやってるのか」という若手ミュージシャンや批評家からの揶揄を逆手にとったユーモアが小気味よい。
 当時は博物館に入れられること自体が大いなる冗談であったわけだが、さらにそれから30余年。現役であり続けながら博物館に入れられる対象にもなりうるという稀有な存在感がますます際立っている。ファンであれば、ラテンアメリカツアーとロンドンでの展覧会のどちらに行こうか迷うところであろう。「両方行く」という選択が最善であるとしても世界は広く、ラテンアメリカとロンドンは日本からは真反対。ついでに寄れる距離でもない。もはや本人たちの意思を超えていつ終了になってもおかしくない段階にさしかかっており、可能な限りライブに行っておきたいところだが、展覧会も充実した内容になっている。

 展示は9つのカテゴリーに分類されていて、結成当時の資料(キースの日記や契約書類など)やエディス・グローブでの共同生活時代の部屋の再現など地元ロンドンならではの「ここから伝説がはじまった」演出が凝らされている。「レコーディング」のカテゴリーではスタジオを再現した展示やメンバーの楽器の展示に加え、それぞれのプレイヤーの音声を調整できるミキシングの体験型展示などもおもしろい。ミック・ジャガーによる歌詞を書き綴ったノートも貴重な資料。
 さらに、ロゴマークやアルバム・ジャケット、アート・ワークやポスター、ステージ衣装などはストーンズならではの展示といえるものだろう。『メインストリートのならず者』(72)のアルバム・ジャケットに起用されている写真家ロバート・フランクやアンディ・ウォーホールら音楽の枠を超えた多彩な文化交流の有り様があらためて浮かび上がってくる。楽屋風景の再現展示でのメンバーが談笑している映像も微笑ましい。
 「ミュージック・クリップ」の展示カテゴリーにてその変遷を一望できるのも嬉しい。ミュージック・クリップの歴史自体、1966年に遡るとする説があるが、ピーター・ホワイトヘッド(1937- )監督による「ルビー・チューズデー」(66)、マイケル・リンゼー=ホッグ(1940- 、ビートルズでも有名)による「シーズ・ア・レインボウ」(66)、「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」(67)をはじめ、ストーンズはまさにその最初期から映像とのコラボレーションに積極的に取り組んでいたわけで、ライブ映画の金字塔となった1981年のアメリカン・ツアーの記録、ハル・アシュビー『レッツ・スぺンド・ザ・ナイト・トゥゲザー』(83)、ミュージック・クリップ史上評価の高い「ラブ・イズ・ストロング」(94)のデヴィッド・フィンチャー(映画『ベンジャミン・バトン――数奇な人生』[2008])、新感覚の映像作家ミシェル・ゴンドリー(「ライク・ア・ローリング・ストーン」95)など常に新進の映像作家を起用し続けてきた。
 もっとも仲が悪い時期のミックとキースであっても、ギターで殴りかかるんじゃないかと思われるほどの緊迫感が映像にそのまま込められた「ワン・ヒット(トゥ・ザ・ボディ)」(86)があり、ミック・ジャガー以外演技にさほど興味がなさそうな面々なのにまんざらでもない感じで皆つき合ってるのが不思議。
 中でも私にとってはジュリアン・テンプル監督によるアルバム『アンダー・カヴァー』(83)期のプロモーションビデオは強烈な印象をもたらすもので、「アンダーカヴァー・オブ・ザ・ナイト」ではキースがテロリスト役に扮し、一人3役をこなすミック・ジャガーと銃撃戦を展開するショートフィルムさながらの圧巻な内容。「トゥー・マッチ・ブラッド」は「血が多すぎる」という曲名そのままに恐怖の幻想にとらわれていく登場人物たちの物語/心理描写と演奏場面とが交錯するもので、MTV時代の中でもミュージック・クリップの実験場の最先端をひた走っていた。 

