借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年10月28日

 第52回日本英学史学会全国大会が拓殖大学にて開催。主に明治期に英語圏文化がどのように移入されてきたかをめぐる歴史研究が中心となるのだが、近年では英語教育史や仏学史(フランス文化流入史)研究の学会との連携も盛んに行われている。私自身は翻訳を通して西洋文学および思想がどのように移入され、どのように日本の文学・文化に影響を及ぼしたのかをめぐる文化交流の過程に関心があるのだが、英学以前には蘭学(オランダ経由の文化流入)もあったわけで、さらに当時の西洋文化もまたフランス語/ドイツ語圏文化などが様々に交錯して流通していたことからも、翻訳の過程を通して当時の多岐にわたる文化流入のダイナミズムを一望できるところにこの分野の魅力がある。
 さらに原作の物語を自由に脚色する「翻案」小説も、まだ西洋文化になじみのない日本の読者向けの大衆小説の形成期において当時、有効に機能していたこともあり、比較文学研究の魅力的な素材となりうる。大衆文化の黎明期としてどのような物語がどのような雑誌・新聞などを初出媒体として成立していたのかも興味深い論点。正直なところ、海外と比してもデジタル・アーカイヴ化が進んでいるとは言い難い状況にあるのだが、少なくとも翻訳文学にまつわる二次資料はこの20年ほどで飛躍的に進展してきており、英学史研究の成果をもとにした比較文学研究が今後、拡張していくことが期待される。
 専門性の高い研究学会として、発表の中である人物や事柄に言及すれば、「その人物でしたらさらにこういう側面があって・・・」と数珠つなぎにいろいろな繋がりを示唆してもらえるのもおもしろい。歴史研究が基本となるので、それぞれの個々の発表は専門性が高く細分化して多岐にわたっているのだが、ふだん気にとめていない領域であっても、「近代日本の文化生成と異文化流入」の観点から何らかの接点がおぼろげに、あるいは突然明確に見えてくる瞬間が多くある。中でも研究発表「プロテスタント医療伝道の受容と終焉」(高畑美代子氏)が興味深いものであった。西洋医療もまたキリスト教伝来と共に医療宣教師により流入されてきた背景があり1870年代に最盛期を迎えるのだが、布教と西洋医療の流入を分断させたいという明治政府の狙いによりドイツ医学の導入が推進された背景。また、「病院」の語の初出は1868年戊辰戦争時とされてきたが、1862年にロシア(ヲロシア)起源の函館の医療機関がすでに病院を名乗っていることを資料(絵図)により確認できること。さらに、「宣教医」であるプロテスタント医師たちや、教団派遣ではなく独自に「クリスチャン・ドクター」として布教に励んだ存在がどのようなものであったのか・・・など私の誤認もあるかもしれないが、これまでに文化流入をめぐる比較文化の観点からは考えたことがなかったトピックであったので新鮮だった。

 私自身は「探偵小説の英学受容」として、近年の英学史研究のアーカイヴ資料をもとにした比較文学研究の可能性について、また、グローバルな文化交流の枠組みの中で英学史研究を展望する可能性について示唆する研究発表を行った。この領域では、川戸道昭・新井清司・榊原貴教編『明治期シャーロック・ホームズ翻訳集成(全3巻)』(アイアールディー企画、2001年)、川戸道昭・榊原貴教編『明治の翻訳ミステリー復刻版(全3巻)』(五月書房、2001年)をはじめアーカイヴ資料が充実しており、さらに近年では日本初の探偵小説受容とされるオランダのJ・B・クリストマイエル(1794-1872)「楊牙兒(よんげる)ノ奇獄」(神田孝平訳『花月新誌』[成島柳北主宰])の復刻および現代日本語訳の刊行などもある(西田耕三編『日本最初の翻訳ミステリー小説 吉野作造と神田孝平』耕風社、1997)。
 あるいは、高橋修『明治の翻訳ディスクール――坪内逍遙・森田思軒・若松賤子』(ひつじ書房、2015)では、今よりも翻訳の概念が緩やかだった時代にそれぞれの翻訳受容がどのような方針によってなされていったのかを分析する最新の研究成果。中でも「人称」の概念に対する注目が興味深い。「近代」および「小説」の生成をめぐり、人称に対する意識が先鋭化された背景は自己や他者との関係性をめぐる「近代」の根源的な問いにも繋がってくるように思う。分析の対象になっている坪内逍遥訳「贋貨つかひ」(1889/明治22)は女性で世界最初に長編ミステリーを発表したとされるアメリカのアンナ・グリーンによる作品。

 探偵小説の流入以前にももちろん大岡裁きに代表されるような江戸時代の「裁判小説」や「白浪物」とされる人情ものや「毒婦もの」の系譜などミステリー・ジャンル「前史」はあるわけで、結局は「探偵小説・推理小説・ミステリー」の系譜の接続と変容を見ることによって「前近代」と「近代」以降の断面と接続・変容が見えてくるであろうし、探偵小説の「緻密な筋立てと描写」が日本の小説の発展に及ぼした影響はことのほか大きいものであったことがわかる。
 ミステリーの領域はファン層が厚いこともあり、関心や注目も高く、通史的な概観や系譜を展望する試みは強く求められているだろう。日本文学研究者・堀啓子『日本ミステリー小説史――黒岩涙香から松本清張へ』(中公新書、2014)はその点でも前近代のミステリー前史を繋ぐ姿勢と、明治期の文学者によるミステリーへの影響について森鴎外などを素材に分析しているところに強みがあるのだが、個人研究の限界もあってか、レビューでは、「本当に挙げられている作品を読んでいるのか?」、「そもそも著者はミステリーを好きなのかどうか?」などという手厳しい反応も少なからずあるようだ。とはいえ、書き手個人のジャンル観や文学史観が最大の読みどころとなるわけで共同研究の成果としてよりもやはり単独の研究書で読んでみたい。副題に挙げられている黒岩涙香の翻案が西洋文化と前近代の日本の物語伝統を繋ぐ大きな役割をはたしえたことを系譜から捉え直すところはやはり興味深いものであるし、ミステリーのサブジャンル化の生成過程や、「家庭小説」や「捕物帖」などの様々な大衆小説のジャンルとの関係性などを幅広くとらえることができる視点は比較文学の醍醐味を示している。












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