借りてきた猫のように

――フィクションの中で生きる~映画・小説・音楽・マンガなどの日常――

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2016年2月18日



「ディズニーランドに行ったって 幸せなんてただの非日常よ」
――大森靖子「絶対彼女」(2013)

 アメリカ南部旅行、3ヵ所目で最後となる訪問地はフロリダ州オーランド。何のことはないディズニー・ワールド・リゾートで有名な地ですが、1月にサンフランシスコにあるディズニー・ファミリー博物館を訪問した際にディズニーの「エプコット」思想に興味を抱いたこと、また、同様にサンフランシスコにあるビートミュージアムにて出会った書物、Bob Kealing, Kerouac in Florida: Where the Road Ends (2011)に導かれたことによる。
 ビート・ジェネレーションを代表する作家であるジャック・ケルアック(1922-69)といえば、ビート博物館がサンフランシスコにあることからも西海岸の印象が強いだろうが、フロリダ州のオーランド(1956-61)および近隣のセントピーターズバーグ(1964-69)にて晩年(といっても享年47歳)を過ごしている。ニューヨークやモロッコ、出身地のマサチューセッツなどを様々に転々としながらも、ケルアックがオーランドで過ごした日々は代表作となる『路上』(1957)や、禅の思想への傾倒を示した精神的放浪記『ザ・ダルマ・バムズ』(1957)などを刊行・執筆していた時期とも重なる。今でこそオーランドといえばすなわちディズニー・ワールド・リゾートに代表される人工的な観光都市という印象が根強いが、オーランドの地にディズニー最初のテーマパークとなるマジック・キングダムが開園することになるのはケルアック没後の1971年であって、ケルアックとディズニーとの組み合わせは時期的には重なっていない。
 姉夫婦の移住にあわせてケルアックが母親と共に移り住むことになったオーランド時代の住居は現在「ケルアック・ハウス」という名称を付され、国家歴史登録財の指定を受けると同時に、創作活動を支援する「ケルアック・プロジェクト」(http://www.kerouacproject.org)の拠点となっている。小説家などの表現者がこの家に滞在することを通して創作・交流活動の源にしようとする発想は、現在なおも大きな影響力をもつケルアックにいかにも似つかわしい。ディズニーのリゾートエリアから車で40分ほど(オーランドのダウンタウンからは10分ほど)の距離にあるケルアック・ハウスは湖のほとりにある、のどかで閑静な住宅街の中にあり、自然に囲まれ暮らしやすそう。
 ケルアックのフロリダ時代については、ノンフィクション作家・檀原照和氏が『ケルアックの暮らした家――創作の現場を博物館にしないということ』(スタジオ天神橋、2013、電子書籍)として取材成果をまとめていて、日本のケルアック受容における偏りを指摘しつつ、「ライターズ・イン・レジデンス」という創作・交流活動への支援事業について日本での可能性をも含めて幅広く展望しており、読みごたえがある。
 「放浪者ケルアック」は車で移動するイメージが強くあるが、実は「生涯、運転免許を取得することはなかった」というのはおもしろい意外な事実。えー、私はタクシーでわざわざケルアック・ハウスに行きました。

 さて、ディズニー最晩年の主要な仕事に位置づけられる「エプコット」構想は「未来社会への実験的モデル」(Experimental Prototype Community Of Tomorrow)を志向するものであり、1964年のニューヨーク万博への関与の中で育まれ、ディズニーの没後、その意思を継いで1982年にテーマパーク「エプコット・センター」として完成し、今に至る。「エプコット」は「人類の過去と未来を映し出す『フューチャー・ワールド』」と「世界各国の伝統文化を紹介する『ワールド・ショーケース』」の2つのエリアに大別される。私の世代であれば、「つくば万博」(国際科学技術博覧会、1985)を想起させられるもので、当時、小学生だったこともあり、未来に対する(根拠のない)期待感や科学・テクノロジーに対する信頼感に加えて、バブル景気に向かう時代思潮なども重なり、不思議な明るい懐かしさにとらわれる。なぜか「日本館」に宮島(厳島神社)の鳥居があるのがよくわからないが、私の郷里である広島のシンボルにこんなところで出会えるのもシュールではあるけれど嬉しい。

 ディズニー・ワールド・リゾートを概観してみることで(と言いながらただ遊んでただけですが)、「科学テクノロジー」「歴史」「世界」を掌握しようとするディズニーの思想と意思が「万博」の世界観と密接に繋がっていることを改めて再認識することができた。1964年のニューヨーク万博にてリンカーン大統領を機械仕掛けで再生させようとした「アニマトロニクス」(1967年にディズニー・カンパニーによる商標登録)の手法は、アニメーションを立体化させる試みでもあり、人造人間を作り出そうとする欲望などをも感じさせるものでひときわ印象深く映る。
 「アメリカ館」の展示「The American Adventure」は、アニマトロニクスによるマーク・トウェインとベンジャミン・フランクリンが語り手となってアメリカの歴史をふりかえる構成。環境問題を軸に据えた2005年開催の「愛・地球博」(日本国際博覧会、愛知県)でも、避雷針の発明家でもあるフランクリンが「アメリカ館」の語り手となることによって、環境問題をめぐる様々な難局を、人類の叡智で乗り切ろうとする肯定的なメッセージを発することができ、他国のあり方と大きく異なる特色となっていた。マジック・キングダム内のアトラクション「The Hall of Presidents」においても、アニマトロニクスによる歴代大統領が勢ぞろいしてアメリカの歴史と未来を語るものになっており、良くも悪くもアメリカならでは。アメリカをめぐる言説史におけるディズニーの役割の大きさを象徴するものでもある。最後をオバマが締めくくるのはとても見栄えがするのだが、はたして次期大統領はどうなることやら?

 ディズニーランドなんてふだんはまったく縁遠いこともあり、また、日本と比してもさほど混雑していない(オンライン上で予約できるファストパスなども機能的)こともあって、開園前から真夜中0時の閉園まで(皆さんそんなにがつがつ遊ばないらしく帰りのバスはほぼ私たちだけ)満喫することができました。
 バークレーのアパートに深夜に帰宅してみると、ただごとでない妙な異臭がするので一体何ごとかと思ったら、なんと不在中に冷蔵庫が故障していたらしく冷凍食品などが全滅。いやあひどいもんでしたよ(通報される前に帰宅できて本当によかった)。「ディズニーランドの幸せなんてただの非日常」なんですね。一気に現実に引き戻され、そこからほぼ徹夜で大掃除。レイモンド・カーヴァーの短編「保存されたもの」(1983)は、冷蔵庫の故障以後、停滞していく夫婦をめぐる物語ですが、冷蔵庫の故障は本当にどうにもならないおそろしい悪夢であることを、五感(といってもさすがに味覚は外して)を通していやというほど実感できました。





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