 ミック・ジャガーのソロ・プロジェクト『ランニング・アウト・オブ・ラック』(84)はミックのソロ・アルバム『シーズ・ザ・ボス』(85)をモチーフにした映画で、ミックおよびジェリー・ホール夫人(当時は事実婚)も本人役で登場している(しかもミックの浮気に愛想を尽かす設定)。誤って南米に送られてしまったミック・ジャガーが必死に自分がロック・スターであることを示そうとするも誰からも相手にされない展開など、「ロック・スター」ミック・ジャガーに対するメタ批評にもなっていてなかなかの傑作。
 またステージの設営デザインに趣向を凝らしてきたのもストーンズならではで、とりわけ1989年のスティール・ホイールズ・ツアー以降、ライブ・ツアーの規模が拡大していくのに比例して巨大なステージ・デザインもライブの重要な見どころになっていった。ステージセットにお金と労力をかけすぎという批判もありながらも、ステージ・デザインにせよ、ミュージック・クリップにせよ、根幹に音楽があるからこそ50年にわたって現役であり続けることができているわけで、ツアーの際にできるだけ新曲を発表しようとする精神は今でも貫かれている。

 ここ数年は旧譜のアーカイブ化、ブートレグ盤として出回っていたライブ音源の公式リマスター化などの活動もきわめて活発になされており、待望のオリジナル・アルバムも進行中であると聞く。キース・リチャーズのソロ・アルバム(2015)やミックのソロ・プロジェクト「スーパー・へヴィ」(2011)も好評を得てきているだけにがぜん期待は高まる。
 展覧会内の撮影は残念ながら禁じられているが、272頁ある図録(カタログ)は充実していて素晴らしい(ハードカバーとペーパー版があるが、ペーパー版でも相当重い)。会期は9月4日まで。2日分入館可能でゆったり展示を楽しむことができるVIPチケットもお勧め。







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2016年4月20日



 喜劇王チャップリンが晩年を過ごしたスイス、ヴェヴェイの邸宅が博物館「チャップリン・ワールド」として一般開放されることになり、いよいよオープン。
 チャップリンの127回目となる誕生日4月16日にあわせたプレス向け会見・取材、17日の一般公開に先駆けて15日に関係者向けお披露目会とVIPパーティが行われたのですが、日本チャップリン協会会長・大野裕之さん、世界的コレクターの大久保俊一さんに随行させていただく形で訪問させていただいてきました。
 日本チャップリン協会の発足を記念した国際シンポジウムが2006年に京都で開催され、あれから早十年。さながら同窓会のように世界のチャップリン研究者・愛好家の方々と、チャップリンが愛した街ヴェヴェイの、しかも私にとっては映像や写真の中の世界でしかなかったチャップリン邸にて再会させていただくのも嬉しいかぎり。
 
 博物館の詳細については今後様々な形で紹介されることになると思うので興をそがない程度にまずは私自身が楽しめた点を挙げておくと、チャップリンの作品世界のエッセンスを凝縮したダイジェスト映像を映画館で鑑賞した後にロンドンの街並みがあらわれ、映画の作品世界の中に入り込むことができる「スタジオ」の体験型展示が大いなる魅力となっている。さらに『キッド』(21)、『黄金狂時代』(25)、『サーカス』(28)、『街の灯』(31)、『モダン・タイムス』(36)、『独裁者』(40)、『ライムライト』(52)など代表作の中から一場面程度が抜き出され、チャーリーをはじめとする登場人物たちの人形とともに有名な場面を「体験」できる趣向が凝らされている。どの場面が選ばれているか、自分ならどの場面を選定・体験してみたいのかなど想像をめぐらせるのも楽しいだろう。写真撮影はすべて許可されており、現在のSNS時代ならでは。それにしても皆さん迫真の演技でユーモアを交えて写真撮影に興じている。
 また、チャップリン邸「マノワール・ド・バン」がそのままミュージアム化されており、チャップリン家が過ごしていたかつての時代に想いを馳せながら、邸宅にお邪魔させていただくような気持ちを味わうことができる。実際の家具などの調度品も数多くそのまま保存されており、チャップリンが家族と共に過ごしたプライベート・フィルムや写真の数々に囲まれていると、その映像や写真に写っている邸宅にまさに今滞在しているわけで不思議な感覚にとらわれる。世界有数の避暑地として知られるヴェヴェイは山や湖、芝生の緑やワイン畑、カラフルな花など色彩豊か。庭の遊歩道を自由に散策することができるのも贅沢な楽しみ。

