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借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年6月27日

 辻村深月の新作小説『朝が来る』(文藝春秋)読了。新刊なのでところどころぼかしますが、最初の20頁で辻村作品特有のいやーな気分になり、50頁ぐらいまでで予測を裏切る展開に戸惑い、100頁まで進むと「そうなるのか!」とうならされ、あとは一気に最後の頁まで。何が巧いといってストーリーだけ紹介されたら陳腐な話になりかねないのをよくここまで引き込むなあと。もっと他の人物や視点などを多面的に使っても、という思いもあるものの、意図的に物語構造をシンプルにしようとしているのがわかるのでこの作品はこうなるしかない。
 
 作者の出産後の作品ということでもあり、ああ、これからはママ同士の人間関係の煩わしさがテーマになるのか、きっついな、と思っていたら、現在の日本における養子縁組をめぐる事情に焦点が当てられており、多様化しつつある家族像のあり方、今現在の養子縁組をめぐる現場の状況・様々な人間模様など深く考えさせられることも多く、新境地といってよいと思う。もともとブライダル産業を描いた『本日は大安なり』(2011)、アニメ業界の『ハケンアニメ』(2014)など、業界で働く女性を描くのが巧い作家ではあるのだが、テーマがテーマだけにコメディ色も強い『本日は大安なり』と比べても、養子縁組を求める人たちのそれぞれの事情や心の動きが丁寧に描かれていて真摯な作品になっている。

 (親が育てられない赤ちゃんを、子どもを望む家庭に生まれてすぐに養子に出す)「特別養子縁組」を求める際にもおおよその年齢の基準があり、40歳ぐらいまでが望ましいということははじめて知った。確かに子どもが成人になるまでを現役として見届けるとしたら逆算するとそうなるのだろう。まさにちょうど私ぐらいの年齢で子どもがいない夫婦の場合、「いつかは養子もいいかもねー」「そうだねー」などと呑気にコーヒーをすすってたりするわけで、いやはや。申し訳ない。
一方、養子に送り出す立場もまた当然のことながら事情は様々だろう。「中学生/十代の妊娠」はこれまでにも様々な物語で描かれてきたことではあり、中絶(堕胎)/出産という選択がそもそもできるかどうか、選択できた場合にどのような決断をするのか、そしてその後の彼らの人生はどうなるのか。様々な人間模様がそこにはある。

 大学生であったとしても、中絶はさすがに知る由もないし、報告してくれなくてまったく結構だが、十数年ほど教壇に立っているだけでも、「出産のために大学辞めます」から「出産してたので休学してましたが、戻ってきました」まで様々なケースがある。男子学生であっても「どうしても子どもの面倒を見なければいけないので途中で早退させてください」ということもある(卒業式にその子を一緒に連れてきてくれていて、こちらも感慨深かったし、子どもがいて扱いに慣れている同僚教員にかわるがわる抱っこされていた)。

 そういえば私の大学の同級生も、しばらく見かけなかったと思ったら、突然、ふらりと学校にやってきて「いやー、これもんでさー、大変だったよ」と言いながら手をこちらに向けるので、てっきり指でも詰めたのかと思ったら、ガールフレンドの妊娠を機に結婚したということだった(という意味で指輪を見せていた)。もうその子も20歳になっているはず。

 中高生と大学生とではもちろん大きく状況は違うけれども、人生の選択肢は多い方がいいし、休学してでも卒業の可能性は探ってほしい。

 アメリカのティーン・フィルムでスマッシュヒットした映画『ジュノ』(2009)はちょっと変わった女の子ジュノが16歳で妊娠してしまい、中絶の可能性を最初は探りつつも、結局は養子縁組を希望するに至るという物語。ジュノが今一緒に暮らしている母親は、父親の再婚相手で、生物学的には血が繋がっていないのだが、両親がジュノの決断を尊重し、最善を尽くそうとサポートしてくれるところもいかにもアメリカらしい親子関係と言える。

 妊娠の相手である高校生男子はまだ子どもで、しかもジュノが楽観的で、かつ、自分で行動を起こしてしまうので、こんな呑気でいいのかとハラハラするぐらい、ことの次第をまったく把握していない。さらにジュノから養子を譲りうけることになる、子宝にめぐまれないカップルの方でも、「子どもがほしい」という気持ちのあり方に夫婦の間で大きなずれが生じてきてしまい、夫の方が「父親になる」ことを避けはじめていくようになる。確かに養子縁組をめぐる状況の場合、男性の関与は難しい面があるだろうが、「男って何なんだろう?」と考えさせられるのも事実。そしてこの夫婦のケースとは異なるけれども、不妊治療などをめぐり結果的にすれ違ってしまうことになってしまう夫婦も少なくないのだろう。

 『ジュノ』は多様化する家族像や、養子縁組による家族のあり方、10代の妊娠をめぐる選択肢など、とりわけ「~でなければならない」とつい思い込んでしまいがちな日本においてこそこれからももっと観てほしい作品であるけれども、「家族を作る(維持する)」ということはそれほど簡単なことでもない(だからこそ様々な配慮が必要ということで)ということにも気づかせてくれる。
『朝が来る』においても、タイトルが示しているように、まだこんな可能性もあるかも、と思わせてくれるところが魅力。朝は「また」来る。








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