借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年5月19日

 マンガ『思春期ビターチェンジ』(2012- )の最新刊第4巻刊行! 男の子と女の子と心と身体が入れ替わるというポピュラーカルチャーの中で何度もくりかえされてきた設定ですが、これまでも指摘されてきているように、小学4年生から高校生まで入れ替わったまま過ごしている展開がおもしろい。映画『転校生』(1982)の原作となった山中恒による小説『おれがあいつであいつがおれで』(80)ももともと性的に未分化な小学6年生による物語でした。
 私が担当している「現代文化における思春期の表象(現代日本文化論)」のクラスはいつも大林宣彦監督『転校生』およびそのセルフリメイク『転校生さよならあなた』(07)からはじめているのですが、やはりどうしても男の子の物語になってしまっているために、「男の子に変わった女の子」の側の描写にものたりなさを感じてしまうのも事実。もし女性の表現者であれば、「死にたい」という気持ちだけではなく、別の要素も描き込めたのではと思ってきました。
 『思春期ビターチェンジ』の作者・将良氏は女性であり、定番中の定番の物語設定でありながら、細部の表現や逸話はなるほど女性の視点ならではと新鮮味を感じさせるものです。もともとウェブコミックからの転載によるデビューであった経緯からも、これがベテランの作家であれば自分のペースでじっくりゆっくりと描き込むところをわずか3巻で高校まで進んでしまうところはいかにももったいない。それでもこの「ありふれた」といってもいい物語設定に新味を加えられたのは収穫でしょう。しかし、「十代の男子になる」のはやっぱり楽しい経験にはなりえないんですかね。この物語でも「女の子に変わった男の子」の方が柔軟に対応しているのに比して、「男の子に変わった女の子」の方が何年経っても状況を持て余しているようです。
 大林版『転校生』(82)はあれほどの体験を共有したにもかかわらず、転校による別れがラストシーンとなっており、おそらくその後の交流は続かないであろうという男の子の成長物語として幕を閉じます。別れがあって、新たな出会いがあって、をくりかえす学生時代ならではなのですが、年齢を重ねてからみるとこの別れの場面はよりリアルに映るものです。
 小学校から中学校、中学校から高校と、人間関係や価値観が大きく変わる転換を超えて描こうとしている『思春期ビターチェンジ』ですが、丁寧に描き紡いでいってほしい作品です。第4巻では身体が異性に入れ替わっていながら、そこに異性に対する意識の芽生えが出てきて新たな展開の幕開けになっています。入れ替わりの秘密を共有してきた彼らの関係性にも変化が見られ、今後より一層おもしろくなりそう。



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