借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

50年目のスペシャル(2016年11月23日)



 11月23日はRCサクセションの(前身となるバンドの)結成記念日。といっても単に当時15歳の中学生がバンドを結成したというだけの日が年譜に「正史」として刻まれているのがすごい。その記念日となる1966年11月23日からちょうど50年目にあたる日に『ザ・タイマーズ スペシャル・エディション』が発売。1989年11月に発表されたアルバム『ザ・タイマーズ』の「デジタル・リマスター盤」に加え、「蔵出し音源(CD)」に「蔵出し映像(DVD)」の3枚組という構成。タイマーズはその後、1994年から95年にかけて活動を一時再開し、シングル1枚、アルバム2枚を発表。さらに2005年に忌野清志郎デビュー35周年記念ライブイベントにて臨時で復活を遂げている。この『スペシャル・エディション』では第一期タイマーズの活動のエッセンスが盛り込まれたアーカイブ盤になっている。
 正直なところ、このタイミングでタイマーズの旧譜が復活するとはまったく予測していなかった。とりわけ「蔵出し映像」では、はじめて公の場で姿を現したとされる1988年8月3日富士急ハイランド飛び入りライブでのバックステージの様子、もっとも初期の活動となる1988年11月13日横浜国立大学学園祭での伝説のライブ映像が収録されており、タイムコードが入ったままのむき出しの記録映像であるが、こうした貴重な記録資料が公式に発表されるのは嬉しいかぎり。横浜国大のライブは正式なレコード・デビューからちょうど一年前となるものだが、すでに楽曲もパフォーマンスも完成されていたことを確認できる。また、「蔵出し音源」としての未発表音源集は、後の活動において正式にリリースされている楽曲もあり、演奏やアレンジの比較も楽しい。この時期は、1988年にはRCサクセションとして、オリジナルアルバム『MARVY』(2月)、カバーアルバム『COVERS』(8月)、ライブアルバム『コブラの悩み』(12月)を発表しており、ライブツアーで録音自由化を宣言するほどレコード化が追いつかないぐらい創作意欲に溢れており、「尋常でない」としか言いようがないほどの多作ぶりであった。

 没後に発表されたアルバム『BABY#1』(2010)は、長年、行方不明になっていたマルチトラックを元に、親交の深いミュージシャンらによる追加録音、ミックスを加えたものであったが、1989年2~3月にかけて米国LAにて録音されたセッションに基づくものであり、本来は清志郎のセカンド・ソロ・アルバムとして構想されていたという。さらに前後して自らがダビングして関係者に配っていたというタイマーズのデモテープ海賊版もあり、結果として1989年はタイマーズの活動が中心となることでソロ・プロジェクト(『BABY#1』)は当時、陽の目を見ることなく終わるわけだが、今になってようやく『BABY#1』と『タイマーズ』という1989年の活動を並列して検討することができるようになったというのもおもしろく、ありがたい。RCではライブ終了直後に自分たちのライブ映像を皆で観ることが慣例になっていたというだけに、アーカイブ化してほしい音源・映像には事欠かず、公式アーカイブ化を切に望むが、1989年前後の活動の実態が様々な資料や関係者による証言と共に明らかになっていくのは文化史的にも意義深い。
 1989年はバブル景気の真只中であり、昭和から平成への転換期でもあり、時代のあだ花としてのタイマーズは生まれるべくして生まれたように思う。バンドブーム全盛期(『三宅裕司のいかすバンド天国』1989年2月~1990年12月)に対するベテラン・ミュージシャンによる応答でもあり、そしてRCサクセションの末期にも相当する(1990年12月25日をもって活動停止)。ロンドンでのレコーディングによる初のソロアルバム『RAZOR SHARP』(1987)を境に、交遊録をまとめたエッセイ集『忌野旅日記』(1987)なども含め、バンドの枠を超えた多彩な活動がより一層際立っていた時期であったわけで、その華やかな活動の背後で、そもそもバンド(RC)での海外レコーディングが頓挫した結果、ソロ活動『RAZOR SHARP』に結実したという事実は当時、明らかにされていなかった。
 また、バンド名の由来や自身の生育背景などについては連野城太郎(キティ・レコードなどのディレクター、森川欣信)による評伝『GOTTA! 忌野清志郎』(1989年6月、絶版)が出るまで公に刊行されることがなく、1988年前後の養父母の他界を契機に実母の遺品をはじめて目にしたこと、第一子の誕生、『COVERS』の発売中止騒動が立て続けに起こり、新たな転機を迎えたところで評伝はしめくくられている。実際に時代の大きな変化と共に、個人としてもバンドとしても大きな転換点を迎えていたのだろう。

『タイマーズ・スペシャル・エディション』に収録されている「解説ノート」は、『COVERS』の前後から東芝EMIの社員として宣伝担当をつとめていた高橋ROCK ME BABY氏による。過激なパフォーマンスばかりが注目されがちがタイマーズであるが、「アルバムを聴けば聴くほど、『デイ・ドリーム・ビリーバー』を中心に構成されているのではないか?と思えてくるくらい、この曲の存在感を感じる」という「解説ノート」の指摘は発表から30年近い時を経てこそ、見えてくることであるように思う。「失恋や人が去っていってしまう歌であるのに、なぜウォームでハッピーになるのか?」。
「デイ・ドリーム・ビリーバー」の訳詞は、清志郎の「母」について歌ったものであるというのが通説になっているが、喜怒哀楽の感情に富むこの時期ならではの産物であり、シンプルな言葉によるラブソングの形をとりながら複雑な曲でもある。ひょっとすると最大の代表作となっているのかもしれず、時代を超え、モンキーズによるオリジナルの文脈をも超え、あるいは「忌野清志郎」という領域すらすでに超えてしまっているのかもしれない。解釈しようとすれば複雑ではあるのだが、解釈などせずとも「感じる」ことができるのが音楽のすばらしさでもある。
 また、覆面バンドであり、もともとメンバーの名前もGS(グループ・サウンズ)のパロディで、多くの曲をメンバーと笑いながら作っていたというように、「遊び心」の要素は重要であり、「反骨精神」のみの一語で簡単に捉えきれるものではない。バンドブームの動向にあわせたかのように、タイマーズはアコースティック編成によるフットワークの軽さが売りであるが、その実、骨太のウッドベースが象徴するように若手実力派ミュージシャンがバックを固めており、覆面バンドとして「なりきり」ながら演奏を楽しんでいる様子が映像から伝わってくる。

 11月23日という記念日にあわせて「スペシャル・エディション」を届けてもらったことで、久しぶりに耽溺できるのがありがたい。











スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。