借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

2016年05月の記事

ちょっと普通じゃないのがすごい(2016年5月23日)


 「劇団とっても便利」による5年ぶりの新作ミュージカル『カフェ・ママン』がスタジオ・ヴァリテにて5月19~22日まで公演。1995年に京都大学にて旗揚げされた劇団も早20年を超え、出発点となる京都大学近くに位置するスタジオ・ヴァリテでのホームグラウンドに戻り、「原点回帰」の意味を込めたという。プロデュースや著述・国際的なチャップリン研究など多方面で活躍している主宰の大野裕之のみならず、劇団の主要メンバーも古典劇を含む劇団外の舞台や映画出演など順調に活動の幅を広げてきているのだが、ここ数年の多彩な活動の成果を待望のオリジナル新作公演で発揮してもらえるのは嬉しいかぎり。
私が劇団とっても便利の公演に触れたのは2001年の新宿タイニイアリスでの『バイセクシュアルな夕暮れ』が最初であり、小劇場が原体験となっていたこともあって、このたびの物語および郷愁を誘う音楽の効果も相まって、ふと居心地のよい懐かしさにとらわれる。ロンドン・ミュージカルによる影響を出発点にしてきたことからも社会派の題材をミュージカルの現代劇として表現することで独自の領域を広げてきた劇団であるだけに、久しぶりの新作公演ということで「現代」「社会」を今どのように切り取る/描くのだろうかという関心を強くもっていたのだが、ノスタルジックな要素もまた初期から得意としてきたもので、その点でも原点回帰にふさわしい作品となった。

 『カフェ・ママン』の物語の主人公である百代(佐藤都輝子)と、少女時代から姉妹のように家族ぐるみで育ってきた幼なじみ、円(まどか)(上野宝子)の2人は、アルバイトとして厨房を担当する青年「じろう」(多井一晃)と共に、百代がとりしきっている「カフェ・ママン」で日常を過ごしている。円は小説家志望で店に入りびたり、パソコンを抱えながら文章を常に書き続けているが芽が出ないままでいる。百代の方は少女時代に大好きだったママ/母親の想い出がつまっているカフェの空間を大事にするあまり、経営難を自覚しながらも変化を好まず現状に甘んじている。実際に少女時代役の役者を併置させながら、現在と過去の回想とを交錯させることで、幼なじみとしての2人の関係性が複層的に表されている。
パパ(中島ボイルももう父親役!)が亡くなったママそっくりの再婚相手を連れてきたところから物語は展開していくのだが、あらすじの紹介ではうまく伝わらない、ゆるやかな時間の流れ方は、現在の劇団主演女優である佐藤都輝子のキャラクターによるところが大きいのだろう。すでに実績も相応に積み上げてきているはずであるが、いつまでも擦れた感じがしない独特のやわらかい雰囲気で、「変わらないままでいたいこと」と「それでも変わっていってしまうこと」の狭間で揺れる役どころを好演している。幼なじみである円とは子どもの頃から言いたいことを言い合える仲であるが、大きな変化が起こっていく中でその関係もぎくしゃくしていってしまう。

 劇団とっても便利は20周年といっても、学生劇団から出発していることからもメンバーの移り変わりも激しいようであり、これまでも公演毎に客演やオーディションによる新たなキャストも加わりながら発展を遂げてきた。本公演でも劇団のコアメンバーが個性的な演技と役どころでリードし、新しい顔ぶれの新鮮な持ち味をうまく引き立てている。不思議なぐらい本公演では男女のカップルが出てこないのだが、多井一晃と鷲尾直彦による「やさしさ」と「傷つきやすさ」とを繊細に描く名場面をはじめ、親子であれ、親友/友情であれ、関係性の機微や、環境や歳月の変化に対する戸惑いなどの細やかな心情の変化、感情の発露がミュージカルならではの多彩な歌と多様な手法によるダンスによって表現されている。ホームグラウンドである小劇場だからこそ狭いスペースを存分に効果的に駆使しながら展開され、個々のキャストの動きや生の歌声をじっくりと鑑賞できるのも魅力。
二幕構成の中でモチーフとなる音楽やダンス表現、物語のトーンなども起伏に富んでいるのだが、プロットや小物の細部にわたるまで巧みに構成されており、2時間を超える上演時間があっという間に過ぎてしまう。群集劇であり、キャストが複数の役柄を演じていることもあり、この劇団が得意とする複数の場面が同時に展開される手法など、複数回同じ公演を観ることでより一層味わいも増してくるだろう。

