借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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じつは赤毛のアンが好きです(2016年6月28日)


 カナダ、プリンス・エドワード島大学にて第12回モンゴメリ学会開催。今回の大会テーマは「モンゴメリとジェンダー」で、日本からは私も含めて計4名の研究発表がありました。専門性の高い個人作家の研究学会に、初めての参会で研究発表するなど向こう見ずにもほどがあるのですが、「あのプリンス・エドワード島に行ける!」という魅力に抗いきれず、参加してきました。
 学期中という制約もあって最終日のエクスカーション・ツアーには残念ながら参加できず。とはいえゆかりの地をまったくまわることができないというのはあまりにも無念なので、現地に到着後、時間をやりくりして日本人向けツアーに申し込み、「グリーン・ゲイブルズ」、「モンゴメリの生家」、「赤毛のアン博物館/銀の森屋敷」などを訪問することができました。大学周辺だけでは島の雰囲気をつかむことなど到底できず(島の大きさは愛媛県ぐらいと言われてもぴんとこない)、ツアーを通してようやくプリンス・エドワード島に来たという実感が沸いてきました。はじめて訪問する地なのに、「赤土の道」や「輝く湖水」、「恋人たちの小径」などあちこちの光景がとても懐かしく感じられるのが不思議。

 久しぶりに原作を読み返してみて、すべてのエピソードが有名かつ名場面であることにあらためて感嘆させられる。シリーズ化を通して「その後の人生の物語」を辿ることができるのがアン・シリーズの醍醐味なのだけれど、一作目の完成度は本当にすごくて最初のアンの登場場面から文字通り目が離せずに一気に丸一冊分読まされてしまう。マーク・トウェイン(モンゴメリと同じ11月30日の誕生日!)が「『不思議の国のアリス』以来の愉快なキャラクターで、心に迫る存在である」と刊行早々に賛辞を送ったように、まさに時代や国を超えた不朽の文化的アイコンとしてあり続けていて、ギフトショップで様々に売られているストロー・ハット(麦藁帽子)からもそのことはよく見て取れる。
 マシューとマリラの老兄妹が孤児院から養子をもらうという決断がいかに意外に映るものであるかを説明する一節に、「『マシューはオーストラリアから来たカンガルーを迎えに行ったんですよ』と言っても、リンド夫人はこんなに驚かなかっただろう」とあって、カンガルーを馬車に乗せたマシューの姿が思わず浮かんでしまい、マリラのアンに対するツンデレぶりや、まわりの友人たちとの間での意地の張り方、とぼけたユーモアが新たなツボに。こちらが年齢を重ねてしまったことも作用してるのだろうが、「少女小説」という側面だけでなく、「年齢を重ねること」も作品の主要なテーマになっていることに気づかされる。大人になってからこそ再読したい物語。


 覚悟していたもののツアーはやっぱり私以外の参加者は全員女性。「お仕事でこちらにいらしたんですか?(旅行業の方ですか?)」とくりかえし尋ねられる。まあしょうがないんでしょうけど、確かに男性の一人旅でここには来ないか。
 モンゴメリの親戚が営んでいた農場をもとにしている「グリーン・ゲイブルズ」はアン、マシュー、マリラのそれぞれの部屋、アンが憧れていた客用寝室など細部に至るまで物語世界を再現していて、実際に遊びに来たかのような体験を楽しむことができる。外にはマシューの馬車や、アンのコスチュームを着た女の子もいて(ちょっとイメージ違うけど)気軽に写真撮影にも応じてくれる。
 7月1日のカナダ・デーにあわせて毎年、街のお祭りの一環として上演されるミュージカル『赤毛のアン』は残念ながら観ることができなかったものの、ミュージカル『アンとギルバード』は鑑賞することができた。途中の入退場は原則できないということだったが、出口のドアをうまく使った仕掛けで納得。