 スイス時代のチャップリンは、アメリカ追放後、スタジオも失い、発表した作品数も少なく地味に映るのは否めないが、何といっても20年以上にわたって過ごした終の棲家であって、ファンにとってはリラックスして家族との時間を謳歌していたチャップリンのスイス時代にどっぷり浸ることできるのが嬉しい。文学作品としても評価の高い『自伝』(1964)に加え、未完のプロジェクト『フリークス』構想なども含めて晩年のチャップリン像は研究面からもあらためて注目されている。
 ミュージアム化の企画スタートから16年かかっており、ギフトショップも含めて愛情あふれる丁寧な仕上がりになっている。間口は広くそれでいて奥深いチャップリンの作品世界そのままに、熱心なファンからなんとなく存在は知ってるけどちゃんと作品を観たことがないという層に至るまで幅広く楽しむことができるはず。ファミリーでの訪問も多く見込まれることからも、幼少時にこのミュージアムを通してチャップリンの世界に触れ、やがて実際の作品に親しみを持つようになるような展開も期待される。未来の専門家がここから生まれるかもしれない。
 現在はオープンしたばかりで図録(カタログ)がまだないのでぜひしっかりした版で制作してほしい。また、隣町のモントルー(ジャズ・フェスティバルで有名)にはチャップリン・アーカイブがあって原資料の数々が収蔵されているのだが、いずれはこのミュージアムを中心に研究センター化されていくとさらに素晴らしいと思う(資料のデジタル化および最先端の研究はイタリア、ボローニャのチャップリン・プロジェクトでなされている)。

 このたびは世界屈指のチャップリン研究者・愛好家とともに滞在できたこともあり、解説つきで博物館を見学できたばかりか、チャップリンのお墓参りや彼が愛した公園「チャップリン・パーク」、レマン湖を臨む銅像などもまわることができ、まさに聖地巡礼の趣に。きわめつけはフランスのチャップリン・コレクター、ドミニク(Dominique Dugros)さんの案内で1978年に起こったチャップリン遺骨盗難事件の際に遺骨が隠されていた場所をも訪問することができた(フランス映画『チャップリンの贈り物』[2014]などでも題材に)。
 さらにVIPパーティでは『ニューヨークの王様』(1957)にてルパート少年役を演じたチャップリンの三男マイケルさんと一緒に写真を撮らせていただいた(しかもレッドカーペット上で!)。チャップリン家に加えて『ライムライト』(1952)の主演女優クレア・ブルームの姿も(大野会長に「緊張しすぎ」とからかわれるが、ふつうはそりゃそうでしょ)。
 博物館「チャップリン・ワールド」はジュネーヴ空港からスイス連邦鉄道でローザンヌを経由して一時間弱のヴェヴェイ駅からバスで十分程度。アクセスはわかりやすく絶景の避暑地でもあるので機会あれば多くの方にぜひ訪れていただきたい。今年オープンした「モダン・タイムス」という公認ホテルも近隣にある。夏には未発表原稿『小説ライムライト』(上岡伸雄訳、集英社)も翻訳刊行予定であり、今後も楽しみは増すばかり。










2016年4月19日

 