 これまでの作品においても若い世代の登場人物たちが大人になっていく瞬間を捉えようとするところに特色があったが、劇団が歳月を重ねてきたことにより、「成熟」の要素も主要なモチーフとして表れてきているのが本作の特色。変わらないことを望み、懐かしい雰囲気に包まれながらも、それでいて単なるノスタルジアに留まらず、これから新しい世界が開けていくのではないかという予感を、少女時代役の2人の子役女優(田中里奈・川口真菜)が象徴しているように思う。物語上、少女時代は過去の回想という位置づけであり、もう戻れない過去の姿でもあるのだが、実際に舞台で伸びやかに演じられるとその溌剌さが印象として強く残る。劇団とキャストが歳月を重ねていくことによる「成熟」と、対照的な「若さ」とがここでもうまく引き立て合っている。ほか、セラピストの資格を持つという女性弁護士役の高島怜奈は声楽を専攻しているそうで、新たな顔ぶれも個性的で多彩さが際立っている。

 ミュージカル自体はじめてという若い世代の観客も多く、帰り道、興奮しながら感想を喋り合っている姿が印象深いものであった。
「キュートすぎて、ちょっと普通じゃいられないみたい」という挿入歌のフレーズがまさに示すように、劇団とっても便利の作品世界は、キュートでキャッチーな曲を軸に、「ちょっと普通じゃない」感じの物語展開やテイストを織り交ぜていくところにその独自性がある。本作の再演も含め、今後もコンスタントに公演を発表していってほしい。
(『カフェ・ママン』[全6公演]作曲・脚本・演出 大野裕之、2幕、上演時間2時間10分)

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進化しつづける少女ときどき男の子(2016年5月13日)


 大森靖子『TOKYO BLACK HOLE』(2016)はメジャーデビューから2枚目(通算4枚目)となるフル・アルバムで2月に発売された先行シングル「愛してる.com」と併せて妊娠・出産後としては初めての作品リリースとなる。「エイベックス商法」などと時に揶揄されるように、メジャーデビュー1枚目の『洗脳』(2014)では特典となるDVD映像が2種類用意されていて両方ほしいと思うのであれば同じアルバムを2枚購入する必要があったのだが、シングル「愛してる.com/劇的JOY!ビフォーアフター」の限定版(1500部)は通常版のおよそ十倍(!)の値段に相当するもので、その分、豪華ボックス仕様、直筆サイン、Tシャツ、「黒歴史年表」と称するブックレット付。確かに高級化とデフレ志向の二極化が著しいとはいえ、通常の十倍の値段というのは「そんなもの買っていいのだろうか」となかなかの背徳感を感じさせるものではあった。
 アルバム『TOKYO BLACK HOLE』の方は、特典として奥浩哉イラストによる限定パッケージ、「映像DVD」(プロモーション+メイキング映像)に加え、出産前のおよそ一カ月間におよぶ「日記」および「自作解説」に作家・朝井リョウの「解説」を収めた合計200頁におよぶ特製ブックレット『東京/●/Diary』が付いていて充分すぎるほどのお得感がある。高校時代にブログをはじめたという彼女は当時、毎日3000字を書いてアップし、さらに銀杏ボーイズの峯田和伸に長文のメールをくりかえし送りつけていたそうで、表現者になる人というのはそれほどまでに文章がほとばしりでてくるものなのだろうと納得(圧倒)させられる。

 基本は産休中とはいえ、このアルバムのレコーディング作業やアイドルユニット「ずんね」への楽曲提供(「14歳のおしえて」)など仕事も続いている中、毎日かなりの分量が日記として綴られていて、「東京で生活する表現者の日常」としても、「出産を直前に控え、これからまさに母親になろうとしている女性の日常」としても読みごたえがある貴重な記録であり、日記文学としての含蓄もある。大森靖子は映像との相性がよくドキュメンタリー映像の記録もありえたと思うが、やっぱり「ことばの人」でもあっていずれ小説なども読んでみたい。
「あたしの有名は 君の孤独のために光るよ」というフレーズが力強く響く、2015年に唯一リリースされたシングル「マジックミラー」はメジャーデビューを「自傷行為」として捉え、有名になっていくことに比例してネガティブな反応に常に晒される状況に戸惑いながらもそれでも乗り越えていこうとする表現者の苦悩と決意とを表した楽曲であったのだが、都会の中でたくましく生きる様々な女の子たちの日常の情景を主に描いたアルバムの中に収まると、シングルの時ともまた違った味わいが生じてくる。ダウンロードによる曲ごとのバラ売り、ランダム再生などでアルバムのあり方自体が変容しつつある中、曲の配列により既発表曲の趣が変わって見えるのはやはりおもしろい。
 出る杭は打たれる/揚げ足をとられる傾向がますます強くなっている昨今の風潮では、確かに相当の覚悟がなければ「有名人」としての生活を送ることなどできないだろう。大森靖子はもっとずっとメジャーになってしかるべきだと思うが、知名度があがるということはそれだけ不特定多数の様々な価値観に晒されることになるわけで、様々なプレッシャーや悪意、中傷に苛まれることがあったとしても誰か一人の孤独を明るく照らすことができるのであれば本望という覚悟が小気味よい。

