借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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伯父のはなし(2016年8月17日)



 私には2人伯父がいて、小学生時代の夏休みを両親の郷里(広島)で過ごしていた際に、大学教員(教育学)をしていた方の伯父は小学生と同じぐらいの期間、祖父母の家に何をするでもなくいて、私や従兄弟たちに禅問答のような謎かけをしては答えを教えてくれるわけでもなく、不思議な存在ではあった。気まぐれに近くの海に連れて行ってくれることもあったが、缶ジュース一本買ってくれるでもなく、子どもをかまうでもなく、一人で沖まで泳いだり、夜に一緒に散歩に出かけては突然、海に飛び込んで泳ぎ出したり、自由な人だった。
 もう一人の伯父は開業医(小児科・内科)をしていて、海に連れて行ってくれると「過剰に」もてなしてくれるのだが、それはそれで厄介なところもあって、無理してでも食べたり飲んだりしなければならず、ぼんやりしてると怒られるので気が抜けなかった。せっかちで予定よりも早く「病院が気になるから帰るわ」と言い残して帰ってしまうことも多かった。
「小学生のハローワーク」としてどちらの職業に憧れるかというと「お金はなさそうだが、小学生以上に休みがあって、本を読むだけで生きていける夢のような仕事が世の中にはあるらしい(誤解)」と、「大学の先生」という職業に対する原風景が形成された。今現在の大学教員は、お金がないのは変わらないとしても、夏休みは短くなる一方で、そもそも時間の拘束が少ないだけで「休み」というわけではもちろんなく、ワーク・ライフ・バランスの観点からはガタガタになりやすい。
 開業医の伯父の個人病院には子どもの頃に何度か訪ねたことがあって、独特の消毒液の匂いに、書類や薬剤などがあちらこちら無造作に積みあがっていて、終業後でも電話がかかってきては患者さんがやってきていつまでも帰れない。毎月、「点数つけ」と呼ばれる作業があってその時はいつにもましてぴりぴりしていて機嫌が悪い。憧れる気持ちなど微塵も持てずただただ大変な仕事だなあという印象しかなかった。
 十数年ぶりに病院を訪問してみようと思い立ったものの、中国(広島)地方特有の家父長制に基づくものなのか、単に野蛮で粗野な家系によるものなのか、今の年齢になってから頭ごなしにどやされるというのはなかなか新鮮というか、つらい、おそろしい体験でした。車の免許がないことで怒られ(院生時代に免許取得分のお金をもらったことがあったのに『マーク・トウェイン全集』に化けた)、ぼんやりしてないでもっとしっかりしろと怒られ、はては字が子どもっぽいと怒られ、やることなすこと否定され、もうむちゃくちゃ。競争の激しい世界(まわりにモダンな個人病院が次々に新しくできている)にもかかわらず、80歳近くで今もなお現役であり続けているのは確かに立派であるとしても、あのー、伯父と甥の関係というのはこれほどまでに理不尽で緊張を伴うものなんですかね?
 
 院生時代にも訪ねたことがあるはずなのにその記憶は完全に抹消されていて、忌まわしい体験だったにちがいないのだが、子ども時代の記憶と漠然とつながるような、つながらないような、時間が止まっているかのような不思議な感慨に(「診察室」や「待合室」ってこんなに狭かったっけ、など)。むしろ伯父ではなく、子どもの頃にかかっていた「町のお医者さん」の記憶が思い起こされ、懐かしい気持ちに包まれる。同じように雑然とした診察室で、大柄で怖そうな風貌だったのに優しい先生で、いつも(特に親を)安心させてくれる存在だった。小児科医はお世話になっても成長と共に離れていってしまうのが常なので、その後挨拶を交わしたこともなく、今の今まで思い出すこともなかった。
 今さら伯父に仕事や経歴についてあらたまった話を聞く機会もないこともあって、このたび初めて耳にする話も多く、貿易船の船医として半年ほどの間(1970年頃)中近東などをまわっていたという話は興味深いものであったし、専門性がますます高くなっていく中での開業医の役割・意義についての話は参考になった。医療の領域にかぎらないのだが、スペシャリストを活かす上でのジェネラリストの役割・意義の大きさをあらためて再認識することができた。
 身内の身びいきはあるとしても、本や専門誌などを通して幅広く勉強している痕跡は随所に見受けられるもので、「知れば知るほどおもしろくなるからな。医者を選んで正解だったわ。飽きることがない」という言葉を引き出せたのは収穫だった。私も同じ年齢になった頃に同じようなことを自分の選んだ職業に対して言えるかどうか。「医者は患者を断れんからな」と言うだけあって、準備ができれば開院時間の前でも後でも診療しているらしく、80歳を機に引退という話も聞いていたのだが、「わしが元気で(患者さんが)来てくれるうちはやるわ」とのことで、だがしかし、確実に失われつつある昭和の遺物の光景。

 ふと気づくと、自分も「伯父」という存在になっていて、小学5年生の姪(義弟の第三子)が女子空手の県代表(流派別の全国大会)に選ばれて上京し、我が家に一人で数日滞在することに。私の社会性のなさゆえに、一度、気まぐれに『藤子・F・不二雄大全集』や『うる星やつら』などのマンガを大量に送りつけたことがあったものの(大迷惑)、接点をもたないままここまできてしまっていて、今回で会うのが2回目。「伯父」のロール・モデルが極端なものしかないのでどうふるまっていいかわからず、小学生に気をつかわせてしまっているのがわかるので申し訳ない。
 かくして因果はめぐる。江戸東京博物館「大妖怪展」、「GeGeGe水木しげるの大妖界」、水族館、ムーミン・カフェ、スヌーピー・ミュージアム、ジブリ大博覧会、プール・・・と相手の体力も考えず、わずか2日半に「過剰に」スケジュールを詰め込んでしまったようで、相当の移動距離と深夜帰宅を強いてしまい、最後は文字通りフラフラに。
 こちらの関心に一方的につきあわせるのだが、2件だけ本人の希望を組み入れたのが、よみうりランド(遊園地)とE-girlsのミニライブ(お台場)。最近の子ども向けテーマパークは職業体験型アトラクションが特色になっているようで、よみうりランドの「グッジョバ」(Good Job Attraction)ワークショップはスポンサー企業に関連した「自動車・食品・ファッション・文具」の業種紹介になっていておもしろい。他の人と同じようにこなせる自信は私にはないものの、こんなワークショップが自分の子どもの頃にもあったらよかったな。








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