借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2015年12月13日

TVバラエティ番組『あいつ今何してる?』(テレビ朝日系列、土曜夜0時~0時30分)がなんてことない企画なのに結構おもしろい。

まずゲストが小中学校の時の卒業アルバムなどを見ながらカメラに向かって同級生にまつわる想い出(「エピソードVTR」)を思いつくままに喋る。そしてその中から何人か昔、繋がりが深かった「今何をしてるか知りたい」同級生を番組スタッフが取材調査し、実際にVTRを介して登場してもらい、彼らの仕事や家庭生活の現況や中学卒業後の遍歴を紹介する。その後、ゲストによる「エピソードVTR」を同級生に見てもらって彼らからも想い出話をしてもらう。ゲストと同級生が直接会うのではなく、VTR越しに想い出話を交わしてもらうことで、微妙に(あるいは劇的に)記憶が違っていたり、ゲストの意外な側面が浮かび上がってきたりするところに不思議な味わいがある。

同じ時間を同じ空間で過ごし、同じ体験をしていたはずであっても、視点が変われば印象が異なることはよくあることであるし、時間が経てば記憶が変容してしまうこともある。また、中学生時代を回想の軸に置いていることもあり、上は40代から20代半ばまでゲストの年齢によっても、昔の想い出に対する距離感や「あいつ今何してる?」の現在の仕事や家庭の状況も変わってくる。20代半ばは昔をふりかえるにはさすがに早いような気がするけれども、年代の違いによるライフコースのあり方も見えてくる。一時期とはいえ、学校にいる間、毎日、過ごしていた親友と呼べる存在であってもその後、進路が細分化していく中で、その後の様子がまったくわからないままになっていることも現実には多いのだろう。

公立中学の進路は本当に多様で、ありとあらゆる職業にそれぞれが従事している(一方、私立は私立で人生を楽しむ余裕が随所に現れていてそれはそれで社会の一側面を示すものではあるのだが)。医者になりたいといっていた同級生がその後、夢が叶って医者になっているという初志貫徹型もあれば、家業をついでボクシングジムの会長やパン職人、バイク屋になっていたり、あるいは、吹奏楽部で人気のあった女子がトラックドライバーになっていて、離婚後、シングルマザーとなり現在は12歳下の彼氏と一緒に暮らしていたりするなど(一番意外性があって驚いた)、生き方もそれぞれながら皆、地に足が着いていてたくましく生きている様子が伝わってくる。一般の人たちの人生をただ辿るだけの企画がこれほどおもしろいものになるとは! しかも皆、話がうまくてメディア慣れしているのがすごい。きっと昔も今も人生が充実している人たちならではなのだろう。

いわば、「13歳のハローワーク 応用編」といった趣で、ライフコースとキャリアについて考えさせられる。テレビならではのおもしろさであると思うのだが、ビデオを介して当事者が直接会って話をするのではなく想い出話をそれぞれの立場から語る構成も効果を挙げている。ゲストの人選も巧みで、いじられるタイプが多いのもバラエティ番組として絶妙なキャスティングなのだろう。いわゆる二本撮りによるものなのか前後の回に出ていたゲストも一緒に登場し、視聴者と同じ目線で他人の想い出話にツッコミを入れてくれる。卒業アルバムやビデオを観ながら回想することで突然昔の記憶がよみがえってくる瞬間を捉えているのもおもしろい。

他人の同級生の昔話なんて、しかもそれほど思い入れのないゲストの回であれば興味をもてないように見えるかもしれないが、土曜の深夜というゆるい時間帯ということもあり、隣のクラスの友達の繋がりを垣間見るようなリアルな感覚にとらわれる。ゲストの気恥ずかしさがダイレクトに伝わってくるのも魅力になっている。ゲストで登場しているSHELLYが「みんなちゃんと大人になってるんだ!」と感慨深く吐露していたように、中学までしか知らない相手が途中経過を飛び越えていつのまにか大人になっている様子を見るのは確かに不思議な感慨をもたらすものであろう。

ちょうど朝比奈あすか『自画像』(双葉社、2015)を読んでいたところだったので、『あいつ今何してる?』の明るい昔話との落差に慄然とさせられる。クラスの中心で楽しく過ごしている連中がいる一方で、思い出されることもないような、中学時代を思い出したくもないような孤独を抱え、絶望していた人たちもひょっとしたらいるのかもしれない。

ニキビなどの容姿をめぐるコンプレックスはとりわけ女子にとっては男子の想像をはるかに超えて根が深いものであるかもしれず、女子同士の序列や心無い男子の言動、指導力のない教師に対する軽蔑や恨みなど、『自画像』はどす黒い怨念のような回想がひたすら続くにもかかわらず、その暗い闇の力に引きずり込まれてしまう。

デビュー作『憂鬱なハスビーン』(2006)以降、女性の虚栄心やコンプレックス、面倒な人間関係を描き続けてきた作者ならではの筆力で、読み進めれば進めるほど嫌な気分にさせられるのに一息に読まされてしまう。タイトルになっている「自画像」は実に象徴的で、表現の世界では自分の姿に向き合うことは確かに大事な過程となるものであろうけれども、思春期に美術の授業で取り組まされる課題としては酷なのかもしれない。

30代後半の語り手「わたし」が中学教師をしている婚約者に対して自身の中学時代の回想をするところから物語ははじまり、後半からは友人2人の視点も組み合わされていく。

多くの人たちにとってはそれぞれなりにいろいろな形で濃密であった時期であっても、中学時代なんて通過点にすぎないものであるはずだが、主人公たちにとっては中学時代の記憶が根深い傷として今もなおその傷が癒えていない。だからこそ30代後半の主人公たちが中学時代から回想する意味がある。しかし、80年代の学校空間は大雑把に扱われていた時代であったとはいえ、中学教師の指導力不足に対する怨念の深さがいかに凄まじいものであるか。

また、再び逢って言葉を交わしたい、謝りたい/御礼を言いたいと心残りがある相手がいたとしても、絶対に叶わぬ夢となることもありうるのかもしれない。いじめや自殺未遂、教師への密告や陥れなどちょっとしたかけ違いが永遠の亀裂を生み、二度と修復できないこともある。「あいつ(あの子/あの娘)今何してるんだろう?(元気で幸せでいてくれてるといいけど)」。その想いは永遠に直接届けられることは叶わない。

『あいつ今何してる?』の明るい回想と並行して読んでしまったために、食べ合わせの悪さから闇の想像力にあてられバッドトリップ気味になってしまったが、両者の対照性も際立つもので、だからこそ通過点だけど人生の中で大きな意味を持つ思春期の奥深さを実感させられる。





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