 内田春菊によるマンガ『幻想(まぼろし)の普通少女』(87-92)は、80年代に生きる女の子たちが「普通の女の子」という概念にあまりにも縛られてしまっている状況に対して、その呪縛からの解放/逸脱を促したメッセージ性の強い作品であったが、こうした一元的な価値観は今現在でもある程度は束縛になり続けているのかもしれない。
 「あらゆる女の子を肯定したい」というアルバム『絶対少女』(2013)のコンセプトが示していたように、「こんな生き方/スタイルでもいいんだ」というロールモデルを示してくれるのも大森靖子の魅力であり、ライブ会場には女性のファンの姿も多い。結婚を発表した際にファンがほとんど減ることがなかったそうだが、それはまあそうだろうとは思う。
 大森靖子の詞の世界の女の子たちはいつも元気一杯に自分の感情をぶつけあっていて、「バイトなんかいかないで」、「好きの気持ち1秒前より1gでも減っちゃってたら殺す」なんてそんなこと言われたことなんてあるわけないから私にはまったく遠い世界なのだが、にもかかわらずなぜか他人の気がしない、身近に感じられて微笑ましいと思えるのが不思議。
 さらに、『TOKYO BLACK HOLE』での大きな特徴は「僕」という男の子の一人称目線の視点が導入されていること。「給食当番制反対」では小学校の荒涼とした教室にいる孤独な少年の姿が浮かび上がってくる。なぜか後半で「ママに作った手編みのマフラー カーテンレールにぶらさげて」と自殺を示唆する展開になり、はて、男の子がお母さんのためにマフラーを編むものだろうかと思ったら、マフラーをカーテンレールに吊るして自殺した女の子の実際の話を入れ込んだらしい。筋としては整合性がないように映るのだが、男子女子を問わず孤独な小学生の心象風景がイメージで繋ぎ合わされている。暗い歌詞であるはずなのに清々しさすら感じさせるのは、突き詰めて孤独に向きあうことによって見えてくる向こう側の世界が示されているからではないか。

 近年のアイドル・ソングでよく見られる「君と僕」の身近でフラットな男女の関係性を描く際に用いられる「僕」の用法とも異なり、アルバムのラストを締めくくる「給食当番制反対」「少年漫画少女漫画」と続く流れは、孤独を抱えた男の子の心象に寄り添う歌詞が印象深いもので新境地だと思う。
 アルバム中、異質なのはプロデューサーである直枝政広(カーネーション)とのデュエット曲「無修正ロマンティック~延長戦」で、大森が用意していた歌詞を直枝が大幅に上書きすることにより、結局、二人の共作としてクレジットされている。身近な口語を歌詞に仕立て上げるのが大森靖子の歌詞の真骨頂なのだが、そこに異質な語彙や散文的な流れが混入されているのがよくわかり、それでいてコラボレーション曲としてお互いの要素を引き立て合っている。
 サウンドプロデューサー(奥野真哉、出羽良彰、大久保薫、亀田誠治、ミト[クラムボン]、サクライケンタ)、ミュージッククリップにおける映像作家(柿本ケンサク、番場秀一、二宮ユーキ)も曲ごとに多彩なクリエイターが起用されている。孤独を抱えながらも都会でたくましく生きる孤高の境地がどことなく作品全体を貫いていて、多様性と統一感の絶妙なバランスもアルバムならではの醍醐味。
 出産をまたいで制作されていることから、「しばらく歌を歌っていなかった状況でサラッと歌ってみたテイクが歌える喜びに溢れていてとてもよく、そのまま利用した」(「少女漫画少年漫画」)と自作解説にあるように、表現する喜びに満ち溢れているのが最大の魅力。
 すぐにでも全国ライブツアーを期待したいところなのだが、全国ツアーはなぜか間があいて10月から。東京はそれでも何かと機会は多く、4月には新宿ロフト40周年を記念した緊急自主企画ライブが単発であり、6月には東京・京都・甲府での「弾き語りハミングバード爆レス歌謡祭」ほか、月例トークイベント「実験室」などが予定されている。



















