借りてきた猫のように

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ヒッチコック9(2017年2月27日)


 ヒッチコックのサイレント作品のデジタル修復版上映映画祭「ヒッチコック9」がMOVIX京都(3月中旬には東京・東劇)にて開催。

 アンソニー・ホプキンスがヒッチコック自身を演じた映画『ヒッチコック』(サーシャ・ガヴァシ監督、2012)や、映画史上における伝説のインタビューを軸にドキュメンタリー映画に仕上げた『ヒッチコック/トリュフォー』(ケント・ジョーンズ監督、2015)など、アルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)の生涯とその映画術に対する関心が再び高まっている。
 映画理論であれ、映画制作であれ、ヒッチコックは基本であると同時にいつでも立ち返るべきホームのような存在で今でもあり続けている。好きな作品を挙げていくだけでも話題にことかかない。
 とはいえ、イギリス時代のサイレント映画作品と言われると、意外なぐらい共有されていないのが現実ではないか。なにせキャリアが長く多作なので最終作品『ファミリー・プロット』(1976)に至るまで監督歴だけでも半世紀に及ぶ。その上、テレビ番組『ヒッチコック劇場』(1955-62)や、その活字版として創刊されたミステリ雑誌『アルフレッド・ヒッチコック・ミステリ・マガジン』(1956- )などにも関与しているわけで、メディアを超越したアイコン的存在であり、その全容を掌握することは容易なことではない。

 「ヒッチコック9」は、英国映画協会(BFI)により、サイレント時代の現存する作品を一コマずつデジタルで修復を施し、記念すべき監督デビュー作『快楽の園』(1926)から、『恐喝(ゆすり)』(1929)までの9作品を一挙に上映する画期的な映画祭となっている。
 『恐喝』はヒッチコックのイギリス時代最初期のトーキー作品として知名度の高い作品であるが、この映画祭で上映されるのはサイレント映画版であり、サイレントとトーキーのそれぞれの特性を活かして2つのヴァージョンが制作されていた背景による。
 ヒッチコックというメジャーな対象であるとはいえ、きわめて専門性の高いマニアックな映画祭であるにちがいなく、京都の中心に位置する快適な映画館で、大きなスクリーンで鑑賞できるのは贅沢というほかない。デジタル修復版で蘇った映像は惚れ惚れするほど綺麗であり、しかもいくつかの作品は古後公隆氏によるピアノ生演奏とともに心地よく鑑賞できる。サイレント映画ではあるが、字幕が付されている箇所については、本映画祭のディレクターをつとめる大野裕之氏により翻訳がなされ、映画上映にあわせて読み上げがなされる「手作り感/ライブ感」も楽しみを盛り上げてくれる。

 私が鑑賞した日は、当時の人気舞台劇を映画化した『農夫の妻』(1928)と、フランス、パリを舞台にした『シャンパーニュ』(1929)の二本が上映された。加えて、それぞれの作品の上映後に映画監督の深田晃司監督と大野裕之氏によるアフタートーク付。二階堂ふみ主演映画『ほとりの朔子』(2014)を個人的に好んでいたこともあり、この監督であればどのようにヒッチコックについて語るのだろうとひそかに楽しみにしていたのだが、その高い期待をはるかに上回る明晰な分析と情熱的な語りを存分に楽しむことができた。
 上映されたばかりの作品を具体的な場面や手法に基づいて、『農夫の妻』では特に舞台と映画の違いを「視点/カメラの動き/空間表現」に注目して分析されていたのがとても参考になった。『シャンパーニュ』は冒頭から「ヒッチコックらしさ」に満ちた作品であるのだが、ヒッチコックの手法についてのみならず、「映画とは何か」を根源的に問い直すかのような深田監督の姿勢が印象深く刺激的であった。第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞を受賞した最新作『淵に立つ』(2016)はフランスとの合作であり、さらに小説版も刊行されるなど、メディアや国を横断した活動が目を引くが、今後、映画論やエッセイなどもぜひ読んでみたい。現在の日本の映画製作を取り巻く問題点についても積極的に発言している。

 プログラム(大野裕之編『ヒッチコック9――サイレント全作品デジタル修復版プレミア上映解説』)も資料性と洞察に富み、読みごたえがある。チャップリン研究で知られる映画史家デイヴィッド・ロビンソン氏と、サイレント映画の演奏家として高名なニール・ブランド氏へのインタビュー記事「ヒッチコックとサイレント映画」は貴重な証言の記録になっている。
 この「ヒッチコック9」のデジタル修復プロジェクトを、英米比較映画史、メディア研究、作家研究などの観点から捉え直すことによってヒッチコックがますますおもしろくなるにちがいない。また、これまでにそれほどなじみのない人であったとしても、ヒッチコックによるサイレント映画表現の試みを通して、映画のおもしろさを実感することができるのではないか。










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