借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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進化しつづける少女ときどき男の子(2016年5月13日)


 大森靖子『TOKYO BLACK HOLE』(2016)はメジャーデビューから2枚目(通算4枚目)となるフル・アルバムで2月に発売された先行シングル「愛してる.com」と併せて妊娠・出産後としては初めての作品リリースとなる。「エイベックス商法」などと時に揶揄されるように、メジャーデビュー1枚目の『洗脳』(2014)では特典となるDVD映像が2種類用意されていて両方ほしいと思うのであれば同じアルバムを2枚購入する必要があったのだが、シングル「愛してる.com/劇的JOY!ビフォーアフター」の限定版(1500部)は通常版のおよそ十倍(!)の値段に相当するもので、その分、豪華ボックス仕様、直筆サイン、Tシャツ、「黒歴史年表」と称するブックレット付。確かに高級化とデフレ志向の二極化が著しいとはいえ、通常の十倍の値段というのは「そんなもの買っていいのだろうか」となかなかの背徳感を感じさせるものではあった。
 アルバム『TOKYO BLACK HOLE』の方は、特典として奥浩哉イラストによる限定パッケージ、「映像DVD」(プロモーション+メイキング映像)に加え、出産前のおよそ一カ月間におよぶ「日記」および「自作解説」に作家・朝井リョウの「解説」を収めた合計200頁におよぶ特製ブックレット『東京/●/Diary』が付いていて充分すぎるほどのお得感がある。高校時代にブログをはじめたという彼女は当時、毎日3000字を書いてアップし、さらに銀杏ボーイズの峯田和伸に長文のメールをくりかえし送りつけていたそうで、表現者になる人というのはそれほどまでに文章がほとばしりでてくるものなのだろうと納得(圧倒)させられる。

 基本は産休中とはいえ、このアルバムのレコーディング作業やアイドルユニット「ずんね」への楽曲提供(「14歳のおしえて」)など仕事も続いている中、毎日かなりの分量が日記として綴られていて、「東京で生活する表現者の日常」としても、「出産を直前に控え、これからまさに母親になろうとしている女性の日常」としても読みごたえがある貴重な記録であり、日記文学としての含蓄もある。大森靖子は映像との相性がよくドキュメンタリー映像の記録もありえたと思うが、やっぱり「ことばの人」でもあっていずれ小説なども読んでみたい。
「あたしの有名は 君の孤独のために光るよ」というフレーズが力強く響く、2015年に唯一リリースされたシングル「マジックミラー」はメジャーデビューを「自傷行為」として捉え、有名になっていくことに比例してネガティブな反応に常に晒される状況に戸惑いながらもそれでも乗り越えていこうとする表現者の苦悩と決意とを表した楽曲であったのだが、都会の中でたくましく生きる様々な女の子たちの日常の情景を主に描いたアルバムの中に収まると、シングルの時ともまた違った味わいが生じてくる。ダウンロードによる曲ごとのバラ売り、ランダム再生などでアルバムのあり方自体が変容しつつある中、曲の配列により既発表曲の趣が変わって見えるのはやはりおもしろい。
 出る杭は打たれる/揚げ足をとられる傾向がますます強くなっている昨今の風潮では、確かに相当の覚悟がなければ「有名人」としての生活を送ることなどできないだろう。大森靖子はもっとずっとメジャーになってしかるべきだと思うが、知名度があがるということはそれだけ不特定多数の様々な価値観に晒されることになるわけで、様々なプレッシャーや悪意、中傷に苛まれることがあったとしても誰か一人の孤独を明るく照らすことができるのであれば本望という覚悟が小気味よい。

 内田春菊によるマンガ『幻想(まぼろし)の普通少女』(87-92)は、80年代に生きる女の子たちが「普通の女の子」という概念にあまりにも縛られてしまっている状況に対して、その呪縛からの解放/逸脱を促したメッセージ性の強い作品であったが、こうした一元的な価値観は今現在でもある程度は束縛になり続けているのかもしれない。
 「あらゆる女の子を肯定したい」というアルバム『絶対少女』(2013)のコンセプトが示していたように、「こんな生き方/スタイルでもいいんだ」というロールモデルを示してくれるのも大森靖子の魅力であり、ライブ会場には女性のファンの姿も多い。結婚を発表した際にファンがほとんど減ることがなかったそうだが、それはまあそうだろうとは思う。
 大森靖子の詞の世界の女の子たちはいつも元気一杯に自分の感情をぶつけあっていて、「バイトなんかいかないで」、「好きの気持ち1秒前より1gでも減っちゃってたら殺す」なんてそんなこと言われたことなんてあるわけないから私にはまったく遠い世界なのだが、にもかかわらずなぜか他人の気がしない、身近に感じられて微笑ましいと思えるのが不思議。
 さらに、『TOKYO BLACK HOLE』での大きな特徴は「僕」という男の子の一人称目線の視点が導入されていること。「給食当番制反対」では小学校の荒涼とした教室にいる孤独な少年の姿が浮かび上がってくる。なぜか後半で「ママに作った手編みのマフラー カーテンレールにぶらさげて」と自殺を示唆する展開になり、はて、男の子がお母さんのためにマフラーを編むものだろうかと思ったら、マフラーをカーテンレールに吊るして自殺した女の子の実際の話を入れ込んだらしい。筋としては整合性がないように映るのだが、男子女子を問わず孤独な小学生の心象風景がイメージで繋ぎ合わされている。暗い歌詞であるはずなのに清々しさすら感じさせるのは、突き詰めて孤独に向きあうことによって見えてくる向こう側の世界が示されているからではないか。

 近年のアイドル・ソングでよく見られる「君と僕」の身近でフラットな男女の関係性を描く際に用いられる「僕」の用法とも異なり、アルバムのラストを締めくくる「給食当番制反対」「少年漫画少女漫画」と続く流れは、孤独を抱えた男の子の心象に寄り添う歌詞が印象深いもので新境地だと思う。
 アルバム中、異質なのはプロデューサーである直枝政広(カーネーション)とのデュエット曲「無修正ロマンティック~延長戦」で、大森が用意していた歌詞を直枝が大幅に上書きすることにより、結局、二人の共作としてクレジットされている。身近な口語を歌詞に仕立て上げるのが大森靖子の歌詞の真骨頂なのだが、そこに異質な語彙や散文的な流れが混入されているのがよくわかり、それでいてコラボレーション曲としてお互いの要素を引き立て合っている。
 サウンドプロデューサー(奥野真哉、出羽良彰、大久保薫、亀田誠治、ミト[クラムボン]、サクライケンタ)、ミュージッククリップにおける映像作家(柿本ケンサク、番場秀一、二宮ユーキ)も曲ごとに多彩なクリエイターが起用されている。孤独を抱えながらも都会でたくましく生きる孤高の境地がどことなく作品全体を貫いていて、多様性と統一感の絶妙なバランスもアルバムならではの醍醐味。
 出産をまたいで制作されていることから、「しばらく歌を歌っていなかった状況でサラッと歌ってみたテイクが歌える喜びに溢れていてとてもよく、そのまま利用した」(「少女漫画少年漫画」)と自作解説にあるように、表現する喜びに満ち溢れているのが最大の魅力。
 すぐにでも全国ライブツアーを期待したいところなのだが、全国ツアーはなぜか間があいて10月から。東京はそれでも何かと機会は多く、4月には新宿ロフト40周年を記念した緊急自主企画ライブが単発であり、6月には東京・京都・甲府での「弾き語りハミングバード爆レス歌謡祭」ほか、月例トークイベント「実験室」などが予定されている。



















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