2016年5月9日

 なんとフリースタイル社から「小林信彦コレクション」の刊行がはじまっており、その第一弾は『極東セレナーデ』(87)で、しかも江口寿史によるイラストが表紙。近年、電子書籍では入手困難な旧作が復刊されているとはいえ、待望の復刊であり、ありがたく喜ばしいのだが、当面、第二弾が『唐獅子株式会社』(78)であること以外はいつまで続く見込みであるのすら公表されていない。
『極東セレナーデ』は1980年代後半に流行した「ギョーカイもの」に位置づけられる作品で、大学卒業後、零細出版社で働いていた朝倉利奈を主人公とするシンデレラ・ストーリー。出版社の就職にこだわり、ポルノ雑誌のアルバイト編集者として働いていた彼女はわずか4ヵ月で表現規制による雑誌廃刊に伴い無職になってしまうのだが、文才とエンターテインメント好きを買われて、ニューヨークのショービジネスをレポートする特派員に抜擢される。これだけでも充分なシンデレラ・ストーリーとして成立するのだが、手の込んだ「知的アイドル」としての売り出しに本人の意思を超えて巻き込まれていく。広告代理店企画部長であり、タレント事務所経営者でもある氷川秋彦によるユニークなアイドル・プロモーション戦略は、雑誌『ヒッチコック・マガジン』編集長、テレビ・バラエティの発展期に構成作家として活躍していた著者ならではの芸能界/広告業界の光と影を反映したもので今読んでもおもしろい。
 若い女性の実際の語り口を小説に導入する「新・言文一致体」を目指した実験であったと述懐されているのだが、今となってはさして目新しいものではないものの、橋本治『桃尻娘』(78)をはじめとする同時代小説の主要な関心事であり、小林自身による『オヨヨ島の冒険』(70)における女の子の一人称口語文体にさらに遡ることもできる。

 2011年の東日本大震災に付随して起こった原子力発電所事故以来、この作品に対する再評価の兆しがあらわれるのだが、「知的アイドル」として売り出されていた主人公が原発を推進するキャンペーンに抜擢されてしまう展開はこの物語の中で確かに大きな意味を持つ。広告とメディアと原発をめぐる関係が想像以上に根深いものであることを私たちは2011年以後知ることになる。「放射能はいらねえ 牛乳を飲みてえ」(「LOVE ME TENDER」)と歌ったRCサクセションによる『COVERS』(1988)が発売禁止を言い渡される事件が起こるのもこの作品の発表後の話である。
 とはいえ、『極東セレナーデ』がそうした原発をめぐる観点からのみ再読されるとしたらつまらない/もったいないと思っていたところ、文芸評論家の斎藤美奈子による解説(「バブルとバブル後を先取りした物語」)を通して浮かび上がってくるのは、この作品が持つ同時代性であった。原発をめぐる観点からの再評価を牽引したのがそもそも斎藤氏であったわけだが、同氏による編著『1980年代』論を併せて読むと、この作品が1980年代を代表する作品たりうることがよくわかる。
 さらにいえば、解説の原稿が書かれた後になるであろう2016年上半期における芸能ニュースを経た私たちからすれば、「アイドル/芸能界とは何か」、「週刊誌ジャーナリズムとは何か」、「広告業界とアイドル/芸能界との関係性」の本質をもこの作品に読み込むことができるだろう。1980年代半ばは写真週刊誌の過熱ぶりが問題視され、マスコミ・ジャーナリズムとプライバシーの問題に注目がなされた時代であるが、現在、週刊誌ジャーナリズムのあり方が問い直される局面をまた迎えつつある。広告代理店や芸能事務所の旧来のモデルが移行期を迎えている今、業界のあり方、アイドルとは何かを再考する上で多くの示唆をもたらしてくれるにちがいない。

