借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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大林宣彦映画祭(2017年10月2日)


 大林宣彦映画祭(於・池袋「新文芸坐」)閉幕。
 9月30日最終日はオールナイト上映会「アンコールワンダーナイト編」でトークショー付。
 ラインナップは、
・『CONFESSION=遥かなるあこがれ・ギロチン恋の旅』(1968)
・『HOUSE/ハウス』(1977)
・『金田一耕助の冒険』(1979)
・『少年ケニヤ』(1984)

 なんとまあ絶妙なセレクションで、カルト的名作『HOUSE』はまだしも、他の3作品は今では単独で話題になることもあまりなく、オールナイト上映会の高揚感であればこそ味わいが増すもの。
『CONFESSION』は1968年の時代の産物であり、当時20代後半であった監督の青春時代との訣別の記録でもある。文字通り片時も目を離せない映像詩(イメージ)の集積で、実験映像作家としての大林宣彦の原点。
 初期作品集DVD『大林宣彦青春回顧録』に収録されているのですっかり観た気になっていたが、上映中2回ほど生じたフィルムのトラブルも含めて映画館で観ることができてよかった。クセになる音楽に、クセになる独特のテンポ。
 実験映画製作集団「フィルム・アンデパンダン」に参加し、自主映画/実験映画の先駆者であり、ヌーベル・ヴァーグ、アメリカン・ニューシネマとまさに同時代人であったわけで、公にされている初期作品からだけでも優に半世紀を超えるキャリアに加えて、現在なおも旺盛な創作意欲にひたすら圧倒させられる。
 1964年のインディペンデント映画祭の作品集『フィルム・アンデパンダン1964』が2013年にDVD化され、展覧会「エクスパンデッド・シネマ再考」(東京都写真美術館、2017年8~10月)の開催など1960年代の実験映像文化が再評価されている流れの中で大林作品を捉え直す機運も高まっているように思う。叙情的な映像詩人であり、モダニストであり、ポップ・アーティスト。1970年代のCMディレクター時代の作品(2000本を超える!)を、代表作だけでも一望できたら素晴らしいのだが、やっぱり難しいんだろうなあ。

『HOUSE』はもちろんのこと、『金田一耕助の冒険』も深夜映えする作品で、今だからこそ楽しめるパロディ映画の怪作。壮大な遊び心(悪ふざけ?)も含めて大林映画の真骨頂。オールナイト映画祭ならではのマジック効果もあるのだろうけど、こんなに楽しめるとは思わなかった。

『少年ケニヤ』は、大林監督唯一のアニメ映画ということもあり、アニメ史においても語られることが少ない壮大なエンターテインメント冒険活劇。もともと原作が山川惣治の絵物語(1951-55)ということもあって、1984年の発表時においても時代錯誤的な冒険物語であったのだが、原作者である山川惣治本人が実写で登場する冒頭場面といい、メタ構造的な仕掛けも随所に凝らされていて斬新。とはいえ、明け方に2時間近い長編はさすがにちょっときつかった。
 宮崎駿『風の谷のナウシカ』、押井守『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』の二大巨頭と完全に同時期ということもあって光が当たらないのもやむをえないのだが、思えば『幻魔大戦』に続く角川アニメ映画の第2弾であり、ほかにも『カムイの剣』(85)、『ボビーに首ったけ』(85)、『時空の旅人』(86)、『火の鳥』(86)と当時の角川映画は長編アニメにも力を入れていたわけで、音楽、キャラクターデザインなど顔ぶれも異様なまでに豪華。

 上映会開始前に行われたトークショーは、『ねらわれた学園』(1981)でデビューをはたし、『時をかける少女』(1983)の未来人「深町君」役で有名な高柳良一氏をゲストに、映画評論家・樋口尚文氏が聞き役として、実際の高校生であった視点から「大林組」(大林映画)を回想する構成。樋口氏の最新刊『「昭和」の子役――もうひとつの日本映画史』(国書刊行会)に収録されている長編インタビューのダイジェスト版のような趣であったが、やはりご本人の声で聞く方が貴重であり、おもしろいし、何より話がうまい。
 かつて筒井康隆氏がエッセイで「深町君が編集者として原稿を受け取りに来た」と触れていたので俳優業引退後、編集者になっていたことはなんとなく知っていたのだが、その経緯やその後の経歴(現在はラジオ局総務部長)について知るのははじめて。
 『ねらわれた学園』の高校生(関耕児)役は、まじめでスポーツも得意で人望もあって、それでいて反骨精神もユーモアもあって、という眉村卓原作小説をまさに具現化したような人物像で、当時も子ども心に大人っぽいなあと思っていたものだが、今観返しても堂々とした存在感。普通の人のようで、超然としたそのあり方は役柄のイメージと変わらず。本当に不思議な人だ。
 また、この度の映画祭では聞き役に徹していらしたが、樋口氏の大林映画論についてもぜひじっくりうかがってみたい。

 最近も実写映画版『亜人』(本広克之監督)に「大林監督らしき人が出演していたと思ったら本人だった」とまったく思いがけない形で話題になっていたが、大林監督の新作『花筐HANAGATAMI』は12月16日公開予定。
 作品数が途方もなく多く、キャリアも長く、作風も媒体も多様なので、全体像をつかみにくく、テレビやCMなど現在ではそもそも視聴不可能な作品も数多いのだが、大林映画から映像文化史を捉え直す視点もおもしろい。















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