 2011年3月の九州新幹線全面開業にあわせて誕生したくまモンは、名城として知られる熊本城の基調を成す黒をイメージして造形されているそうで、その熊本城をはじめとする街が深刻な震災被害を受け、新幹線も脱線し、様変わりしてしまっているニュースを滞在先のスイス、ヴェヴェイにて知る。
 耳慣れないフランス語を介して映されているその光景やSNS、報道を通して知る被災地の中には、数年前に「くまモンスクエア」を訪れた際に足をのばしてまわった別府・由布院を含めてなじみの街もあって、特別なゆかりがあるわけではないのだけれど、ぬいぐるみ、クレジットカードの「くまモンカード」やPCの壁紙など人一倍くまモンにお世話になってきているだけに様子が気になるが何もできないのがもどかしい。
 配偶者の幼なじみが熊本でスイカ農園を営んでおり、毎年、初物のスイカを送ってくれていて、そのスイカが届くと夏の訪れを実感する。くまモンのほっぺの赤色は熊本名産のトマトにちなむらしいのだが、食材にトマトを一切使用しない家庭(単に母親の偏食による)で育った私は申し訳ないことに今でもトマトは食べられなくて、ほっぺの赤色は私にとってはスイカの連想と結びつく。
 くまモンの生みの親である蒲島郁夫県知事は高校卒業後、地元の農協に就職したことを契機に米国での農業研修を経て苦学して米国の大学に学び、やがて大学教授(政治過程論)となった後、郷里熊本の県知事をつとめるに至った異色の経歴で、くまモンのコンセプトが体現するように型にはまらないその柔軟な発想に共鳴し、くまモンをより一層応援するようになった。キャラクター使用料をとらず、皆で街を活性化させていこうとする「楽市楽座」の発想や、まだくまモンがまったくの無名時代に幼稚園・保育園の訪問を受け入れてもらったという経緯を今でも大切にしていて、どんなに忙しく有名になっても幼稚園・保育園からの出動依頼は最優先に受けるという姿勢など感銘を受けることは数多い。

 スイスへの移動にあわせて持ち込んだ熊谷達也の新作小説『希望の海 仙河海叙景』(集英社)は、気仙沼の中学校で教師経験を持つ作者ならではの連作小説群の一作であり、この作品で一区切りとなるという。作中には震災当日のことが直接描かれることなく、「以前」と「以後」の登場人物たちの「日常」に焦点が当てられている。そうした仕掛けを事前に承知していながらも「以後」をめぐる物語の中でぞくっとさせられる読書体験をしたばかりであったこともあって、災害や事故は誰にでも、どこででも起こりうるという実はごく当たり前のことにあらためて気づかされ、そして何気ない日常のありがたみがより切実に響く。
 深夜に連続して起こった熊本・大分地区の巨大地震、その後もくりかえされる余震、生活物資や情報が寸断されてしまう中で雨など気象条件も悪く、心中察するにあまりある。現在はプロとして訓練を受けている方々を中心に救助・支援活動が続いている段階であろうが、その活動がもっとも効果を発することを、救助や支援を求めている人々の声が早く的確に届けられることを願う。被災地とひとくくりにできないぐらい置かれている状況がそれぞれ異なるのも当然で、行政も外野も混乱が続いているように耳にするが、実地での対応ははじめてのことであろうし、できるだけ皆が寛容であってほしい。支援状況をめぐる様々な問題についてはSNSの情報共有も有効だろう。

 くまモンは九州以外の出演予定も現在はすべてキャンセルされていて、今はそれどころではないのはむろんとして、また「これまでのように」(これ以上頑張らなくていいので)皆の前に出てきてくれる「日常」が早く戻ってくれますように。SNSでは台湾や香港をはじめとする海外からの応援イラストなども多く投稿されていて、くまモンが築いてきた幅広いネットワークならでは。皆がそれぞれの立場で「共感」を寄せ、できることを示してくれている。
 配偶者の幼なじみからは最初の地震から数日たって無事の連絡をもらうことができたのだが、地震でしっちゃかめっちゃかで水道などのインフラも止まっている中、農園の復旧に全力を注いでいるという。そのたくましさにこちらが励まされてしまう。せめて頑張りすぎないでほしいと思う。スイカだけではなく、実はトマトも含めて多面的に経営していることをこのたびはじめて知った。熊本の野菜も積極的に購入させてもらうことにしよう。