 私自身が小林信彦の小説を熱心に読んだのは、映画『紳士同盟』(86)公開後、中学から高校生にかけての時期で、中でも『夢の砦』(83)、『世間知らず(『背中合わせのハートブレイク』)』(88)と、この『極東セレナーデ』は勝手に三部作と命名して愛読した作品。著者自身が「B型ヒーローの系譜」とみなす傾向が共通しており、周囲になじめない孤独を抱えた主人公(『極東セレナーデ』では氷川秋彦)が自分の感性の赴くままに突っ走っていたら足元をすくわれたり、社会のしがらみに巻き込まれて失脚/敗北してしまったりする、いわば「破滅の美学」を描いた物語群であり、小林信彦の主人公はいつも傷つきやすく、センチメンタルであるのも十代の心性によく響くものだった。
「B型ヒーロー」の概念として著者が引き合いに出すのは夏目漱石の『坊ちゃん』であり、生卵をぶつけて溜飲を下げるのはフィクションの中では確かにクライマックスとして盛り上がるけれども、失脚/失職後も人生は続くわけで、『夢の砦』も『極東セレナーデ』も『世間知らず』も人生の儚さばかりが際立って映る。今日では血液型性格分類は疑似科学として旗色が悪いのだが、著者は漱石、大岡昇平に連なる主要なモチーフとして捉え、『坊ちゃん』の世界を裏側から描く『うらなり』(2006)において、より直接的に結実させている。

 斎藤美奈子・成田龍一編『1980年代』(河出書房新社、2016)は、政治・国際情勢・社会・フェミニズム・カルチャー・思想・プロレス・マンガ・映画など様々な観点から1980年代を立体的に捉えようとする試みであるのだが、中でも今現在との対比で見えてくるのは、文学と批評に大きな力があった時代であったということ。中でも「ニューアカデミズム」の隆盛は大学のレジャーランド化という現象と実は表裏一体であったのだろうが、文学や思想書が読まれた/売れた時代であったのはうらやましいかぎり。
「1980年代を代表する文学」について語る座談会では小林信彦の名前は残念ながら挙がってこないけれども、『1980年代論』で言及されている要素の多くは『極東セレナーデ』に盛り込まれていることがよくわかる(「1980年代を代表する文学」として確実に入ってくるのは田中康夫『なんとなくクリスタル』[80]、島田雅彦『優しいサヨクのための嬉遊曲』[83]ほか、村上龍、村上春樹、吉本ばななからそれぞれ一作品といったところ)。

 フリースタイル社が刊行する雑誌『フリースタイル30号 小林信彦さんに会いに行く』では、小林信彦の最新インタビューが掲載されていて(聞き手は亀和田武)、『極東セレナーデ』について今ふりかえる箇所など読みごたえがある。中でも「田中(爆笑問題の田中裕二)はいい結婚をしましたね」と80歳を超えてなおどうでもいいこと(というのも失礼ですがあまりにも脈絡がなかったもので)を変わらずに熱く語っている姿が微笑ましく、笑ってしまった。こういう大人になりたい(といいながら私自身もすでに充分すぎるほど大人の年齢なんですが)。
「小林信彦セレクション」が今後どのように続くかどうかはおそらく売れ行きにもよるのだろうと思うのでぜひとも成功してほしいし、『夢の砦』、『世間知らず』は確実に刊行してほしい。
















2016年5月7日

 サンノゼ州立大学(カリフォルニア)にて国際スタインベック学会開催(5月4~6日)。サンノゼでの学会は当面3年毎を予定しているので前回は2013年。カリフォルニア州ベイカーズフィールドでの学会を2014年に挟んでおり、近年、米国でも人文系、とりわけ作家研究は低調気味と言われている中で学会誌『Steinbeck Review』も充実しており、活発な活動が続いている。スタインベックの郷里サリーナスにて毎年5月に開催されているスタインベック・フェスティバル(6~8日)との連動企画であり、さらにサンノゼ州立大学での文化芸術イベントとも合わさって、学会後は演劇やポエトリー・リーディングなども楽しむことができる。日本からの参加者は私も含めて4名。日本ジョン・スタインベック協会は40年の歴史を持ち、英文会誌『Steinbeck Studies』も近々40号の刊行を迎える。
 サンノゼ州立大学図書館はスタインベックとなぜかベートーベンのコレクションを擁しており、学会初日は「恋するベートーベンの夕べ」という音楽リサイタルもプログラムに組み込まれていた。また、日系コミュニティの歴史を有することから日系アメリカ人をめぐる研究も盛んであり、紹介していただいた図書館のラルフ・ピアース( Ralph M. Pearce )さんは、『San Jose Japan Town 』(2014)などこの領域で複数の著書を持つ方で、中でも日米野球史における人材交流、海外遠征にまつわる研究書『From Asahi to Zebras: Japanese American Baseball in San Jose, California』(2005)は興味深いものであった。