 日本での『赤毛のアン』受容史はやはりおもしろくて、村岡花子により日本で最初に翻訳が刊行された1952年は映画『風と共に去りぬ』の公開と同じ年で、冷戦イデオロギーとの関係も興味深いものであり、スカーレット・オハラと共に戦後復興期の女性のロール・モデルとしてはたした役割は大きい。1970年の大阪万博にて現在もカナダで続いているミュージカルが上演されているのも象徴的に映る。
 1979年の「世界名作劇場」におけるTVアニメ化作品は、演出の高畑勲のもと、宮崎駿、富野由悠季が部分的とはいえ関与しており、アニメ文化史において決定的/奇蹟的に重要な作品。没後十年以上経った今でも展覧会開催が続いている近藤喜文によるキャラクター・デザインに、押井守も絶賛した高畑勲演出など伝説には事欠かない。
「でも、アニメのアンってかわいくないでしょ」と複数の方に言われたが、えー、そこがいいんじゃないですかね? 
 1980年には劇団四季(浅利慶太演出)によるミュージカルもスタートしており、この時期に『赤毛のアン』が大衆文化の中でさらに大きな発展を遂げているのも時代の必然と言えそうだ。「アンは嫌いだ」と言い残して宮崎はアニメ映画『カリオストロの城』(79)に集中すべく第14話途中で企画から降りているが、後に自身で手がけることになる少女ヒロイン像との比較分析ももっとなされていいように思う。

 さて、現在もまた何度目かの『赤毛のアン』リバイバル・ブームの只中にあって、現代文化における受容のあり方に目を向けても、映画『アンを探して』(宮平貴子監督、09)、真保裕一『赤毛のアンナ』(16)など正面から作品のモチーフとして扱っている例が目立つ。
 このたびの学会にて赤松佳子先生(ノートルダム清心女子大学/カナダ文学研究)が分析された柚木麻子『本屋さんのダイアナ』(14)や、あるいは湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』(12)など、女性同士の友情のあり方は現代文学における主要な関心の一つになっていて、その際に『赤毛のアン』における「腹心の友」が引き合いに出されることは数多い。
 「心の友」といえば、「おまえのものはおれのもの」という『ドラえもん』のジャイアンがつい思い浮かんでしまうが、「腹心の友」には特別な響きがあって、しかしながらいつまでもべったりと学生時代のように一緒に過ごせるわけでもないし、昔、マンガや音楽を貸し借りしては夢中にお喋りをしたような関係ではなくなってしまうものだ。「同性の友達を持ちたいのにもてない」「学生時代の友情が続かない」といった寂寞感は『赤毛のアン』の呪縛として今でも捉えることができるものかもしれない。
 真保裕一『赤毛のアンナ』は親を失ってから施設で育った女の子をめぐるド直球のタイトルに内容だが、現代を描く物語として『赤毛のアン』の原作のエッセンスが丁寧に再創造されている。時代や価値観が変容しているにもかかわらず旧来のモデルが残存している現代の社会構造の歪みや格差社会などについても考えさせられるものであり、さらに今の若い世代に『赤毛のアン』がどのようにロール・モデルになりうるのかという観点からも興味深い試みになっている。

 日本での絶大な人気の高さはよく知られているが、学会ではフィンランドやスロバキア、アイスランドなど様々な地域からの研究報告もあり、カナダのローカル色とグローバル性を併せ持った少女小説であること、また、20世紀初頭の時代性(とりわけ当時の女性の社会状況)を反映しながらも、現代においても古典の児童文学としてアクチュアルな力を持ち続けているという点においても比類ない作品であることをあらためて実感させられる。
 モンゴメリの日記、書簡の公刊をはじめとする基礎研究も近年進展しており、高い水準と打ち解けた雰囲気がこの学会の魅力で、さながら同窓会のように毎回参加する方々が多いというのも頷ける。2年毎の開催で次回も同じプリンス・エドワード島大学にて2018年6月21~24日の開催が予定されている。ぜひまた参加してみたい。










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