借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年1月25日

 スヌーピーのキャラクターで有名な漫画『ピーナッツ(「困った連中」の意)』(1950-2000)の原作者チャールズ・シュルツ(1922-2000)を記念する博物館(2002年開館)は、サンフランシスコから車で1時間弱の距離にあり、シュルツが長年住んでいたソノマ郡サンタローザはワイン・カントリーとしても知られる地域。新作3DCG映画『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』(2015)公開の余波もあり、オフシーズンにもかかわらず家族連れから初老の夫婦まで幅広い年齢層によって賑わっていました。
丸50年間休みなく連載が続いた上に、アニメーションやキャラクターグッズ展開を通じてさらに新しい層を現在なおも拡張し続けており、まさに比類ない作品受容。グッズやアニメーションから作品に入って、後にあらためて原作に触れたり、作品の思想・哲学の奥深さに感銘を受けたり、という形で読み手の成長にあわせて、時代・世代を超えて親しまれているのも『ピーナッツ』ならでは。
 企画展ではスーパーボール50周年がベイエリアで開催されることを記念して「フットボール」特集開催中(2016年1月13日~7月25日)。チャーリー・ブラウンがフットボールを蹴ろうとする瞬間にルーシーがボールを取り上げてしまい、チャーリーが転倒するというギャグは定番中の定番。50年におよぶ作品史をテーマ別にじっくりふりかえることができる企画展はリピーターには何より嬉しいものだろう。映画『I LOVE スヌーピー』関連展示も充実。常設展としてはシュルツのアトリエ展示「スパーキーズ(幼年時代のニックネームから)・スタジオ」などもあり、さらにスケート/アイスホッケーの熱心な愛好家であったシュルツ自身が建てたスケートリンク場も隣接されている。
 1922年生まれのシュルツにとって、アメリカの新聞漫画の拡張期にあたる20~30年代を少年読者として過ごした経験は重要であり、常設展示においても「シュルツに影響を与えた古典新聞漫画」が紹介されている。具体的には、『ポパイ(シンブル・シアター)』(1929-94)、『勇敢な王子』(The Prince Valliant, 1937)、『キャプテン・イージー』(1933-88)など。また『ピーナッツ』の世界観を創出するにあたり、ジョージ・ヘリマンによる擬人化された猫を主人公にした『クレージー・カット』(1913-44)の作品集から大いなる影響を受けたことにも言及がなされている。ヘリマンの没後1946年に刊行された作品集がシュルツの習作期と重なっていく様子が年譜を通して浮かび上がってくるのもおもしろい(1947年より『ピーナッツ』の前身となる『リル・フォークス』発表)。また、20世紀史と重ね合わせるならば、シュルツの第二次世界大戦への関与や、ヴェトナム戦争期における作品受容も興味深い観点になりうるだろう。

 『ピーナッツ』の作品世界は不思議なぐらい記憶を呼び起こす力があるようで、展示を眺めながら私自身の幼少期や漫画に触れた原風景を唐突に思い出した。
幼稚園児の頃、病弱で一か月ぐらい入院していたことがあって、子どもが病室にいるのはかわいそうだからと同じ病棟の他の患者のお見舞いに来ていた、あるおじいさんにもらった漫画が前谷惟光『ロボット三等兵』(1955-57)。これが私にとって最初に自分の所有物となった漫画の単行本。文字通り、ボロボロになるまで読み返した作品で、「チャップリン映画を思わせる戦争ドタバタ喜劇」という定評のこの作品から思い返せば結構、影響を受けてるかもしれないな。退院後、父親に田川水泡『のらくろ』(1931-81)を紹介されたもののさすがに『のらくろ』は消化できなかった(おもしろさがわからなかった)。2007年に『ロボット三等兵』の復刻版(マンガショップ版)が刊行された際に懐かしさから購入したのだが、「貸本版」を底本にしているもので印象が大分異なるものだった。漫画っておそらく最初は誰かからもらったり、紹介してもらったりするものだと思うので「最初の漫画体験」は自分の意思を超えて運命的でおもしろい。
 昔話をもう一つ。近所に住む年の離れたお姉さん姉妹2人に丸一日遊んでもらった(子守りをしてもらった)ことがあって、その家に『スヌーピー(ピーナッツ)』の漫画が壁一面に揃っていて、今思えば鶴書房版『PEANUTS BOOKS』(谷川俊太郎訳)。表紙の英語表記がすごく印象に残っていて当時、内容を理解できたとは到底思えないのだが、外国文化やアメリカを意識したおそらく最初の原風景。ストーリー漫画ではないのでどこからどこまで読んでいいのか当惑したことも何となく覚えている。たしか公園で一緒に遊んでもらう予定だったのが、部屋から動けなくなってしまって結局、一日、お姉さんに時々、わからないところを教えてもらいながら『PEANUTS BOOKS』を読んで過ごしたはず。あるいは公園に漫画をもっていったかも。
 この時の体験についてあらためて母親に尋ねてみたら、その日、母親は健康診断の再検査のためにはるか遠方の病院に行っていたそうでそれは今まで知らなかった事実。しかし、具体的な年代は特定できず。幼稚園の頃だと思うんだけどな。聞けるうちに親に聞きたいことがあれば聞いておくとよいということなのだが、同時に本当に知りたい情報があったとしても得られるとは限らないという・・・。さっぱり要領をえないのが残念。このお姉さんは当時小学生の高学年ぐらいだったはずだが、後にきっちり英文科に進んでいるので初志貫徹ですごいなあ。

 『ピーナッツ』は名言やスヌーピーの哲学として紹介されることも多いし、誰しも好きなエピソードを持っているものだろう。一番印象深いものとしてすぐに思い出すのは、チャーリー・ブラウンがペパーミント・パティに「安心」とは何かを説明している逸話(1972年8月6日付作品/http://www.gocomics.com/peanuts/1972/08/06)。車の後部座席に座って目的地に着くまで何も心配しないで眠っていられることがまさに「安心」の状態なのだが、突然、この立場は予告なく終わりとなり、「二度と後ろの座席で眠れなくなる」。私の場合、父親の運転がヘタだったので、車に乗る際はいつも緊張を伴うもので「安心」をこのように実感しえたことはないのだが、いつからか後部座席ではなく運転する側にまわらなければならなくなるわけであり、アメリカは広いし、16歳から免許が取れるので高校生も自分で運転して通学しなければいけなくなる場合が多い。それどころか私の年齢であれば家族のために安心を提供する側にまわらなければいけないわけで皆それを当然のようにこなしていることを思うと、免許を取得すらしていない我が身を顧みて複雑な感慨に。おそらく訪問者は皆このように『ピーナッツ』と自分の半生とを重ね合わせる不思議な体験を得られるのでは。
 グッズ売り場も充実していて、何から見ていいかわからない子どものような状態に陥ってしまうほど。チャーリー・ブラウンがいつも着ているジグザグ模様の黄色い服を買いかけるが、途中からジャイアンの服にしか見えなくなってしまい断念。お気に入りのキャラクターであるペパーミント・パティのグッズや初期作品の研究書などを買い込み、すっかり堪能しました。







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