借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年1月26日


 話題が前後してしまいましたが、3月一杯までカリフォルニア州立大学バークレー校(UCバークレー)に滞在しています。シリコンバレーで活気づくベイエリア一帯は今現在、アメリカで一番地価が高いとされる状況で本当にそれはもうまったくおそろしい家賃で息も絶え絶えですが、無理して大学まで8ブロックほどのエリア(近くはないが歩ける距離)に住んでおり、学園町の便利さを満喫できています。アメリカでは近年、店舗型書店が町からすっかり姿を消してしまいつつありますが、映画『卒業』(1967)に映り込んでいるMoe’s Booksやコミックス専門店をはじめユニークな書店が複数存在しているのが何といってもありがたいです。

 UCバークレーゆかりの映画といえば、まずは学生運動を舞台にした『いちご白書』(1970)が思い浮かぶ。とはいえもともとはニューヨークのコロンビア大学で起こった学生運動に基づく同名のノンフィクション(1968)を原作としていることもあり、原作を先に読むか、映画を先に読むかで印象は大きく異なるものになるのだろう。当時19歳だったジェイムズ・カネンによる原作は角川文庫(青木日出夫訳)で2006年に復刊がなされているのだが、肝心の映画の方がなぜかいつまでたっても日本版DVDが出ないままになっている(授業などで導入する際はVHSテープを使用)。荒井由実による提供曲、ビリー・バンバン「『いちご白書』をもう一度」(1975)は若い世代でも「何となく知ってる」ことがあり、むしろ日本での知名度の方が高いようにも思うので、ぜひDVD化してほしい。映画史上の評価は決して高いものではないのだが、グラグラと目まぐるしく回転する映像手法に、軽快な音楽、キャンパス内に集う学生の姿など、時代の雰囲気を写し取るドキュメントとしての資料的な価値は高く、今の大学生の世代からしたら日本の学生運動やあさま山荘事件をとりあげた作品よりも身近に感じられるように思う(日本の学生運動について学ぶ際にも、『いちご白書』などの欧米の事例と比較参照すると導入しやすいだろう)。
 ノンポリで平凡な男子学生サイモンが活動家のかわいい女子学生リンダに惹かれて好奇心から学生運動の世界に入り込んでいくという物語であり、学生運動に対して引いた目で観察する視点が軸になっていることも、この時代を体験していない世代にも入り込みやすい。抗議運動で警察隊ともみあいになった結果、護送車に連行されていくこともエリート学生の逸脱として「非日常」的なわくわくする体験として捉えられており、バリケード封鎖(ストライキ)決行中の高揚感もさながら学園祭の前準備のようにも映る。リンダと行動を共にしていく中で距離を縮めていったり、あるいは、彼女がつき合っている相手の男性の存在を意識してがっかりしたりなど青春群像として恋愛をめぐる要素も魅力。当時の大学生の政治に対する関心のあり方や行動姿勢なども見えてくる。
とはいえ学生運動の時代を実際に体験しているか否かでこの作品に対する評価や好み、エンディングの解釈もまったく異なるものになるのであろう。作中で描かれている学生たちの政治姿勢は実は背景に押しやられてしまっており、「学生運動自体を取り上げた作品」というよりは、「学生運動の時代の青春群像」。1960年代のUCバークレーは「フリースピーチ・ムーブメント」が沸き起こり、リベラルで革新的な気質が学風として継承されている(最近は保守的な伝統校という印象が強いかな)。西海岸のリベラルで開放的な風土が青春群像の物語に明るい彩りを添えている。
 アメリカン・ニューシネマを代表する映画『卒業』(1967)もまた、ヒロインのエレーンがUCバークレーの学生であるという設定によりUCバークレー周辺で一部撮影が行われている(キャンパス内の撮影は実際には主にロサンゼルスにある南カリフォルニア大学)。『卒業』は「結婚式のさなかに花嫁が何者かに奪われる」エンディングが何といっても有名で、様々な形でくりかえしパロディとして描かれてきた。私の世代であれば、あだち充『みゆき』(1980-84)のラストシーンはトラウマ的な刷り込みの作用をはたしていて、「絶対に結婚式などするまい」という教訓が子ども心に深く刻み込まれた(もう少し正確に言えば、突然、恋人を失うことになるひとりっ子の鹿島みゆきに感情移入していた)。そんなわけで役所に届を出した(出してもらった)だけで一切の儀式と無縁できてしまった私にとって、『卒業』は間接的にだが人生に大きな影響を及ぼした作品。実際には、「何者かに奪われる」可能性は皆無であったみたいですけどね。

 UCバークレーには専門研究機関マーク・トウェイン・ペイパーズがあり、フルブライト奨学金による研究員として各方面に無理をお願いして送り出していただきました。成績処理などもまだ残っていて何やかやでなかなか集中できていないのですが、3か月でもまとまった時間を与えていただけるのはありがたいことです。マーク・トウェイン・ペイパーズの編集主幹ロバート・ハースト教授直々に貴重書コーナーで2時間ほど特別レクチャーをしていただきながら、トウェインの直筆原稿や創作ノート、予約出版という販売形態で用いられたサンプルコピーなどを見せていただきました。この研究機関はトウェインの没後百周年記念事業として『自伝完全版』(3巻本)を刊行し、話題性の面からも大きな成功を収めています。惜しげもなくオンライン上(無料)で研究成果を開示していく姿勢はハースト教授の方針によるものなのですが、研究成果をオープンにすることで愛好者・研究者の裾野もさらに広がっていくことでしょう。また、専属図書館員の方が常駐していて、こちらの関心を伝えれば次回の訪問時までにボックス一杯の資料を用意してくださっており、ありがたいやら申し訳ないやら。直ちに論文が書けるような題材に繋げられそうにないのですが、新たな発見も多く、作家研究のおもしろさをあらためて実感できています。手紙一通でも入手に至った過程がファイルに詳細に記録されていて、そこにもドラマがあったりします。
 さらに、一年以上に渡って移転改装中だった「UCバークレー美術館+映画博物館」もタイミングよくリニューアルオープン。2月は「ポスト・ヌーベルバーグのフランス映画」および「アフリカ映画」の特集上映。モーリス・ピアラ監督(1925-2003)については日本でも没後十年となる2013年に特集上映があったようですが、『裸の少年期』(1969)をはじめ十作品を超える本格的な特集になっており楽しみ。また、「アフリカ映画の父」セネガルのセンベール・ウスマン監督作品『黒人女』(1966)から、その現代版になぞらえられるブラジルのガブリエル・マスカロ『ハウスメイド』(2013)までラインナップを眺めるだけでも勉強になり、おもしろい。
 私にとって正規の留学ははじめてということもあり、できるだけ土地勘を掴むことを目標に頑張ってあちこち足を延ばしてみたいです。これまではどうしても、さながら村上春樹作品に出てくる土地の固有名詞のように記号的で代替可能な地名という感じでしかおそらく捉えきれておらず、描かれている舞台が四国であろうが名古屋であろうが、サンフランシスコでもシカゴでもメイン州でも極論すると変わらないようにしか見えていなかったようにも思うので、それぞれの土地の光景や風土に実際に触れることからも多くを学んでいきたいものです。














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