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借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年3月7日


 ボデガ湾で一泊後、内陸にあるサンタ・ローザに引き返してさらに奥にあるグレン・エレンという街に足を延ばす。「放浪作家」ジャック・ロンドン(1876-1916)が終の棲家として選んだ街であり、現在は歴史記念公園(州立史蹟公園)となっていて「幸せな壁の家」と命名された家などをミュージアムとして見学することもできる。1400エーカーという途方もないぐらいだだっ広い土地にてロンドンは本格的な牧畜運営にも乗り出しており、グレン・エレンの大農園はロンドンにとっての理想郷/実験場であった。
 バスを乗り継いで片道4時間30分。最後はそれでもどうにもならならず交通機関もなく徒歩。興味はあるものの二の足を踏んでいたのですが、ジャック・ロンドンの専門家/「放浪する研究者」小林一博さんに相談してみると「当然訪問するべき」というご示唆をいただいて(しかも旅行滞在されていたインドから。わざわざすみませんでした)、背中を押されるように行ってきました。

 幸い天気もよくちょっとした遠足気分。ソノマ・ワインで有名な土地でもあり、現地の公園に辿りつくまでワイン畑や牧草地が一面に広がっていて牛や馬やヤギの姿もちらほら。
 漠然とだだっ広い土地であろうとは思っていたのだが、ジャック・ロンドン歴史記念公園に到着してみると本当にただただ広大で、壮大な実験の場であり、晩年の思想・理想が体現されていることがよくわかる。中でも「ウルフ・ハウス/狼城」と名づけられた4階建ての家は1913年に完成し、1906年のサンフランシスコ大震災にも耐えられるように堅牢に設計されていたにもかかわらず、ロンドン夫妻の入居直前に火事で焼け落ちてしまっているのだが、ローマの遺跡を見るような廃墟の姿に圧倒される。まさに夢の城であり、壮大な夢のかけらであって、期待が高いものであった分、失意も大きいものであったにちがいない。再度、建設するだけの金銭的余裕がありながらも、結局、「狼城」は再建に至らなかった。火災は放火説もあったようだが、近年の検証によれば自然発火による火事であったとの見方が有力であるようだ。
 夫妻が実際に生活していた「コテージ」では書斎や寝室などが公開されており、寝室には「朝5時に起こして」とのメモが貼りつけられたままになっている。無頼派作家のイメージが強いロンドンであるが、朝早く起きて執筆し、昼は夫婦で一緒に食事をし、友人などを招いて社交も楽しむという生活スタイルであったようだ。
 ジャック・ロンドンは村上春樹による言及や、近年でも柴田元幸訳、有馬容子訳、深町眞理子訳など新たな翻訳が複数もたらされていることもあって今でも人気作家の一人に位置づけられるはずなのだが、ひょっとしたら玄人受けと言える現象かもしれず、日本での一般的な知名度は今ではそれほど高いものではないのかもしれない。地元オークランドでは駅名や広場の名前に採用されているほどであり、グレン・エレンでもジャック・ロンドン・ロッジなどがあり、「放浪する作家」のアイコンとして機能し続けている。
 歴史記念公園から浮かび上がってくるのは、冒険家であり、農業革命家であり、何より理想家であった彼の多彩な側面であり、崇高な理想、理想の作家像を追求しながら挫折してしまう夢追い人の姿であり、切なさやはかなさ、脆さ、人間らしさを感じさせるところなどが人気の要因であるのだろう。

 ホーボー文化に及ぼした影響には甚大なものがあり、実際にロンドン自身が若い時期に苦節を重ねており、缶詰工場での労働や金銀の採掘、放浪生活などホーボーそのものとしての生活を送っていた。『どん底の人々』(1903)は、英国ロンドンでの救貧院や路上にて実際に寝泊まりした経験に根差したルポルタージュであり、精密な描写は現在でも資料的価値が高いものとして評価されている。同時に、イギリスの作家ジョージ・オーウェルがロンドンの浮浪者生活の描写に憧れを抱いていたという逸話もあるように、過酷な生活を不思議なまでに魅力的に表現しているのもロンドンの特色であり、ホーボー生活を描いた『アメリカ放浪生活』(1907)での列車に乗って移動する疾走感/解放感はアメリカ大衆文化におけるホーボー像の原風景を成している。
 伝説のホーボーを主人公に据えた映画『北国の帝王』(1973)でも1930年代を時代設定にした物語であるにもかかわらず、ロンドンの『アメリカ放浪生活』を部分的に原案として採用していることからも、ジャック・ロンドンは大衆文化におけるホーボー表象を探る上で重要な存在である。『北国の帝王』は伝説のホーボーとして鉄道の無賃乗車をくりかえす主人公と、無賃乗車犯を力づくで追い払おうとする車掌をめぐる物語であるが、ロンドンの著作から実際のホーボーによる無賃乗車の方法や生活ぶりを参考にして成立している。1973年に発表されている『北国の帝王』では伝説のホーボーの姿に哲学者/求道者を思わせる側面が付与されている点も興味深いものであり、ホーボー像の変遷を辿ることでそれぞれの時代思潮も見えてくる。










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