借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年11月29日

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 2枚の写真は現在と30年前(1985年)。そりゃ30年もたてば時代の変化も年齢の変化も相当なものであるはずで歳月の重さ(時の残酷さ?)を痛感しますね。

 しかし、くまモンさんはさすがスター。いい表情してるなあ。30分で80名の写真撮影をこなしていくのですが、会って数秒でうちとけた雰囲気を演出してくれるのがすごい。なんであんなに表現力豊かなんだろう?

 一方、30年前の写真は当時、TVアニメ『タッチ』(1985-87)の浅倉南の声優役で人気だった日高のり子さん。えー、僕は主役級のヒロインに魅了されることはまずないので、浅倉南を特にひいきにしていたことはないのだけど、『少年ジャンプ』全盛期の中、あだち充作品をようやく教室でも話題にできるようになって嬉しかったのは確か。『みゆき』のアニメ化(1983)の際にクラスで観てた同級生なんて他に一人しかいなかったし、そんな一人にすら「私はアニメ版はおもしろいと思わない」ときっぱり言われた。そりゃそうだよなあ。今でこそ「日常系」「空気系」など何も起こらないダラダラした日常を描くジャンルもなじみがあるけど、部活の青春ものでもなく、ドタバタコメディでもなく、アクションがなくて起伏に乏しいし、あだち充作品特有の「間」やユーモアを表現しきれていなかった。キティ・フィルム制作だけあって「想い出がいっぱい」をはじめ音楽はよかったのでそれは何よりの収穫だったけど。

 Rebeccaの再結成ライブ「Yesterday, Today, Maybe Tomorrow」(追加公演)がさいたまスーパーアリーナで開催。昔、西武球場にライブ「FROM THE FAR EAST」を観に行ったのが1987年7月31日なのでほぼ30年ぶり。Rebeccaがシングル「フレンズ」とアルバム『Maybe Tomorrow』でブレイクしたのは1985年だからまさにこの写真の頃。Rebeccaは当時の僕らにとって「万能の接点」として機能していて、何となく洋楽好きな仲間内でも「あのちっこいヴォーカルってシンディ・ローパーみたいですごいよな」と無邪気に興奮して喋ってたのを思い出す。まあ子どもの言うことですから。

 洋楽好きといったところでたかが知れたもので、当時はA-ha(「テイク・オン・ミー」)やワム!(「フリーダム!」)の全盛期で、カルチャークラブが子ども心をくすぐってくれるアイドルだった。一方、J-Popなんて言葉も概念もなかった時代だったけど、チェッカーズやおニャン娘クラブといった歌謡曲全盛期でも誰と話しても「REBECCAならOK(許す)」だった。誰が何を「許す」のか?(笑) 同じ女性ヴォーカルでも、中村あゆみやSHOW-YAやバービーボーイズはちょっとケバいというか、もちろんそれが魅力であったとしても女子ウケはあまりしてなかったし、渡辺美里は当時でも優等生でまじめすぎるというかREBECCAに比べると受容層は狭かったんじゃないかな。とはいえ、僕は小学校の卒業文集で渡辺美里から引用してるはず(アルバム『eyes』神沢礼江作詞)。ちょうど小6の3学期に流行ってたから。『eyes』も30周年記念盤が出るのか。

 NOKKOの回想によれば、「戦略で歌詞を書いていたところもあった」とのことで、
「バンドですごく売れたいと思ったときに、不良という風になってしまった人の気持ちを書けば、たくさんの人が振り向くんじゃないかと思ったのよ。そしたら、ホントにたくさんの人が振り向いてくれたんだけど、わたし自身は不良じゃないのよ。(略)学校では地味な女の子だったから」(「パンフレット」より)

 ちょっと不良っぽい世界に対する憧れを潜在的に持ちながら、でもそちら側にまわれないおとなしい層の人たちの支持も得られたことが実際には大きかったんじゃないかな。

 渡辺美里「My Revolution」が起用されたTVドラマ『セーラー服通り』(石野陽子主演、1986)にしても、Rebeccaの「ガールズ・ブラボー」が主題歌となった『ハーフポテトな俺たち』(中山秀征主演、1985)にしても今思えば若さが特権となって希望がもてた時代。個人的にはそんな若く希望がもてたはずの時期も無為に過ごしてしまったけど、男子も女子も、洋楽好きも歌謡曲好きも、文化系も体育会系も、皆を繋いでくれる万能の接点がRebeccaだった。