 私自身の発表は「スタインベックにおけるホーボー像がアメリカ大衆文化に与えた影響について主に『ルート66』の想像力」を軸に探るというもの。「アメリカ大衆文化における放浪者/ホーボー表象研究」の中でもスタインベックは映画による受容が大きな役割をはたしており、作品においては労働や社会問題がはっきり描かれているにもかかわらず、その後の受容において労働や社会問題の痕跡が薄まっていく/抹消されていく傾向があり、その変遷は興味深い論点になりうるもの。
『怒りの葡萄』(1939)にしたところで、大不況の中、資本主義農業の発展に伴いはじき出されてしまった土地を所有しない一家が仕事と家を求めてルート66を経て流浪する物語であり、しかも物語の結末に至るまでその目的は達しえないのだが、アメリカの夢/約束の地を信じて移動し続けるその姿は、時に自由を求めて移動する放浪者の姿に置き換えられ、現在のアメリカの物語として継承され続けてきている(アニメーション『サウス・パーク』(2008)のようなパロディの形も含めて)。

「ルート66だったらこの図書館に土が保存されてるよ」と教えていただいて、よく見たら図書館のスタインベック・コレクション特別室のすぐ脇に何気なく土が陳列されていて、これは3年前に訪問した際には気づかなかった。
 ルート66(国道66号線)は1926年に国道に指定されて以後、小説『怒りの葡萄』(1939)において「母なる道(マザーロード)」として大きく取り上げられており、とりわけジョン・フォード監督による映画版(1940)にて実写の中にその光景が描き込まれたことは、ウディ・ガスリーによる音楽をはじめ、大きな影響を及ぼしている。ルート66はその後、国策としての州間高速道路「インター・ハイウェイ」の発展・拡充に伴って衰退していき、1985年に役目を終え廃線となったのだが、1990年以降、ルート66保存協会などの動きにより、一部が「歴史的街道」「景観街道」に認定され、その足跡を辿ることができる。
 ローリング・ストーンズのデビュー・アルバム(英国版)『ザ・ローリング・ストーンズ』(1964)の一曲目がカバー曲「ルート66」であり、英国出身の彼らによるアメリカの音楽文化への憧憬が象徴的に表れている。ジャズのスタンダード・ナンバーとしてのナット・キング・コール版(1946)、先行するチャック・ベリー版(1961)よりも軽快なトーンが特徴的で、ポップ・カルチャーにおける「ルート66」表象にいかにも似つかわしい。

 3月のアメリカ研修滞在時にルート66の足跡を辿ろうと、その一部が残っているアリゾナ州セリグマンの街を訪れたのだが、ルート66の保存に尽力した伝説の理髪店「エンジェルズ・ショップ」は観光の拠点になっている。もともとは『ルート66』という題名で制作が進んでいたというディズニー(ピクサー)映画『カーズ』(2006)のモデルになったのもこの街で、実際に至るところに古い車が無造作に置かれている。
 ストーンズがそうであったように、アメリカを外側から見る視点の方がルート66に対してアメリカ文化への憧れを重ねて見る傾向があるのかもしれず、日本人の間で特に人気が高い観光名所になっている。とはいえルート66への憧れといったところで私自身、自動車免許すらないわけで、LAのサンタモニカあたりで標識を占拠する日本人観光客の思い入れといってもたかがしれているかもしれないのだが、それも含めてわかりやすいアメリカ文化のアイコンとしてあり続けており、ディズニーランドの受容がさらに拍車をかけている。 
 アナハイムのディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーでは「カーズランド」と共に「ルート66」のショップが人気で、すでに失われている光景に想いを馳せる若い世代もさらにここから生まれてくるのだろう。

