借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年1月7日



 新世代青春映画の旗手と称される映画監督・勝又悠(1981- )の作品は確かに不思議で複雑な感慨をもたらしてくれるもので、思い返して楽しい青春時代なんてまったくなかった者にとっても懐かしさを、年齢を重ねた立場であっても心が走り出してしまうような気恥ずかしさや躍動感を、いつも追体験させてくれる。
 郷里である神奈川県南足柄市(小田原市・箱根町周辺)を舞台に女子中高生の日常をスケッチのような形で描いた短編作品を数多く発表してきており、AKB48のメンバーなどを起用した中・長編映画『はい!もしもし、大塚薬局ですが』(2010)、『オードリー』(2011)、『いつかの、玄関たちと、』(2014)などが代表作となるだろうか。南足柄の町はおそらく地元の人にとってはうんざりするほど何百回と言われているであろう民話の「金太郎」で有名な町であり、神奈川県で一番人口が少ない市でもあるそうで、東京や地方中枢都市との微妙な距離感が物語においても大きな役割をはたしている。地元に残る者ももちろんいるだろうが、圧倒的多数は高校を卒業すると町の外に出ていってしまうわけで、「今、ここ」で過ごす十代の限定された時間と光景が刹那の感覚を特別なものにしている。
地方を舞台にしたアイドル映画ということであれば、先人として大林宜彦を想起しないではいられないが、実際に勝又悠の初期作品を逸早く評価しているのが大林宜彦で、2007年に短編映画『青空夜空に星空』がある映画祭のグランプリを受賞した際の審査委員長を大林がつとめている。とはいえ勝又本人が映画製作を志し、影響を受けた作品として言及されているのは、『バトル・ロワイヤル』(2000)と『ラブ&ポップ』(1997)であり、このラインは私としては合点がいくもので、そういう系譜ができるんだなあと。そもそも巨匠(大林宜彦)の方はAKB48の「So Long!」(2013)一曲分のプロモーションビデオ制作を頼まれたはずなのに勢い余って64分の大作を作り上げてしまうなどアバンギャルドの極北を今もなお突き進んでいるのでとてもではないが後をついていける存在ではない。

 勝又作品はそこらへんにいる女子高生がただ喋ってるのをスケッチとして写し取ったような迫真性に魅力があるのだが、そうはいっても私も含めてたいていの人にとっては「そこらへんにいる女子高生」が実際にどんなふうに喋ってるのか詳しくは知らないのが実情であるわけで、きっとキャストと綿密に打ち合わせをしたり、実際の十代女子に取材をしたりして台詞や間合いを作り上げているのだろうと素人目には思ってしまうところだが、監督曰く、「頭の中に10代の女子が住んでいて、彼女が勝手に(物語を)描いてしまう」とのこと。いくら思春期に思い入れがあるという表現者でも、「あんた誰が好きなの?」「好きなら好きって言わなきゃ」などの話を職業的にずっと作り続けなければならないとしたらしんどいだろう。さすがにフルスイングで振り切っているだけあるなあ。
つくづく巧いと感心させられるのは、一貫して十代の青春物語に軸を置きながら作品によって見せ方に趣向が凝らされている点。最初の商業作品となった『はい!もしもし、大塚薬局ですが』(2010、48分)では中学生女子(AKB48小林香菜主演)の初恋の話を中心に、円城寺あや演じる薬局につとめる中年女性(設定は40歳)を介入させることで2つの世代を交錯させている。概して十代の物語は「セカイ系」に顕著に表れているように作品世界がどうしても閉じてしまいがちなところを異なる世代を交えることで中学生女子の世界を相対化する視点を導入すると同時に、40代にも影響を及ぼす(枯れたはずのおばさんが青春を取り戻そうとする)展開もベタだけど巧い。監督自身は「この脚本で撮れると思わなかった」と述懐していて、確かに派手な物語ではないが、初恋の中学生女子のおまじないを媒介に薬局のおばさんと繋がるというのもおもしろいし(学校の教師や親ではなく)、大人になってからの回想やタイムスリップの手法を用いるとしたらありふれた物語になってしまう。「うちら友達でしょ?」(「友達じゃねえよ」)の言葉の背後に潜む女子同士の思惑や、ケンカになって「ぶっ殺してやる」と女子同士で飛びかかって首を絞め合う展開など、中学生ってなかなか大変だなあと思わされるけど、すべてが全力で加減を知らない感じが不思議な活力をもたらしてくれる。
 『オードリー』(2011、67分)は高校生の物語(笠原美香主演)で、仲の良い女子三人組が屋上にしのびこんで夜中まで話し込んだり、親友の頼みで本心を隠したまま片想いの相手と期間限定でつきあうことになったりなど現実離れした展開が続くのだが、それはそれで引き込ませるテンポの良い演出の力が見事。こういう作品は斜に構えて観ても仕方がなくこちらも覚悟を決めて入り込むしかない。短編『つまさき』(2008、12分/「第3回デジタル岡山グランプリ」受賞作として岡山県立図書館HPより閲覧可能)での「男だったら黙って目をつぶれよ」(と言ってつまさき立ちでキスする)の台詞とか、冗談交じりに告白する場面とか、現実にありそうで実際にはないかもしれず、でもそんな感じもリアルに映るものでもあり、ディテールがまさに「新世代の青春映画の旗手」ならでは。吉田秋生原作・中原俊監督の映画『櫻の園』(1990/2008)を想起させられるのだが、文化祭という装置(設定)が大きな役割をはたす系譜の物語の進化形に位置づけられるだろうか。
『いつかの、玄関たちと、』(2014、85分)は高校卒業後に町を出て東京に進学することが決まっている女子高生が主人公(NMB48藤江れいな主演)の物語で、そこに18年間絶縁状態だった姉が突然帰ってくるところから物語が展開し、「家族」や「地方」の問題が描き込まれていく。『オードリー』のモチーフを追求し続けていっても表現の幅は狭くなる一方なので巧い展開だなあと感心したし、作品もおもしろかったのだが、なぜかいつまでたってもDVD化されずに今に至っている。はて? 青春物語からは徐々に卒業していって器用な監督になってしまっていってもおかしくないのだが、『ワールドオブザ体育館』という18分のスピンオフ短編も同時に発表していて(やはり藤江れいな主演)、こちらは目が覚めたら体育館にいて一人きりの卒業式を迎えるという幻想的な作品。商業作品を成立させる上で抑制した要素をスピンオフの形で表現し尽す姿勢が何よりも素晴らしい。

 結構、器用でクレバーな表現者であるようにも思うのだが、頭の中にいるという十代女子が走り出していくような振り切った物語を今後も紡いでいってほしい。2010年ぐらいまでの短編は『勝又悠短編集DVD「小田急足柄線」』としてまとめられているのだが、続編もぜひDVD化してほしい。十代女子の日常をスケッチするような短編が巧いのだが、やはり長編の新作を期待したい。新作が一番気になる表現者の一人。










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