 87年の西武球場での第一声「こんな田舎まできてくれてどうもありがとう」を今でも鮮明に思い出す。「日本のニュー・ジャージー」埼玉出身であるNOKKOの詞は、都会に対する憧れと飽くなき上昇志向が基調をなしている。都会がすぐ近くに見えるからこそその輝きに魅了されるものの、でも手に届かない絶望的な心理的・物理的距離感というか、早くこの街(子ども時代)から出ていきたいという活力と渇望感に満ちている。時に童話のようにメルヘンチックに、それでいて時にリアルに、早く大人になりたいという期待感と、でもこの瞬間は今しか得られないという刹那の感覚を表現力豊かに歌い上げる。ものすごく大人に見えたものだが、当時21~23歳! しかし、昔も思ったが、あれだけ豊饒な物語を紡ぎだせる人がなんでライブのMCでは口下手なのか。

 最初のスマッシュ・ヒット曲「ラブ・イズ・Cash」(1985)は、「Can’t Buy Me Love」(ビートルズ)の現代版としても、マドンナの「マテリアル・ガール」(1984)の日本版としても、これほどまでに資本主義社会における女の子の若さの価値を高らかに謳いあげる曲も今となってはすがすがしい。それでいて明るく、嫌みがないキャラとして幅広く受け入れられていたのもすごい。1984年当時のサザンオールスターズに対して「日本に初めて現れたポップバンドだと思う」と評したのは村上龍だったが、同様にNOKKOのキャラクター、J-Popの先駆としてもはたした役割は大きく、また、上條淳士のマンガ『TO-Y』(1985-87)に出てくるボーイッシュな女の子ニヤ(アニメ化の際の声優はNOKKO)のモデルの一人とも称されるように、文化的アイコン、ロールモデルとして何といってもキャラが立ってる。

 「ラブ・イズ・Cash」が作詞家・沢ちひろとの共作になっていて、アルバム『WILD & HONEY』(1985)の「NEVER TOO LATE」の作詞者・宮原芽映の存在などともあわせて、後にNOKKOが独力で作詞を手がけるようになっていくうえで、またキャラクターの造型において、青春期の刹那の感覚やアメリカン・ポップスのような十代の女の子の軽やかな世界観など、初期の作詞に関与した作詞家の影響はどのぐらい大きかったのだろう? 21歳に「まだ遅くない(NEVER TOO LATE)」と歌わせるのは一体何なんだろうとも思うのだけど、刹那の感覚とノスタルジア(郷愁)はその後の曲においても継承されていく。

「女の子は小さな石ころ どんな色にも輝きだす」(「Little Rock」1989)

 女の子は誰しも輝く可能性を秘めている。そんなベタな夢や理想を衒いなく高らかに語れた時代。だからこそ文化系から体育会系まで十代の幅広い層で支持されたのだろう。活動時期がバブル景気と符合する(1984-91)ように世相の華やかさとも相まって、何か新しいことがはじまるわくわくするような期待感に満ちている。

 90年の活動休止後、NOKKOはアメリカに渡り、英語圏での海外リリースを目指す。世界規模での提携をしていたソニーより海外版アルバム『I WILL CATCH U』(1993)、『CALL ME NIGHTLIFE』(1993)を発表するも、まだJ-Popブームとはほど遠く「日本らしさ」がクールでポップな文化として注目される前の時代。当時のアメリカのミュージック・シーンに対応すべく、ハウス、ダンスミュージックを基調に、大人の女性シンガーの成熟さも求められ、イメージの変容を強いられた苦しい時期であったのではと思う。あるいは、REBECCAのイメージとの訣別を狙いとしていたのだろうか。人気絶頂期のバンドを投げ出してオリジナルメンバーでかつての恋人・小暮武彦と結婚するなど、それこそドラマや映画のような展開。海外デビューは成功とはほど遠いセールスの結果は残念だが、今のように日本のポップカルチャーが注目される前、日本人メジャーリーガーが多くなっていく前の時代でもあり、Rebecca時代の楽曲「Little Rock」を地で行くように「あこがれはハリウッド」を体現してみせてくれたのはすごい。

 追加公演はまさに一日限りの大人の学園祭で「かつての自分に戻れる時間」であり、NOKKOの歌詞を通して、あの頃僕らが何を感じ、何を考えていたのか、その一端だけであったとしても思い出させてくれる。流行りの音楽が存在していたという共時体験はありがたく、その時に過ごしていた場所も、学年も違っていた相手とすら音楽を媒介に思い出話ができる。

 突然の活動休止で「活動を中途半端に終えてしまったという気持ちがあった」と活動再開にあたって言葉を寄せているように、ある種の聞き手にとってもまた「止まってしまっていた時間」を再び動かす契機となるかもしれない。しかし僕らもまた結構な年齢を重ねてしまっているわけで単に昔を懐かしむだけでは時計の針は進まない。今のNOKKOで

 あったらどのような「今現在の」物語を示してくれるのだろうか。限定的な活動再開とされているようだが、「今、そしてこれから」の彼女の新しい物語も聞いてみたい。

 HMV&BOOKS TOKYO『REBECCA展』も開催が予定されている。(2015年12月19日~2016年1月3日)













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