 このたびのスタインベック学会はイスラエル、インド、アルジェリアなど多彩な研究者による発表が目立ったのが最大の特色で、「『怒りの葡萄』におけるイスラムのエコー」などという視点は考えたことがないものだったこともあり、とりわけ新鮮だった。
残念ながら私はサリーナスのフェスティバルに向かう日程的余裕がなく、代わりに半日空いた時間でマーク・トウェイン協会の会誌最新号や翻訳書『ポケットマスターピース マーク・トウェイン』(柴田元幸訳、集英社文庫)などを届けに3月まで滞在していたUCバークレーへ。母校というわけではないのだけれど、ふらっと訪れて迎え入れてくれる拠点ができたのはとても嬉しい。
 次回の国際スタインベック学会は同じサンノゼ州立大学にて3年後の2019年を予定。2018年にスタインベックは没後50年を迎えることから日本スタインベック協会でも記念事業を準備中。スピルバーグが『怒りの葡萄』のリメイク映画製作の構想を2013年に発表してからその後、進展を聞きませんがそれはもうぜひ実現してほしい。







2016年5月2日


 プリンスはいつも僕らの期待や予測のはるか斜め上を突き進んで驚かせ続けてくれた人で、アーティストとはどうあるべきかを毅然とした態度で示してくれた人でもあって、突然の早すぎる死を受けとめきれないでいる。近年も『アート・オフィシャル・エイジ』(2014)、3rd Eye Girl名義の『プレクトラムエレクトラム』(2014)、『ヒット・アンド・ラン(フェーズ1・2)』(2015)と多作かつすこぶる好調。2015年の第57回グラミー賞でのスピーチにて時代遅れになりつつある「アルバム」の復権を促すなど信念を貫くところも相変わらずで、いくつも積み重ねてきた黄金時代のさらに新たな局面を迎えようとしているのだろうと疑わなかった。
 昨年、刊行された西寺郷太『プリンス論』(新潮新書)からも、プリンスの足跡を一望する構成が一表現者の活動の終焉を示唆するものではまったくなく、満を持して新しいフェーズに進もうとしていることを実感させてくれるものであった。

 とてもではないがプリンスの音楽について分析的に語る能力を僕自身は持ち合わせておらず、そもそもなぜ魅了されるのかすらわからないまま惹きつけられてしまう不思議な存在だった。『プリンス論』の西寺氏は私と同い年で、ミュージシャンであり、複数の著書を持つほど音楽について表現することに長けた方と自分を重ねるなんておこがましいのだけれど、『ベストヒットUSA』やMTVを通してプリンスやワム!と出会えたという共時体験はまさに同世代ならでは。
 金銭的な制約により、プリンスに関してはいつも輸入盤を通してだったので翻訳はおろか歌詞カードすらなく、聞き取れる英語力なんてまったくなかったので歌詞は意味不明。それでも淫靡でありながら美意識をなんとなく感じとることはできて、他の誰とも異なる未知の音楽の世界に知らず知らずのうちに引き寄せられていた。
 人はまったく異質なものに触れる時、恐怖するか、畏怖するか、反発するか、いずれにしても当惑してしまうものであって、既存の価値観を揺さぶられるような不安を煽り立てるプリンスにまつわる拒絶をめぐるエピソードには事欠かない。ふと思い出したのは、女性の教育実習生(確かビリー・ジョエル好き)に「どんな音楽聴いてるの?」と尋ねられ、プリンスの『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』(1985)について得意になって喋ったら、蔑むような嫌悪の眼で思いきりしかめ面をされたことがあって、名前も顔も定かに覚えていないのにそんな眼差しに晒されたことがなかったので強烈に印象に残っている。

 ダウンロード全盛により音楽を取り巻く状況が激変する現在でも自身のスタイルを貫き続けたが、かつてレコードからCDへの移行期においても「アルバム」の概念を重視するためにトラック信号を作らない仕様を施していて一曲目から最後まで聴き通すことを強いていた。『LOVESEXY』(88)はジャケットばかりが話題になりがちだが、この仕様の革新性はやはりすごい。映画監督の大島渚も同様にDVDのチャプター分割を拒否していたことを思い起こすが、映画も音楽のアルバムも飛ばして視聴するのは確かに邪道にはちがいない。とはいえ実際には不便なことこの上なく評判はめっぽう悪かった。その後もレコード会社経営陣の強い意向により自由な活動ができない状況に反発して、顔に「奴隷」と書いてステージに登場したり、突然、記号に改名したり、かつての自分は死んだと死亡宣言したり・・・、妥協のないストイックな精神は偏屈さや滑稽さを通り越して神々しさすら感じさせるものでアーティストのあるべき姿を孤高に示し続けてくれていた。
 「次に出るアルバムはすごいらしいよ」なんてわけ知り顔で得意になって喋ってたら完全に出来上がっているにもかかわらず突然発売中止が宣告されたり(87年に出る予定であった『ブラック・アルバム』)、そんな「殿下の気まぐれ」に翻弄されるのも不思議と悪いものではなく、アーティストとファンとの間のほどよい緊張感も伴って、予定調和を超えてはるか向こう岸の世界までいつも連れていってくれた。商業主義の効率原理に常に抗いながら第一線に立ち続けてきたのもなんともすごい。

