借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年8月25日

 「GYAO!初の配信オリジナルドラマ」が劇場版『女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。』(白石和彌監督)として新宿ピカデリーにて7日間トークイベント付上映中(8月22日~28日)。栃木県(?)の私立女子中学校の女子トイレを舞台に展開する全12話(各回13分)の「ソリッドシチュエーション・ガールズ・ドラマ」の物語が、前編(71分)・後編(61分)の二部構成に再編集された映画版として劇場公開。10分程度のエピソードからなる「ショートコンテンツ」と、2時間程度の映画版とは作り方がまったく異なるはずなのだが、映画として通して観ると、現役女子中学生である蒼波純演じる「ひとり美術部」大川たまこを主とした物語を軸に、ほか15人ぐらいの女子中学生キャラたちが群像劇としてそれぞれ描き分けられている様子がよく伝わってきて配信ドラマ版ともまったく異なる味わいに仕上げられている。

 劇場公開情報は現時点では発表されていない段階なのだが、パンフレット(みさこ+蒼波純サイン付!)を購入した際に、最近では珍しいぐらい充実した情報量に圧倒された。配信ドラマの再編集版を「特別に限定で」劇場公開するイベントと思い込んでいたのだが、今から思えば「ショートコンテンツ」+「劇場版」の展開も予め構想される形で作られていたのだろう。

 一応、名目上の主演は神聖かまってちゃんのドラマー、みさこであり、歌とドラム演奏が物語全編で軸になっている。映画の主題歌も彼女のヴォーカル曲ではないものの、神聖かまってちゃんの曲「自分らしく」。キャストの蒼波純および吉田凜音によるユニット「ずんねfrom JC-WC」がデビュー曲「14歳のおしえて」(大森靖子プロデュース)をリリースすることが発表され、であるとすれば、映画の作中でフィーチャーされてもよさそうなので、何がどこまで「最初から」決まっていて、何がどこから「派生して」生まれた企画なのか、不明瞭なところもおもしろい。蒼波純のニックネームが「ずんたん」だったのか! なんとなく耳にしたのだが、「ずんたん」が誰を指してるのかわからなかった(笑)。 

 25日(火)は連日開催中の日替わりトークイベントの中でも主演のみさこに、なぜか出演していない神聖かまってちゃんのベーシスト、ちばぎんも参加の回で、みさこ目当てで私はこの日程を選択。主演のはずなのになんだろう、このどことなく居心地の悪いアウェイ感は(笑)? すでに7日分のチケットは完売だそうだが客層が読めない。女子中学生役のキャスト17名の個々のファン層なんだろうとは思うけど、脚本の「リアル女子演劇界の新星」根本宗子ファンも確実にいるだろうし・・・。

 アメリカの学園映画・ドラマでは、事件はロッカールーム前で起こるというのは定番だが、女子トイレは確かにきっといろいろなことが起こっているのだろうけれども、少なくとも男性にはまったくわからない世界。シチュエーション・コメディの中でも、トイレに限定する究極性(「ソリッド・シチュエーション」)も含めて、映画固有の企画であればシリアスな展開も深められるだろうが、毎回10分程度の「ショートコンテンツ」の制約からはコメディに力点を置くのが正攻法だろうし、狭い空間の中で複数の人物が入り乱れる群像劇となっているのもいかにも演劇畑の脚本家ならではなのだろう。

 パンフレットでの脚本家インタビューでも触れられていたが、最近の傾向に多い「スクールカースト」(学内の序列化)ものではなく、「陰湿な話」でもなく、「中二病」的な描き方でもない形で、思春期女子を捉えようとしている姿勢がおもしろい。「リアル女子演劇」を標榜する根本宗子脚本を、男性監督が描くことで、現実的な側面とファンタジー的な側面がうまい形で混じり合うことができているのだろう。思春期ものとしては「ちょっとリアルなファンタジー」といった趣だろうが、私立の女子校という設定からも、コメディ調ながらなんとなくこんな女子中学生もいるかもと思わせる雰囲気はある。「セリフをしゃべったりキャラクターを作る上で、キャバクラの控室の話でも成立するようにしたというか。大人がリメイクしたとしてもなんとか成立するんじゃないかというものにしましたね」。なるほど。

 蒼波純演じる役柄(大川たまこ)が「ひとり美術部」となっていった背景についてもっとストーリーで触れられていれば、より感情移入できたのではないか、という反応が観客からあがっていたが、その通りだろうとは思う。ただもともとのドラマ自体、短い時間の制約の中でこれだけ多くのキャストを無理なく動かしていることにむしろ脚本・演出の妙を感じる。

 みさこ主演でどのぐらい観客の需要があるのかどうかわからず、女子トイレに常駐する清掃アルバイトという設定がどこまで物語の中で融合できているのか微妙なところだが、少なくとも着想の根幹では大きな役割をはたしている。みさこ自身に女優への志向はないと思われるが、期待の若手女性監督として嘱望されている山戸結希(東京女子流を主演に据えた映画『5つ数えれば君の夢』[2014]など)もまた、みさこの別音楽ユニット「バンドじゃないもん」のPV「パヒパヒ」(2012)を手がけるなど(しかも「永遠の13歳」でやはり中学生の話)、女性クリエイターの想像/創造力を喚起する存在であるようだ。女優を志向しているわけでも、壮大なる野心も感じさせないかわりに、「好きだからやってる」という「永遠のアマチュアリズム」というか、行けるところまで文化祭をやり続けようとするかのような刹那の感覚というか、キワモノ視されてもおかしくないバンド(神聖かまってちゃん)で「紅一点」のはずなのにそんな存在にも見えず不思議な存在感。オーバーアクションのドラミングは「時々」すごくかっこいい。

 いろいろな要素が混じり合っているようで完全に混じり合っているわけでもなく、すべてがあらかじめ仕組まれたように構想されているようにも見えて、たぶんきっとそうでもなく、新しくて、カオス的な回路から生みだされたような、ここから何かが生まれそうな予感を抱かせてくれるところに『女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。』の魅力がある。







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