借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年3月25日



 7枚組アーカイブ版『ザ・リバーBOX』(The Ties That Bind: The River Collection、2015)に焦点を当てたブルース・スプリングスティーン&Eストリートバンドによるライブツアー「ザ・リバー・プラス」がますます快調。全米公演に加え、5月からはヨーロッパツアーに引き継がれていく。1980年発表の2枚組アルバム『ザ・リバー』を全曲再演し、その後、往年のヒット曲が続く標準セットリストは35曲、3時間半以上! BOSS(スプリングスティーンの愛称)も66歳なわけで、「オレはまだまだやれる」と若さを無理に誇示しなくても・・・などとつい思ってしまうところだが、とにかく楽しそうに演奏している姿に加えて、様々な人生模様を織りなすスプリングスティーンの物語詩そのままに、観客の姿からもそれぞれの物語が立ち現れてくるかのようなところがBOSSのライブの魅力。
 1973年デビューであり、42年もの間、第一線に立ち続けているわけで(なおかつ21世紀にもっとも精力的に新作を発表し続けてきている表現者の一人でもある)、そのライブに集う人々の人生の中に曲が浸み込んでいる様子を垣間見るのも楽しい。日本では1997年以降公演がなされておらず、現在の欧米での人気ぶりからは日本で同等の興行が成立しうるとは考えにくく、ライブを体験したければ海外公演に出向くしかないのだが、幸いなことに滞在中の西海岸の街にBOSSが来てくれることに! 私にとっては、97年の東京国際フォーラム、2009年NYのマディソン・スクエア・ガーデン公演に続く3回目。2009年の際はアルバム全曲再演を日替わりで行っていた時期で、実は偶然にもその際も『ザ・リバー』公演。通常であれば十数曲のアルバムを再演後、ヒット曲になだれ込む構成だったのだが『ザ・リバー』は2枚組20曲のため再演後ほどなくしてエンディングとなってしまい、しかも私にとっては不得手なアルバムだったこともあってその時点ではうまく消化できなかった。

 スプリングスティーンといえば、私の世代では御多分に漏れず『ボーン・イン・ザ・USA』(1984)で、小林克也の『ベストヒットUSA』(1981-89)を観ては翌週の朝礼時に友人と話題にするのが楽しかった時期に圧倒的に売れていて、同じアルバムから7曲もシングルカットされていたぐらいだったので好きも嫌いもないほど身近な存在だった。流行歌とはまさにそういうもの。加えて、「ウィー・アー・ザ・ワールド」(1985)では子ども心をくすぐる絶妙なパフォーマンスで大人数のミュージシャンの中でもひときわ印象に残る(笑える)。あれから30余年。今でも現役第一線であり続けてくれることがひたすらありがたい。いかにも甘やかされた感じで申し訳ないのだが、クリスマスだったか何かでCD1枚買ってやると親に言ってもらって、3枚組(LP換算で5枚組)のライブアルバム『LIVE 1975-85』(1986)をすかさず選んだこともよく覚えてる。
 アメリカのティーン・フィルムでは主人公の内向的な少年が愛聴している音楽がスプリングスティーンであることが多く、「こんなチンケな街から抜け出したい」という十代男子特有の心情と特に初期作品は相性がよいのだが、私の中高校生時代に出た新譜は『トンネル・オブ・ラブ』(1987)のみで、肝心のティーンネイジャー時代の想い出とあまり重ならないのが残念。「ボーン・イン・ザ・USA」の爆発的流行に戸惑い、私生活でも離婚の只中で模索していた時期の作品で人気のあるアルバムとは言い難く、「スプリングスティーンは政治家でも目指すつもりなのか」と揶揄されていた頃。

<1>“Good Evening, Oakland!”“Yeah!”
 バークレーの隣町オークランドのオラクル・アリーナは、なぜかものすごい厳戒態勢のセキュリティ・チェックでぴりぴりと張り詰めた雰囲気。リュックを背負ってたら「持ち込みできないので預けて来い」とのこと。もー、雨の中、人込みをかきわけて大変でしたよ。
 ちょうど全体を見渡せる席だったこともあって(要するに後ろの席)、人々の様子がよく見える。あるカップルの姿が印象深いもので、旦那が熱心なファンらしく、顔を紅潮させながら全身で喜びを表現している。
「すごいよ、『ロザリータ』だよ。来てよかった!」
「よかったわね」
 最初は満面の笑みで応えてくれていた奥さんの愛想笑いも3時間近くなるとだんだん引き攣ってくる。最後は「あなた、明日も仕事あるんでしょ。もう帰るわよ」と余韻に浸っている旦那を引きずるように退場。
 別に男性だけが主要なファン層であるわけではもちろんなくて、初老の女性がカクカクした不思議な踊りで楽しんでいる姿も微笑ましい。

