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借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年8月2日

 医療マンガ『フラジャイル――病理医岸京一郎の所見』(原作・草水敏、漫画・恵三郎、講談社『アフタヌーン』連載中)第3巻刊行。一度読んだだけでは内容が頭に入ってこないぐらい情報量に富み、活況を呈している医療マンガの中でも、「直接患者と会うことなく病気の原因過程を診断する病理医」の世界は通常知りえない世界なのでおもしろい。変人で傲慢でエラそうで他の科からは煙たがられている存在ではあるけれども、主人公の岸は病理医としてのプライドを持ち、周囲からいかに嫌われようとも、病院の経営原理にとらわれず、職業意識をまっとうするという設定なのだが、回を追うごとに意外に情にあついところもあり、高い専門能力と意識に裏打ちされている分、「変人」というよりも「偏屈だけど信頼される同僚」といった立場に落ち着きつつあるようにも思う。

 病院の経営原理もあるだろうし、綺麗ごとばかりではすまない世界だろうから、敵にまわすと厄介だろうが、昨今の医療過誤をめぐる厳しい状況などを考えれば、「私たち臨床医が不安で押しつぶされそうになる時、彼は航海図になってくれる」(同期の女医)、「この商売やってるとなあ どうにも診断に悩むことが年に何回かあるんだよ。で、そういう時のために病理医ってのは結構横につながってんだ」(上司の医師)などという言葉が示すように、優秀で職務に誠実な病理医を同僚に持てるならそれにこしたことはないだろう。ただし、ここに製薬会社が入ってくると話がややこしくなってくるのだが(製薬会社の功利主義・開発途上の製薬に関する副作用の問題など)、3巻までを読むかぎりだとむしろ岸の方がよっぽど情にあつく倫理観もあり、「今どきまっとうなハードボイルド」。陳腐な恋愛の要素が入ってこないところもよい。しかし、なんでタイトルが「フラジャイル」(もろい/壊れやすい)なんだろうな? これまでのところはすべてが「盤石な」印象なんだけど。 

 病理部に集うのは、医学部に進みながら経済的事情で医者の道を断念し、現在は優秀な臨床検査技師として周囲から高く評価されている青年・森井と(通常、技師1人はありえないが現在欠員中)、患者の症例を通して岸と関わったことを契機に岸を慕って神経内科から転科してきた卒後2年目の女性ドクター宮崎の2名。禅問答のような岸の厳しい教えを受けながら彼女が成長しようとしていくところもこの物語の魅力の一つ。彼女の葛藤を通じて、医療に携わる現場の戸惑い、問題ややりがいなども見えてくる。医療マンガでは「どうして医療に携わる道を選んだのか?」という問いが本当に必ず入ってきていて、責任も重くやはり独特の世界なんだろうなあ。

 病理部が大きく関与してくるということは判断に迷う症例や終末医療関連が多くなってくるわけで、必然的に暗く重い話になりがちなのだが、シリアスとコミカルのバランスも絶妙で、基本、天然キャラの岸と宮崎のコンビであればこその、すっとぼけたやりとりなど緩急のつけ方が巧い。産婦人科医を舞台にした『コウノドリ』(2013- )のどことなく慈愛に満ちた雰囲気とは対照的なのだが、科による気質の違いを反映しているようにも思う。

 もちろん細かく見ていけば、現実の世界と異なって描かれていることなんていくらもあるだろう。幻想で誤解が多い描かれた方は別に医療の世界だけに限った話ではない。綿密な取材に基づいて構成されている方が迫真性を増すものであるけれども、物語/フィクションは別に現実の正確な反映である必要はない。物語の中の人文系研究者/大学教員なんて「世捨て人」か「変人」か「ヒマ人」か、ある程度、時間の自由がきく職種の特性を活かしてフィクションの中でミステリーの探偵役に駆り出されることはあるとしても、いずれにしても世間知らずでまともではないという扱われ方ばかり。そりゃまあ確かに現実でも同僚の浮いた話一つ聞かず、仕事の職能で人をうならせたり、感動させたりできることもなく、ぱっとしないんでしょうけどね。

 しかしそれはそれとして、人文系研究者が「憧れられない職業」となってしまっている現実はもうすこし何とかした方がいい。90年代末の大学院重点化の「失敗」で高学歴ワーキングプアーなる現象を生み出して以後、教え子が大学院に進学したいと言いだせば、まずは総出で「やめた方がいい」と言わざるをえない状況が続いており、さらにここにきて人文系廃止論までもが浮上してきて追い打ちをかけている。確かに大学院を経て時間もお金も投資する労力に見合うかどうかがまったくわからないのでは職業の選択肢としてはまったく機能していない。せめて人文系でも大学院修士課程修了ぐらいは一般就職においてももっと評価されるように働きかけるべきではないか? 一つのテーマを掘り下げて研究し、まとめる能力と経験はどんな領域においても有効に活かされるべきものであるはず。
 
 それはさておき、「定時で終わる『麻・放・病』」とマンガ中で揶揄されている麻酔科・放射線科・病理部であるが(実態はもちろん知りませんけどね)、なかお白亜(監修・松本克平)によるマンガ『麻酔科医ハナ』(2012- 、双葉社)もすでに5巻まで刊行されており、評価も人気も高く、あと「放射線科マンガ」が出てくればコンプリート! 

 は冗談として、『麻酔科医ハナ』は男性読者しか基本的には想定されていない雑誌『漫画アクション』が初出ということもあってか、当初はいかにも男性向けコメディマンガの趣が強かったが、第5巻では、ICT(Infection Control Team/感染制御チーム)による「スタンダード・プリコーション」(感染症予防策)がとりあげられており、あくまでコメディの素材の域を出ないものではあるものの専門性に関する情報面も読みどころとなってきている(情報が古いようではあるが)。

 病理部も麻酔科もこれまでは少なくとも物語の中では光があたってこなかった領域で、なおかつ感染症のリスクや、激務の割に地味で待遇が悪いことなども含めて、やはり専門性が高いだけあって細かく見ていくとおもしろい。こうしたマンガ/物語の受容を通して、医学部生、看護学生をはじめ、医療現場を志す人の流れも確実に変わってくるだろうし、人はどんなに避けようとしてもいつ関わるかわからないのが病院の世界であるわけで、一般の読者にとっても興味深い世界であると思う。







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