借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年8 月5日

 日生マユによるマンガ『放課後カルテ』第9巻(講談社『BE・LOVE』にて連載中)刊行。産休の女性養護教諭に代わり、学校医(保健医)として赴任することになった男性主人公による物語。学校医はどこの学校にも存在するものの通常、学校内で常駐することはない(近隣の開業医が兼務することが多い)のだろうが、主人公の牧野は研修医を終え、大学病院で小児科医として数年間勤務した後、小学校に学校医を常駐させるモデル校の導入(専門医の試験配置)により赴任することに。

 単行本に付されている著者あとがきによれば、この作品はもともと編集者主導で進められた企画であったようで、現在、活況を呈している医療マンガの領域においても、病理医を描く『フラジャイル』(『アフタヌーン』)、産婦人科を描く『コウノドリ』(『モーニング』)、あるいは過去には看護師の成長物語『Ns’ あおい』(『モーニング』、2004-10)なども併せて、講談社の雑誌が「医療マンガ」ブームを牽引してきた。専門性が高い領域であり、「情報マンガ」の側面に魅力があることを考えても、綿密な取材に基づいた実証性が医療マンガ作品の生命線であり、現場を繋ぐ編集者の役割は想像以上に大きいのであろう。また、あとがきを通して作者の人柄の良さが伝わってくるのだが、主人公を含めて保健室という「磁場」に引き寄せられる「はみ出し者」の繊細な心情のあり方を描くのが巧い。

 主人公の牧野は大学病院で小児科医として医師のキャリアをスタートさせていたが、無愛想で口も態度も悪く、「問題ドクター」として厄介払いされる形で大学病院を追われ、小学校の常駐「学校医」として送り込まれることに(第5・6巻で「病院編」として赴任前の「前日談」エピソードが語られる)。前任者の女性養護教諭の代わりに、男性の学校医が保健室に入ることで、それまで保健室を恒常的に利用してきた女子生徒たちからは当惑と反発で迎えられ、また、小児科医でありながら子どもとのコミュニケーション・スキルに大いに難がある主人公の性質からも、混乱の中、物語ははじまる。

 新米学校医・牧野が学校という現場で生徒たちと接することで劇的に成長を遂げていくという類の物語ではなく、牧野はある意味で子どもっぽいまま大人になったような人物であり、生徒たち相手でもムキになって張り合ったりもすれば、大人げなく本気でケンカごしでやりあったりもする。保健室に生徒たちが牧野を慕って賑やかに集まることはないが、集団生活の中でふとはみ出してしまう生徒たちを邪険に突き放すでもなく、「誰であれ公平に無愛想で無礼に接する」牧野に少しずつ心を開く者たちが現れてくる。医者/病院の世界から「はみ出し」、学校の現場でも、「普通の保健室の先生」の枠にも収まらず、「共通の感覚(common sense)=常識」を共有する立場ではないからこそ「見える」側面もあるわけで、牧野は他の誰もが気づかない生徒たちの異変に逸早く気づくことができる。また、生徒だけでなく、教員も共同体の枠の外側にいる牧野の前だからこそ素の自分をさらけ出すことができるのだろう。

 学校医を物語の軸に据えることで、複雑で多様化している生徒たち(やその家族)の事情や問題のみならず、近年、社会の要請がますます厳しいものになってきている教育現場をめぐる状況が浮かび上がってくるという点でも、学校を舞台にしたドラマの側面からも新しい視座を提供できる魅力的な題材になっている。男性学校医といえば、男子進学校の学生寮を舞台にした、那須雪絵のマンガ『ここはグリーン・ウッド』(白泉社『花とゆめ』初出、1986-91)にて、母校に学校医(保険医)として勤務していた主人公の兄が登場していたことが思い起こされるが、「医師免許を取得しているにもかかわらず、何が悲しくて男子校で学校医なんてやってるんだ」とくりかえし揶揄されていた。おもしろい設定ではあったものの『ここはグリーン・ウッド』の事例はあくまで脇役のキャラクターにすぎない存在であり、学校医に焦点が当てられた『放課後カルテ』の独創性は多くの可能性に満ちている。

 ちなみに私は物心ついた時からずっと教員志望だったこともあり、教師については将来のロール・モデルとして、あるいは「こういう教師にはなるまい」という反面教師としてよく観察していた方だと思う。今から思えば傲慢にもほどがある話であって、自分のコミュニケーション・スキルを考えれば特に中学教師なんてつとまるはずがなく憧れと敬意が増すばかりなのだが、「養護教諭」の存在に対してはまったく想像の範囲外で、「どういう職務内容」であるのかすらいまだに正確には把握しておらず、自分の学生時代の養護教諭の先生についても申し訳ないぐらいまったく記憶にない。

 その点はもちろん私の思慮のなさであるのだが、学校という空間の中での保健室の特異な位置を示しているものでもあり、保健室を軸にすることで学校や社会を別の角度から見るおもしろさもあるのだろう。最新刊(9巻)では、教師の心の闇がテーマとして扱われており、昨今の教師を取り巻く厳しい状況やストレスの多い教師の苦悩の面にも目が向けられている。「保健室もの」として考えうる逸話や要素をやり尽くしてしまうぐらいのサブジャンルの代表作にぜひなってほしい、ますます期待が高まる意欲作。










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