借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年3月4日


 ベイエリアに3ヵ月滞在できることになり、漠然と行ってみたいと思っていたのは、ヒッチコック監督の映画『鳥』(1963)の舞台となったサンフランシスコ近郊のボデガ湾。場所に対する深い思い入れがあったわけではなく、サンフランシスコを舞台にした映画といえばヒッチコック。ヒッチコックの中で一番好きな作品が『鳥』。『鳥』といえばサンフランシスコ近郊の町が舞台・・・。という程度の浅はかな連想にすぎなかったのですが、バスを乗り継いで行ってきました。
 アムトラック鉄道や地元の路線バスもなんとか乗りこなせるようになったかな、などと調子に乗りかけていたら、「乗り継ぎのバス停が見つからない」「降りるべきバス停を乗り過ごす」「ホテル名を間違える(BayとHarborの違いで二軒あって紛らわしい)」の三連コンボで行ったり来たりのドタバタ。まあいろいろありますよね。

 結果的にはじめて「Uber」(自動車配車アプリ)を使うことになったのだが、停車すべきバス停を乗り過ごしてしまったために「なんでこんなところで?」というような場所から呼び出したにもかかわらず、わずか4分で到着。旅行先で空港までのタクシーを前日までに予約していたにもかかわらず、三十分以上経っても現れないのでハラハラしたことを思えば、噂には聞いていたが便利ですごい。
 一般のドライバーが自家用車を使ってタクシー代わりに送ってくれるというシステムゆえに様々に懸念もあるし、実際に相性などもあるのだろうが、サンタ・ローザからボデガ湾まで送ってくれたドライバーの方はイタリアのジェノヴァ出身というおじいさん。いきなり前の車に追突しそうになったり、「アメリカに40年以上住んでるけど英語は上達しなかった」と語るだけのことはあって「大丈夫か?」という不安も頭をよぎったが、ジプシー・キングスのカヴァーでも有名な「ボラーレ」の曲を流し、自分でも歌いながら、観光ツアーガイドさながらに街の景色を解説してくれる。「ところで、ヒッチコックっていうイギリス人監督の『鳥』っていう映画を知ってるか?」と言われ、まさにそれこそが訪問の目的だったので、舞台となった小学校、教会にも寄ってもらうことに。亀井俊介著『バスのアメリカ』(1979)は、広大なアメリカをバスでまわることによってこそ見えてくる、風景の多彩な移り変わりや地元の人々の姿、ふれあいについて示唆した名著であるが、ほんのわずかな雰囲気だけでもそんな境地を味わうことができたような気になる。
 今でこそGoogle Mapもあり、Uberもあり、移動も便利になったものであるが、なかなかどうしてそれほど簡単なことではなく、ボデガ湾からの帰りのバス停に至っては私たちが一般にバス停として想起するであろう標識(標柱・ポール)すら見当たらず、辺りをぐるぐる探しまわる羽目に。Google Mapのストリート・ビューで位置と状況を再度確認したところ、やはりここしかないという場所は海を臨み、ベンチがあるだけ。よーく見てみると、かつて時刻表であったらしい貼り紙が電柱に存在していることに気づくが、文字を判読できる状態ではなく、宝探しとしてもさすがに難易度が高い。
 「午後8時までに夕食をすませておかないと食べるところ無くなっちゃうよ」と忠告されていたように日が沈むと辺りは真っ暗に。どこまでもバスで行ってあちこち歩きまわるのも一興なのだが、湾曲した狭い道に歩行者など誰もおらず、想定されてもいないだろうから、すれ違う車の運転手にただただ申し訳ない。冗談でなく亡霊と思われてもやむをえないぐらい驚かせてしまう可能性がありそうで。

 ロケ地の一部に足を運んだところで、鳥がなぜ人間を襲撃することになったのかその謎がわかるなどということはもちろんないのだが、ボデガ湾をロケ地に選択するにあたり、「サンフランシスコやモントレーの街とも違い、小さく親密な感じで、周囲から孤絶していて、カラフルなところがこの映画にふさわしい」とヒッチコックがあるインタビューで答えているように、海があって、緑豊かでなだらかな山があって、湾曲した道がはるか彼方まで続いていて・・・と自然と色彩の豊かさが特徴的な街。また、主人公のメラニーがよそ者としてこの田舎町に闖入するところから異変が起きるという展開からも、共同体の親密な雰囲気は重要な役割をはたしているはずで、実際に地元に住んでいる人たちの服装を反映・再現したものになるようにヒッチコックは細かく指示を出している。
 ロケ地に関する研究書、Jeff Kraft and Aaron Levanthal『Footsteps in the Fog: Alfred Hitchcock’s San Francisco』は2002年の刊行以来、すでに9版を重ねており、所持していたのだが、『めまい』(1958)の舞台となったサンフランシスコのミッション・ドロレス教会を訪ねた際にあらためて購入してしまった。やはり土地勘があったうえで読んでみるとおもしろさも増してくる。ヒッチコックの一人娘で女優のパトリシア・ヒッチコックが、北カリフォルニアでリラックスして過ごしていた両親の様子を回想した序文を寄稿しているのも、意外な一面を垣間見るようで楽しい。ベイエリアを舞台に取り上げることが多いヒッチコック作品の中でも、この研究書で詳細に分析がなされているのは、『めまい』『疑惑の影』(1943/舞台はサンタ・ローザ)と『鳥』の3作品。
 このたびの私の訪問時においても、作品に登場する食料品店(Diekmann's Store)が同じ場所に同じ一族による経営によって現存し、営業が続いているなど、ボデガ湾の中心にあるレストラン(Tides)、教会や小学校の建物など今でも様々にその足跡を辿ることができる。おそらくこうした変わらない性質こそがロケ地に選ばれたゆえんでもあるのだろう。『Footsteps in the Fog: Alfred Hitchcock’s San Francisco』ではさらに、作中の街の地理関係を地図として図面化/再構成しており、ここがこのように繋がるのかと新しい発見もあって楽しい。作品中の登場人物による移動は基本、車であることからも、車で移動できるのであれば、広範囲で撮影されているロケ地をさらに数多くまわることもできるし、移動の感覚を実感することもできるのであろうが、バスで訪ねるだけでも、実際にヒッチコックが入念に趣向を凝らしていた土地の感覚を想像以上に実感することができた。

 ヒッチコック作品は人物関係も複雑でわかりにくく、セリフやコミュニケーションのあり方から複雑な関係性が浮かび上がってくるところに醍醐味があるわけだが、授業で取り上げることがあってもうまく説明しにくいことが多い。さすがに演出技法に力があるのですぐに惹きこまれていく受講生もいるのだが、なんだかよくわからないままぽかんとした反応で終わってしまうこともある(もちろん私の力不足によるもの)。
 基本的な姿勢がアメリカ文化論としての枠組みなので、アメリカ文化史などで取り上げる際にも正直なところ浮いてしまうというか、うまくはまらないところがあったのだが、「父はサンフランシスコをパリに比肩するほどのコスモポリタンの街として見ていた」という娘パトリシアの言葉を手がかりに、ヒッチコックのサンフランシスコ観を探っていくことで見えてくることがあるのではないか。とするとやはり、サンフランシスコを舞台に据えた『めまい』を軸に、近郊の街サンタ・ローザを舞台にした『疑惑の影』とボデガ湾の地形の特色を活かした『鳥』の3作品が重要になってくるのだろう。










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