借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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音楽、映画、青春(2016年9月17日)



 総勢70人による「極私的映画作品論」の集成『観ずに死ねるか!』(鉄人社)シリーズは毎年コンスタントに刊行が続いており、「ドキュメンタリー」、「青春シネマ邦画編」、「絶望シネマ」ときて今年のテーマは「傑作音楽シネマ」。このシリーズは出版記念上映会と連動しているのも魅力で、テアトル新宿にて日替わり上映会+トークセッションが行われている(2016年9月3日~9月16日)。
 出版記念上映会では、すでに青春音楽映画の定番となっている山下敦弘監督『リンダ リンダ リンダ』(2005)を皮切りに、音楽映画の金字塔『ブルース・ブラザーズ』(1980)、NYヒップホップ・カルチャー(『ワイルド・スタイル』[1982])、沖縄映画(『ナビィの恋』[1999])、ボリウッド(インド)映画(『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』[2007])から、手塚眞によるSFロックミュージカル『星くず兄弟の伝説』(1985)などのカルト映画(!?)も含めて幅広く選ばれており、ラインナップを眺めるだけでも楽しい。『あがた森魚 ややデラックス』(2009)、「記憶」と「映像」を軸に据えた野心作、松江哲明『フラッシュバックメモリーズ3D』[2012])など「音楽ドキュメンタリー」の観点だけとりあげても、対象となる音楽と、それを描く独自の視点(監督)によって多彩さが際立つ。
 上演後、トークセッションに加えてミニライブの試みがあるのも一興。マーティン・スコセッシ監督『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』(2008)も選出されていて、我らが日本ローリング・ストーンズ・ファンクラブ代表の池田祐司氏も登壇。思えばこの人の悪い冗談につきあわされて早30年と思うと個人的に感慨深いが、ファンクラブ代表としてすでに40年以上、現在に至るまで会誌『Stone People』を発行し続けているわけで(現在91号)、バンドが50年以上続くのも凄いが人生を賭したファン道のありかたも凄い。

 そもそも「音楽映画」などという確固としたカテゴリーやジャンルがあるわけでもないのだが、映画と音楽は切っても切れない関係にあるわけで、今のように映画をDVDや動画配信などで手軽に入手できなかった時代はサウンドトラック盤として映画音楽の存在感は大きなものであった。書籍『観ずに死ねるか! 傑作音楽シネマ88』では、「極私的映画論」と銘打たれているように88作品が編者(出版社)の独断と偏見によって選ばれていて、そこがまさにいいのだろうと思う。自分であればこの作品を入れるのにと想像するのも楽しいし、意外な作品が選ばれていれば嬉しい。評者の思い入れの強さが伝わってくるのが本シリーズの魅力なのだが、とりわけ『傑作音楽シネマ』は作品も論評も情熱にあふれている。

 上映会の一番のお目当ては、松居大悟監督『私たちのハァハァ』(2015)で、すでにDVD化されているのだが、劇場で鑑賞するのははじめて。
 北九州に住む女子高生4人組が、お気に入りのバンド、クリープハイプの福岡公演で出待ちをした際に「東京のライブもぜひ(見に来てね)」と声をかけてもらったのを真に受けて、親にも内緒にしたまま夏休みに自転車で東京に向かうという女の子たちの冒険物語。1000キロもの長距離を自転車で走破なんてはたしてできるのかと誰しもが疑問に思うに違いないが、早々に自転車をあきらめてヒッチハイクに切り替えてしまう変わり身の早さも小気味よい。『リンダ リンダ リンダ』のようにバンドや部活に捧げる青春というわけでもなく、「青春ロードムービー」といっても、旅の道中で何か劇的に大きなことが起こって人生が激変するわけでもない。
 登場人物によるカメラ映像やSNSの画面などを織り交ぜながら、実際の女子高生の会話を再現したかのような何気ない「ことば」と「演出」にこの作品の最大の魅力があって、監督自身も劇団を主宰している上に、共同脚本を担当した劇作家・舘そらみ氏の演劇的手法による貢献も大きいのだろう。
 上映後のトークセッションでは監督(+助監督?)とキャストの女子高生4人組中3名が参加。撮影からちょうど2年、公開時のイベントから1年で久しぶりの再会となったようで、さながら同窓会の趣(でも「全員はそろわない」)。「音楽映画」の観点からは、この映画のためにクリープハイブと曲を作り上げていく中で意見の食い違いも生じ、作曲を担当する尾崎世界観と険悪になることもあったそうで、その製作過程自体がまるで青春映画そのもののような裏話もおもしろい。
 松居大悟は『アフロ田中』(2012)、『男子高校生の日常』(2013)、『スウィートプールサイド』(2014)などマンガを原作にした青春コメディのほかに、『自分のことばかりで情けなくなるよ』(2013)においてすでにクリープハイプの音楽を軸にした群像劇として長編映画を製作しており、彼らのミュージッククリップも多く手がけている。ほかにも、大森靖子のミュージッククリップを基調にした映画『ワンダフルワールドエンド』(2015)があり、すでに存在する音楽をもとに映像を通して物語化していく試み、あるいはミュージシャンとのコラボレーションによって映像と音楽を融合させていく試みは、「音楽映画」の多様なアプローチの中でも格別に映る。
 
 現在公開中であることから当然のことながら『傑作音楽シネマ』には収録されていないのだが、新海誠監督『君の名は。』(2016)においても音楽は作品の中で重要な役割を示している。
 RADWINPSはこの映画のために主題歌4曲・劇中曲22曲を書き下ろしており、アニメの制作過程から監督自身と綿密なやりとりを経て作り上げていったという。新海監督がお気に入りのミュージシャンであるRADWINPSに映画音楽を依頼するところから交流がはじまり、RADWINPSの方も新海監督のそれまでの作品を何度も鑑賞して臨み、感性をシンクロさせていったらしく音楽と映像が溶けあわさっている。
 監督の熱心なアプローチにより実現したコラボレーションであっても、細かいところでやり直しの注文も多かったらしく、「映画と音楽の関わりという意味で、僕にとっても同じく高いハードルになってますね。同じやり方は二度とできませんね」(『新海誠Walker』23頁)と述べるように、そうしたせめぎ合いの中で生じる緊張感が作品を引き立てる効果をあげているのだろう。
 公開中の作品ということもあり詳述は避けるが、『君の名は。』は、十数年前に「セカイ系」とされる文化潮流の代表的存在(『ほしのこえ』[2002])として「世界の終わり」のモチーフを描いてきたことに対する誠実な応答責任であるように思う。
 それにしても、プロデューサーによるところが大きいのだろうが、どちらかといえば、玄人受けする表現者という位置づけであったのにこれほどまでに大ヒットするとは。近所の映画館で観たのだが、周りの席を高校生の集団に囲まれてしまい、皆、喋りながら観るのでうるさくて閉口した。「話題になってるから観に来た(ふだんは映画館には来ない)」という層を巻き込むというのはこういうことなのかということをまざまざと実感させられるもので、「話題になってるわりにはおもしろくないな」という反応も引き受けねばならず、今どきヒットするというのも大変だなあ。とはいえさすがに終盤にかけてはお喋りも止まり、そこは作品の力が届いたという証。













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