借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年4月19日

 

 2011年3月の九州新幹線全面開業にあわせて誕生したくまモンは、名城として知られる熊本城の基調を成す黒をイメージして造形されているそうで、その熊本城をはじめとする街が深刻な震災被害を受け、新幹線も脱線し、様変わりしてしまっているニュースを滞在先のスイス、ヴェヴェイにて知る。
 耳慣れないフランス語を介して映されているその光景やSNS、報道を通して知る被災地の中には、数年前に「くまモンスクエア」を訪れた際に足をのばしてまわった別府・由布院を含めてなじみの街もあって、特別なゆかりがあるわけではないのだけれど、ぬいぐるみ、クレジットカードの「くまモンカード」やPCの壁紙など人一倍くまモンにお世話になってきているだけに様子が気になるが何もできないのがもどかしい。
 配偶者の幼なじみが熊本でスイカ農園を営んでおり、毎年、初物のスイカを送ってくれていて、そのスイカが届くと夏の訪れを実感する。くまモンのほっぺの赤色は熊本名産のトマトにちなむらしいのだが、食材にトマトを一切使用しない家庭(単に母親の偏食による)で育った私は申し訳ないことに今でもトマトは食べられなくて、ほっぺの赤色は私にとってはスイカの連想と結びつく。
 くまモンの生みの親である蒲島郁夫県知事は高校卒業後、地元の農協に就職したことを契機に米国での農業研修を経て苦学して米国の大学に学び、やがて大学教授(政治過程論)となった後、郷里熊本の県知事をつとめるに至った異色の経歴で、くまモンのコンセプトが体現するように型にはまらないその柔軟な発想に共鳴し、くまモンをより一層応援するようになった。キャラクター使用料をとらず、皆で街を活性化させていこうとする「楽市楽座」の発想や、まだくまモンがまったくの無名時代に幼稚園・保育園の訪問を受け入れてもらったという経緯を今でも大切にしていて、どんなに忙しく有名になっても幼稚園・保育園からの出動依頼は最優先に受けるという姿勢など感銘を受けることは数多い。

 スイスへの移動にあわせて持ち込んだ熊谷達也の新作小説『希望の海 仙河海叙景』(集英社)は、気仙沼の中学校で教師経験を持つ作者ならではの連作小説群の一作であり、この作品で一区切りとなるという。作中には震災当日のことが直接描かれることなく、「以前」と「以後」の登場人物たちの「日常」に焦点が当てられている。そうした仕掛けを事前に承知していながらも「以後」をめぐる物語の中でぞくっとさせられる読書体験をしたばかりであったこともあって、災害や事故は誰にでも、どこででも起こりうるという実はごく当たり前のことにあらためて気づかされ、そして何気ない日常のありがたみがより切実に響く。
 深夜に連続して起こった熊本・大分地区の巨大地震、その後もくりかえされる余震、生活物資や情報が寸断されてしまう中で雨など気象条件も悪く、心中察するにあまりある。現在はプロとして訓練を受けている方々を中心に救助・支援活動が続いている段階であろうが、その活動がもっとも効果を発することを、救助や支援を求めている人々の声が早く的確に届けられることを願う。被災地とひとくくりにできないぐらい置かれている状況がそれぞれ異なるのも当然で、行政も外野も混乱が続いているように耳にするが、実地での対応ははじめてのことであろうし、できるだけ皆が寛容であってほしい。支援状況をめぐる様々な問題についてはSNSの情報共有も有効だろう。

 くまモンは九州以外の出演予定も現在はすべてキャンセルされていて、今はそれどころではないのはむろんとして、また「これまでのように」(これ以上頑張らなくていいので)皆の前に出てきてくれる「日常」が早く戻ってくれますように。SNSでは台湾や香港をはじめとする海外からの応援イラストなども多く投稿されていて、くまモンが築いてきた幅広いネットワークならでは。皆がそれぞれの立場で「共感」を寄せ、できることを示してくれている。
 配偶者の幼なじみからは最初の地震から数日たって無事の連絡をもらうことができたのだが、地震でしっちゃかめっちゃかで水道などのインフラも止まっている中、農園の復旧に全力を注いでいるという。そのたくましさにこちらが励まされてしまう。せめて頑張りすぎないでほしいと思う。スイカだけではなく、実はトマトも含めて多面的に経営していることをこのたびはじめて知った。熊本の野菜も積極的に購入させてもらうことにしよう。











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