 中学時代に同じ部活(男子テニス部)だった同級生と今でも断続的にメールのやり取りが続いていて、もう長い間直接会ってないし、お互いの仕事や家族についてもまったく知らないぐらいなのだが、音楽にまつわるお互いの関心を交換しあっている。中学時代の彼の趣味はヴァン・ヘイレンを中心に、モトリー・クルー、ドッケンに、エアロスミス、ホワイトスネイクといったところで80年代半ばはハードロック全盛期。一方こちらはCD化にあわせてローリング・ストーンズ(デッカ盤・CBSソニー盤)を一枚ずつ買い足していた頃でそれだけでも優に丸一年以上かかった。
 翌年にはビートルズのCDが一度に4枚ずつ発売されるなど(本当に金銭的にきつかった)同時代に目配りする余裕もなく、それでも自転車で一緒にレコード店に行ってはジャケットを見ながら知ったばかりの情報をお互いに披露しあっていた。こんな2人の関心で一緒にライブを観にいったのがレベッカというのも不思議な感じなのだが、当時の田舎に住む中学生にとって外国人ミュージシャンはまだはるかに遠い存在で、そもそも東京もNYのマディソン・スクエア・ガーデンも同じぐらい遠い世界の出来事だった。

 ふだんは2ヵ月ぐらい返信はこないのに、プリンスの没後、活発にメールのやりとりをしていて、当時の僕がプリンスの来日について夢中になって話していたらしいことや、「あんな気色悪いのまで好きなんだと当時は呆れてまったく理解できなかった」と思われていたことを教えてもらう。ハードロック好きからもそんなふうに見られていたとは。
 大森靖子の歌詞に「教室には34の魂が34の哲学を持て余してる CDや漫画や映画を貸しあって おんなじ魂を探してる」(「少女漫画少年漫画」2016)という一節があって、ベビーブーム世代だった僕らは34人クラスどころか40人を超えて狭い教室に押し込められていて、酸素不足の金魚が水面で口をパクパクさせるように、確かに必死になって近い魂の持ち主を探していたのかもしれない。
 あれから数十年経った今も、彼はクレージーケンバンドがいかに素晴らしいかを熱心に語り、こちらは大森靖子や神聖かまってちゃんの話を一方的に書き送る。かみ合っていないようでいてやっぱり全然かみあっていないやり取りが何十年も続いているのも不思議な感じだが、あの頃と同じような渇望感を今も変わらずにお互いに抱えているのだとしたらそれはそれで悪くないような気もする。

 2月にモニュメントバレーを廻るツアーに参加した際に経由したラスベガスにて何かショーでも観てみようということになり選んだのが実は「プリンス・トリビュート/パープル・レイン」(Purple “Rain”ではなく、 Purple “Reign”表記)。2008年から続いている人気のショーで『パープル・レイン』(84)期のプリンスに「なりきった」ミュージシャン(Jason Tenner)によるライブ演奏。存命する現役ミュージシャンのそっくりさんショーを見ることにはたして意味があるのだろうかという疑問を抱えつつも、アメリカには扮装者(impersonator)によるパフォーマンス・ショーの伝統があり、戯画化の傾向が強い日本のものまね文化とも違って「なりきった」パフォーマンスを純粋に楽しむもの。『パープル・レイン』期のように、存命であったとしても本人ですら当時のままの形では再現できない、ある一定の時期の姿をパフォーマンスで表現・再現する試みは、ラスベガスという独特の人工的な文化土壌も相まって似つかわしく、洗練されたショーとして成立している。
 ショーの開演時には似ていない点にばかり気がまわっていたのだが、次第に惹き込まれていく中で、80年代を過ごした僕らにとってプリンスこそがカリスマであり、スターであったことを実感させられた。そっくりさんショーを通して実感するのは本道ではないかもしれないけれど、本人がなおも変貌し続けていただけに、敬意と愛情に満ちたトリビュート・ショーだからこそ立ち止まって見えてきた側面だった。




















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