借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年8月13日

 広島での学会参会の後、両親の実家の墓参りへ。うちの地域では墓参りの際に「灯籠」(盆灯籠)と呼ばれるカラフルな色紙細工を墓に備える風習があるのだけど(初盆の際には色紙を使わずに白)、広島全土で行われているものでもないらしい。紙細工の一面に名前を書くことで誰が墓に参ったのかわかる仕掛けになっていて、なんか出席をとるみたいで嫌だなあとも思うものの、墓参りの御礼や挨拶などを考えると便利な面もある。最近はこの灯籠の風習も廃れつつあって、軽量な木札を置いて帰る習慣に変わりつつあるようだ。何せ灯籠は大きくてかさばるし、お盆過ぎにもらった側が処分せねばならず、これがかなり大変な作業。

 両親とも同じ町の出身なので30分もあれば2軒分まわれて楽なのですが、誰が将来、墓の管理を継承するかを考えると暗澹たる気分に。私有地内に墓があるので最低限の管理すら誰かに託せるわけではなく、伯父や伯母の世代がいつまでも世話ができるわけでもなく・・・、こんな問題は全国どこででも共有されているものではあるのだろう。

 『お墓がない!』(1998)というコメディ映画がかつてあって、映画としての評価は決して高いものではないが、日本社会においては現代的で切実なテーマ。いかに様々な社会的要素が旧来の家制度の中で継承されてきたかが実感される。私自身も今住んでいる家の近くで墓探しをしてみた時期もあるので他人事ではなく、「現在ある墓を誰がどうする?」、「自分の親の墓をどうする?」というのも結構、面倒で厄介な問題。

 定点観測的に数十年にわたって夏の時期に同じ瀬戸内海の景色を見てきたわけで、現在の「地方消失」の問題もあわせて高齢化は進む一方だし、主要駅前のそごう閉店後も店が入らないままだし、問題は山積なのですが、「帰る場所」がなんとなくでも存在し続けてくれるのはありがたいことです。

 仙台出身・在住の直木賞作家・熊谷達也の最近作が図抜けてすごい。リアス式海岸沿いの架空の港町・仙河海市を舞台に、それぞれの作品は独立して完結したものでありながら、ゆるやかに登場人物が重なり合って世界が構成されている。こうした手法はウィリアム・フォークナーによる「ヨクナパトーファ・サーガ」と称される連作に代表されるもので目新しい手法ではないけれども、東日本大震災の「以前」「以後」「未来」の世界の光景や人々が生きる姿を精力的に描き続けており、より一層、凄みが増してきている。

 最新作『潮の音、空の青、海の詩』(NHK出版、2015)ではいよいよ震災から60年後の世界も挟み込まれ、防潮堤や放射能廃棄物をめぐる問題や「その後」を生きる次世代の人々の生活などにも目が向けられ、「以前」「以後」「未来」を壮大な視野で展望するまさに小説ならではのダイナミズムを感じることができる。

 震災「以前」の2010年4月から2011年3月10日までを描いた『微睡みの海』(角川書店、2014)のゆるやかな帰結(3月11日以後)がまさか『潮の音、空の青、海の詩』にこのような形で繋がるとは思わなかった。また、『リアスの子』(光文社、2013)は埼玉県と宮城県気仙沼の公立中学校で8年間、中学教師をつとめていたという著者ならではの中学教師を主人公とした1990年を舞台にした物語。問題を抱えた女子の転入生をめぐり、主人公の教師が奮闘し、生徒の心を開いていくという今どき「ド直球な」教師の青春物語であるが、震災「以前」のおだやかな日常や光景が「その後」すっかり変容してしまうことを知っている読者にとっては、懐かしい青春物語以上の意味を帯びるものになる。どうしても主役級となる不良(死語?)タイプの転入生・早坂希にばかり目がいきがちになるけれども、先行する『微睡みの海』の主人公である優等生タイプの昆野笑子の中学時代の様子も読みどころの一つ。笑子は教師の一家に育ち、中学時代から美術教師を目指していたけれども、『微睡みの海』では生徒との関係でうまくいかず心を病んでしまい休職した後、地元の美術館に学芸員として過ごしている35歳(2010年)の姿が描かれている。優等生タイプであるがゆえの脆さと危うさが連作となることによってより引き立つ効果を挙げている。

 さらに、『ティーンズ・エッジ・ロックンロール』(実業之日本社、2015)では2010年現在の高校生が町にはじめてのライブハウスを作ろうと立ち上がる青春物語で、これもまた読み進めるうちに「あの日」へのカウントダウンを読者は意識せざるをえず、また、若い主人公たちだからこその活力も大いなる希望を与えてくれる。

 同じ町を舞台にした連作だからこそ、そこに生きる人々の人生模様が様々に浮かび上がってくる効果があり、一つ一つが独立した作品なので、どの作品から読んでもいいのだけど、次の作品を読むときっとまた前の作品を読み返したくなるはず。

 熊谷達也といえば、何と言っても直木賞受賞作となった『邂逅の森』(2004)をはじめとする「マタギ三部作」や「古代東北歴史絵巻」となる『荒蝦夷』(2004)などの歴史ロマンで定評ある作家であるが、「仙河海市」連作は今後もライフワークとなるにちがいない。

 現在、注目されている「災害文学」の観点のみならず、現代日本の「ヨクナパトーファ・サーガ」として、一つの町を舞台に「過去」「現在」「未来」の人間模様を描くきわめて野心的で卓越した試みとなっており、60年後の未来にまで目を向けた『潮の音、空の青、海の詩』は現時点での到達地点となる作品に位置づけられるだろう。「以後」の世界を今後どのように書き継いでいくのかますます楽しみな連作である。











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