借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年7月5日

日本マンガ学会第15回全国大会は広島アステールプラザで開催され、地方大会の特色を活かし、広島ゆかりのマンガ家の原画展も同時開催された。さらに広島ゆかりのマンガ家を中心としたシンポジウムやトーク・イベントなども大いに盛り上がった。マンガ家は本質的にストーリーを考える資質、職人的に絵を描く資質と、商業誌であれば編集者と打ち合わせを必要とする際に作品について説明する資質なども要求されるからか、どの方も皆さん、話がおもしろいし、聴き手までもが創作の現場に携わっているかのような感覚を味わうことができるのがマンガ研究/マンガ学会ならではの醍醐味と言える。

 中でも現在、進行中のアニメーション制作企画『この世界の片隅に』(2016年公開予定)の監督、片淵須直氏(『マイマイ新子と千年の魔法』[2009]ほか監督)によるトーク・セッションは興味深いものだった。このたびのシンポジウムでも中心的役割をはたしているマンガ家、こうの史代氏(2012年度より比治山大学美術学科客員教授)による同名のマンガ作品(2007-09)を原作にした物語である。舞台となる昭和20年前後の広島県呉市の情景をいかにしてアニメーション作品の中で再現するか、様々な写真資料を交えながらその時代考証の過程を解説していただいた。私は広島の呉の生まれで(といっても生まれただけ)、海沿いでガラの悪い土地柄ながら(マッチョな男性性の強い文化土壌なので私がこの地で育っていたとしたら到底やっていけなかっただろうとつくづく思う)、戦時中は海軍工廠の街で活気があり、舶来文化も多く流入し、相対的にリベラルな雰囲気でもあったという。

 片淵氏によれば、制作にあたり、当時を知る地元の人たちから談話をとり、郷土史誌を含めた様々な写真をもとに当時の街のあり様を再構成し、「九嶺」(呉の名称の由来とされる)と称される山々に響く様々な「音」(サイレンなど)の意味を検証したり、当時の灯火管制の状況、バスや列車の様子やしきたりなどを様々に再現しようとしたりする試みを地道に続けられており、その熱意のあり方に感銘を受けた。まさに字義通りの「アニメーション」の言葉が示すように、生命のないところに生命の息吹を吹き込む作業の連続で、正確な時代考証をもとに戦時下のある時期の呉の街並みを再現する試みは話を聞いているだけでも大変な作業であることがわかり、同時にわくわくするような数々の「発見」に満ちている。調べたことの大半は直接には役立たないだろうという話であったが、まさに「神は細部に宿る」。今から作品の完成が本当に楽しみ。「戦時中の人々の生活感を描きたい」という監督の試みにもあるように、「アニメ」や「戦争を描いたマンガ原作」という枠組みを超えた幅広い観客に開かれた作品になるにちがいない。

 書籍展示で購入した荒俣宏編『日本まんが(全3巻)』(東海大学出版会、2015)も、今回の学会参会による主な収穫の一つ。一冊当たりの値段も高く(3500円)、インタビュー集にしては、一見、恣意的なラインナップに見えるものであるかもしれないが、さすがに荒俣宏編著であり、通読してこそ面白い。やなせたかし、ちばてつや、水野英子、水木しげる、さいとうたかを、里中満智子、竹宮惠子、萩尾望都、高橋真琴、楳図かずお・・・何度も様々にインタビューを受けてきたはずの名だたる面々で今さら新しい話題もないだろうと高をくくっているとまったくの大間違いで、これは『荒俣宏の日本まんが史』として売り出すべきだったと思う。それほど一人一人のマンガ家に対する荒俣氏によるマンガ文化史における位置づけが面白く、独自のマンガ史観が貫かれている。

 ある世代以上のアメリカ研究者であれば、東京大学アメリカ研究資料センターが昔、刊行していた『アメリカ研究オーラルヒストリーシリーズ』(31冊)の冊子をご存知かもしれない。英文学やヨーロッパ史中心の英文科や西洋史学科において制度的に確立していなかった中、アメリカ研究を志した先人たちはパイオニア・スピリッツに溢れており、どのようにアメリカ研究を進めていったのかを聞き書きの形でまとめた冊子であり、その足跡は驚異と興奮(と困難)に満ちているものであった。

 この『日本まんが』に収録されているインタビューもまた、マンガ文化が未整備の中、文化の発展に貢献した先達の証言集であり、自身も少年時代、マンガ家を志していたという荒俣氏ならではの敬意に裏打ちされた真摯なインタビューと、それぞれの談話のマンガ文化史における位置づけを毎回、導入部で示していることにより、収録された談話自体は限られたものであるけれども、たしかに日本のマンガ文化の生成・発展史が浮かび上がってくる構成になっている。荒俣氏が約束の時間に遅刻したらしく、険悪な雰囲気ではじまったインタビュー(平田弘史編)もそのままの形で再現されているのもご愛嬌というか、それだけ生の証言の記録集であることの証(?)であるものと言える。

 アメリカの新聞コミックス文化の発展史にも詳しく、アメリカの名だたるコミックス収集家との交友を持つ荒俣氏ならではの視点・歴史観で、アメリカの新聞コミックス文化の発展史を、明治期日本の輸入文化史を接続/交錯させながら、マンガ史家の清水勲氏のコレクションに重ねる形で日本のマンガ文化「前史」を辿る箇所はとりわけ読みごたえがある。

 もともとはオンライン・サイトの連載(『荒俣宏の電子まんがナビゲーター』)を書籍化するものであり、長大な談話をそのまま収録してくれる出版社がなかなか見つからなかったという紆余曲折の上に最終的に大学出版局が引き受けてくれたという背景によるものであるらしいのだが、一見、地味でありきたりのインタビュー集に見えるかもしれないけれども、通読して読むことで確かに日本のマンガ文化の黎明期を支えたパイオニアたちの気迫が伝わってくる。










 
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