<2>“Good Evening, Los Angeles!”“Yeah!”
 続いて向かったのはロサンゼルス・スポーツ・アリーナ。
 予定の開演時間を超えても入場まで長蛇の列ができていて、「これじゃあさばききれないまま演奏がはじまっちゃうんじゃないかな」と冗談めかして笑ってたら、本当にいつまでたっても進まない。最後尾を示してくれる係員もおらず、スタッフの数はそれなりに多いのに全体を把握できている人がまったくいないようで、たまたま通りがかった係員に誰かが「この席のチケットはこの列でいいのか?」と尋ねると皆が確認のために殺到。たちまち処理しきれなくなると露骨にキレる。もうむちゃくちゃ。結局、セキュリティ・チェックは「両手をあげたまま適当に素通りしてくれ」。This is America.
 座席案内もまったく行き届いていなくて、結局、観客同士がお互いに教えあっている。いつも思うが大国アメリカがこんな有り様で成り立ってるのが不思議でならない。

 目の前の席はお父さんと息子2人、娘1人の4人組一行。長男らしき少年は曲にあわせた腕の突き上げ方と声のかけ方をお父さんから教え込まれている。小学校高学年か中学生と思しき、次男と女の子は「連れてこられた」感一杯で、ふだん聴いている音楽とは明らかに違うであろうながらも、独自の踊りをお互いに開発して披露しあっている。特にローティーン女子、やっぱりすごい。洗練されていてセンスいいなあと感心してしまった。
 終盤になって「涙のサンダー・ロード」(1975)のイントロがはじまると、お父さんが感極まって咆哮をあげた後、親子で肩を組んで合唱。お父さんの人生の中で「サンダー・ロード」を特別な曲にさせる何があったのか知る由もないが、それぞれの人生の中にスプリングスティーンの曲が脈打っている様子が伝わってくるのはまさにライブならでは。お隣もお母さんと娘の2人連れ。親子の組み合わせも目立つ。

<3>“Good Evening, Seattle!”“Yeah!”
 最後はシアトル(ワシントン州)・キー・アリーナ。当初は予定に入れていなかったのだが、Popular Culture Associationの学会参会期間に追加公演として発表され、ちょうど研究発表後の日程でタイミングもばっちり。とはいえ他の人たちの様子を微笑ましく眺める余裕など実はなく、「家計も苦しいのにもうさすがにつきあいきれん。行くなら一人で行ってこい」と同行者に言い放たれ、いよいよ一人に。
 オークランド・LAとはうってかわって入場・誘導も万事スムーズ。この日はシアトル出身のバンド「パール・ジャム」から、エディ・ヴェダーがゲスト出演し、「ボビー・ジーン」(1984)を披露してくれた。好きな曲なのでこの一曲だけでも来てよかった。

 というわけで3回(2009年を含めると4回)「ザ・リバー」ライブを体験できたのは無上の贅沢ではあるのだけど、1回目では3時間半以上のリズムをうまく掴めなかったので(同行者曰く「これで終わりかなと思う瞬間が10回以上あった」)、2回目以降がやっぱり楽しい。『アーカイブBOX』を3ヵ月間聴き込むことができたおかげで、『ザ・リバー』というアルバムがまるでオペラのように起伏あるドラマとして浮かび上がってくるのをライブで実感することができた。また、スプリングスティーンの訳詞は詩人・三浦久によるもので、翻訳詩を併せて楽しむことができるのは日本語話者としての特権であるとつくづく思う。『アーカイブBOX』リリースにあたり、新たに発表された「アウトテイク集」部分のみならず、既訳にも手を入れられたそうで一語に込める思い入れの強さに心を打たれる。

 スプリングスティーン研究は様々に展開されており、中でもブルース・スプリングスティーン学会は2005年と2009年にスプリングスティーンの出身地であるニュージャージーにて彼の誕生日となる9月に開催されている。次回の開催はいつになるかわからないが、残念ながらまだ参加したことがないので次回は研究発表ができるといいな。








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