2016年4月8日



 マンガ『聖☆おにいさん』(2012-『モーニング・ツー』連載中)でもくりかえしギャグとして描かれているように、イエス・キリストの降誕を祝うクリスマスに比してブッダ(釈迦)の誕生日は今一つ地味であるかもしれず、地域や世代、宗派による差はあるだろうが「花祭り/灌仏会(かんぶつえ)」などの名前で総称される宗教行事自体ほぼまったく馴染みがない人もいるかもしれない。かくいう私も4月8日はたいてい始業式などで学校にいることが多かったわけで、偶然お寺の前を通りがかった際に甘茶をふるまわれ、「これが噂に聞いていた花祭りか!」と感動したのは比較的最近になってからのこと。
 現在に繋がる日本での「花祭り」の起源は、遡れば明治時代の浄土真宗にたどることができるという説もあり、本来、旧暦で換算すべきところを日本の関東地方以西では桜が満開になる時期であることから「花祭り」として定着していったという。
 何らかの事情で使い物にならなくなった不適格品のことを「おシャカになる」という表現があるが、 熱する火が強すぎてダメになってしまった金物に対し、「火が強かった」⇒「しがつよかった」⇒「4月8日だ」⇒「釈迦の誕生日」というかなり強引な連想による江戸時代鍛冶職人の隠語に由来するという説もあるそうで(諸説ある)、その真偽はともかくも言葉や文化の成り立ちっておもしろい。
 だからこそブッダとイエスが日本の東京立川の安アパートの一室で下界生活を楽しむという日常ギャグ・コメディ『聖☆おにいさん』の、どこまでが本当のことでどこからが虚構かわからない微妙なさじ加減の設定が絶妙で、コミックス12巻第82話では今一つ地味なブッダの誕生日を盛り上げようと「春の脇祭り」が提唱されている。ブッダが母親の脇から生まれたという逸話から、「大切な女性の右脇に挟ませると子宝に恵まれる」脇はさみ人形(焼)を流行らせようという展開になるのだが、まあ実際あったとしても流行らないでしょうね。
 
 話変わって岨手由貴子(1983- )監督映画『グッド・ストライプス』(2015)は、破局寸前だったマンネリ状態のカップルが、妊娠を期にお互いのルーツや家族を探っていく中で新しい家族になっていく話でその赤ちゃんの予定日が4月8日。ここでも何となく「お釈迦様と同じ誕生日」ということが話題になるもそれ以上でも以下でもないのだが、妊娠を期に何となく結婚することになり、結婚式を挙げるに至るまでの数か月を描いた、あらすじだけ聞けばごくありふれた物語が不思議な味わいの作品に仕上がっている。何となくダラダラとつきあっていて、そろそろ別れようかという状態であった主人公のカップル(中島歩・菊池亜希子主演)をはじめ、友人や同僚、それぞれの親や姉妹などをめぐる微妙な距離感や、丁寧に設定されたそれぞれの背景が繊細に描かれていて、何か特別にものすごいことが起こるわけでもないのに惹き込まれてしまう。
 岨手由貴子監督にとって最初の長編商業映画となるらしく、私が水戸に居住していた時期に「水戸短編映画祭」入選作(2004)として印象に残っていた表現者であったこともあって個人的に勝手に感慨深い。水戸短編映画祭は同じく学生時代に入選した辻下直美監督(1983- 「最後のつぶやき」[2011]ほか)など若い世代の質の高い作品が多く寄せられていて毎回楽しみだった。

 さて、そんなこんなで近年は大学もスタートが早く、4月8日もすっかり通常の授業期間になってしまい、ここ数年は「いやあ、今日誕生日なんだよね」などと言って関係性も構築できていない初対面の学生にお義理の愛想笑いとお祝いの言葉を強要してしまうような感じで申し訳なかったのですが、今年は教授会で会議日。
 そういえば、アメリカ滞在中、あちこちのレストランで「ハッピー・バースデー」の合唱がはじまる場面に出くわすことが多く、いくつになっても誕生日を大切にする文化も悪くないなあとちょっとだけ憧れてみたりしながらも、実際に自分のために合唱されたら居心地悪く思ったりもするので「自意識過剰の認識不足」(©『探偵物語』1983)でめんどくさくてすみません。新しい年度のはじまりでもあるので気持ちを新たに、好きなことを好きなようにやり尽せるように初心にかえって頑張っていきたいものです。







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